第11話 告白

文字数 2,850文字

 しばらくの間幸恵と会話をしていると、僕の緊張も収まってきた。そして、そろそろ用意しておいたボードゲームとか、買っておいた幸恵の好きな絵本を出そうかなと考えていた。
 すると、幸恵は突然立ち上がって「さて、じゃあ、料理作ってみるかな」と言いながら、腕まくりをして料理の準備を始めた。

 僕はしばらくそれを幸せそうに眺めていたが「見られてると恥ずかしいから見ないで」と彼女に言われ、しょうがなくパソコンの電源を入れてインターネットニュースを見ていた。
 しかし、ほとんどその内容は頭に入ってこなかった。

「あー」とか「やっちゃったぁ」とか悪戦苦闘しながらも、頑張って幸恵は料理を作ってくれた(僕は幸恵のその言葉を聞くたびに心配になったが)
 しかし、普段あまり料理をしない僕の部屋はたちまち料理の良い匂いに包まれた。僕はその匂いを嗅ぎながら今まで感じたことのない幸せを感じていた。


 そしてなんとか料理が出来た時、時計は午後2時を過ぎていた。正直、お腹の音も鳴り続けていたが我慢していた。
「出来た、完成」
 読んでいたスマートフォンのネットニュースを閉じて、僕はキッチンの横で料理置き場になっている洗濯機の上に並べられた料理を見ようと立ち上がった。
「すごいね、本格イタリアン」
「食べてみないと分かんないけどね」
 幸恵は使い終わった鍋とフライパンを水洗いしながら言った。

 僕は部屋の壁に立てかけてあった、冬にはコタツになるテーブルを出した。幸恵はその上に持ってきた小さめのテーブルクロスを敷いてテキパキと料理を並べた。
 そして、彼女は冷蔵庫に入っていた日本製のノンアルコールのワインを取り出して、得意げに僕に見せた。
「じゃじゃーん、ワインも持ってきたのよ」
「あれ? ワインなんか袋に入ってたっけ?」
「これは、私の鞄に入れて持ってきたの」
「そっか」
「ノンアルコールだけどね」
「ノンアルコールでも、ワインなんて初めて飲むよ」
「私も」

 並べられた料理はイタリアンスパゲティにクリームリゾット、シーザーサラダと本当にイタリアンのお店で出てくるような豪華な物だった。

「さて、じゃあ食べよっか」
「うん、美味しそうだね。じゃあ、いただきます」
 僕は料理3品を順に一口ずつ食べてみた。
「さて……お味はどうですか??」
 幸恵がそう言って心配そうに僕を見つめた。
「うん、すごく美味しいよ」
 お世辞ではなく、料理は本当に美味しくて彼女に対しての本当の気持ちだった。
「やったぁ♪」

 料理を始めて間もないこの時期でも十分だったから、元々幸恵は料理のセンスがあったんだろうと思う。まあ、料理に限らず彼女は色々なことに器用だった。

 この後、何度も幸恵の手料理を食べる機会があったが、驚くほどに上達していって最後は難しいフランス料理も作れるようになっていた。
 彼女の就職活動の時に、僕は真面目に料理人になる事をお勧めしたくらいだった。

 この時、僕の褒め言葉に無邪気に喜ぶ幸恵を見ながら僕は思った。

(今日は、幸恵の体を求めるのはやめよう)

 それは、僕の心の中で幸恵は本当に大切な存在になっていたからだ。
 そして、僕はこの日、幸恵に告白をしようと決めていた。

 食事が終わると、二人で後片付けをした後に、ノンアルコールのワインを飲みながら話をした。
「それで、近藤君は今何してんの?」
「今日はバイトもないはずだから、家にいると思うけど」
「そっか」
「今頃、息をひそめてるよ、きっと」
「いやだ、怖い。近藤君が大人しくしてるのが怖いわ」
 そして、僕はこの日の為に買っておいた絵本『つばきレストラン』を幸恵に渡した。
「こないだ、椿が好きだって言ってたから」
「えっ、いいの?」
 椿の絵が表紙に描いてある絵本で、こないだ本屋でみつけてすぐに購入した。
「うん、椿の絵本なんで、後藤さんにぴったりだと思って」
「うわぁ、うれしい。ありがとう、橋本君」
 幸恵は絵本をめくりながら読み始めた。この時、幸恵の優しい声を聞きながら僕はずっと聞いていたい気持ちだった。

 しかし、男の性だが、このまま夜まで過ごしてしまうと幸恵を抱きたいという気持ちに負けてしまいそうだった。
 しばらくして、幸恵が「暗くなってきたから、そろそろ帰ろうかな」と言った時には、正直僕はほっとした。ただこの言葉が、この時の幸恵の本心だったかまでは分からない。本当は僕に引き留めてほしかったのかも知れない。頭の中で思考がぐるぐる回転した状態になりながら、僕たちは部屋を出て『告白する場所』まで向かった。

 薄暗くなってきた道中、僕は真夏の暑さによるものではなく、緊張で手に汗を感じながら、一方通行で道幅の狭い緑道を二人で歩いていた。この時の幸恵も何か気づいているのか無言だった。

 そして、道幅が少し広がった場所に差し掛かった街灯の下で、僕は人生で初めての告白をした。

「あの……」

「ん? どうしたの?」

 僕の顔を覗き込む幸恵はいつもとは違う僕の様子を瞬時に感じとったようだった。
 
 それから、幸恵は足を止めて、何かを待ち構えるかのようにじっと黙っていた。
 僕はしばらく沈黙した後で、幸恵の顔を見つめて震える口を開いた。

「君を愛しています。僕と付き合って下さい」

 その瞬間、幸恵はしばらく僕を見つめていた。そして、何かに我慢できなくなったように下を向いた。
 そして、僕は彼女の顔を覗くとその目から大粒の涙が流れていた。

 僕はそれを見てどうしていいか分からず、涙を拭こうと一旦取り出したハンカチを握りしめながら隣で立ち尽くしていた。
 辺りはどんどん暗くなり、街灯も一斉につき始めた。その時間は、僕にとってとても長く感じた。途中僕らを見ながらすれ違うサラリーマンがいたが、全く気にならなかった。
 
 この時の僕は、沈黙に耐えられず、ダメなら今まで通りの友達でも全然いいよ、等と弱気な事を言い出しそうになっている自分の心を何とか押しとどめていた。

 そして幸恵は、顔をゆっくりと上げて僕をみつめた。その目はまだ涙で濡れていた。
 僕が彼女の涙を拭こうとハンカチを近づけると、彼女は首を小さく横に振ってからもう一度僕を見た。「だめだと……思いますか?」
 彼女は声を漏らすように小声で言った。

 一瞬、僕は彼女が何を言ったのか理解できなかった。
「だめだと思いますか?」
 彼女はもう一度、今度ははっきりとした声で僕に言った。
「いや……」
 この時、彼女の言葉が僕の想像していたものとは違い、どう返事をしていいか分からなかった。沈黙が続いている間も、暑い風が吹いて額から汗が流れ落ちる。僕はこの時、幸恵の言葉の意味を理解しようと内心焦っていた。

「待ってたんだからね。ずっと哲也君が言ってくれるのを」
 幸恵は涙で濡れた声になりながら、少し語気を強めた。

「あ……っ、ごめん」
 僕はうれしかったが、待たせたことに対してこの時幸恵に謝ってしまい、ありがとう、が言えなかった。

 2006年7月26日、これが幸恵と僕のお互い人生初めての恋愛の始まりだった。






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