第14話 椿の花

文字数 909文字

 2015年1月10日
 僕がスキー道具を持って大岡山駅前のベンチから立ち上がると、ふと赤い花が目に留まった。これから見ごろを迎える椿の花だ。
 そういえば、この道を幸恵と歩いていた時に、彼女がこの椿に気づいたんだった。彼女が好きな椿の赤い花に……。

 アパートまで続く細い道を歩き始め、しばらく行くと幸恵に告白した街灯が灯る少し道が広がる場所に着いた。毎日歩いている道なのだが、今日はなんとなくいつもとは様子が違う。
 途中、酒屋の自動販売機で350ミリリットル缶のハイボールを3本買ってから自分のアパートに向かった。

 何が悪くて、あの時僕は幸恵にフラれたんだろう? 単純に新潟にいた彼氏が僕よりいい男だったという事だろうか……。幸恵はそんな選び方をするような女性じゃないと思っていた。あの時もずっと考えていた事であったが、未だに明確な答えは出ていないし、幸恵が亡くなった今、もう答えなど出ないだろう。

 アパートの階段を上がり、自分の部屋の鍵を開けて中に入る。頭で考えなくても自然と出来る動作だ。
 スキー道具を玄関に無造作に置いて、奥のリビングに行くまでの廊下の横にある台所で、1本目のハイボールを開けて一気に流し込む。しかし、今日は全然美味くない。

 そのまま台所で土産の野沢菜漬けを皿に移すと、残りのハイボールと一緒にリビングの中央に置いて座り込み、しばらくそれを食べながら2本目のハイボールを空けてしまった。すると、強烈な睡魔に襲われ、僕はそのまま寝てしまった。

 ……そして、肌寒さで目覚めると外はまだ暗闇だった。時計を見ると朝の4時、通勤時間までにはまだ余裕があるが、二度寝する気にもなれない。僕はスキー道具を片付けてからシャワーを浴びた。

 そして、紅茶を入れて壁にもたれ掛かって座ると、部屋の端にある3段の木製のキャビネットの一番下の段の奥に、あの時渡そうとして渡せなかった、幸恵の好きな赤い花柄のスマホケースが目に入り手に取った。
 それは、すでに周囲の物に溶け込んでしまって、おそらく今日でなければ気が付かなかっただろうと思う。

 そして僕は、そのスマホケースを眺めながら、幸恵との別れまでの様子を思い浮かべていた。
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