僕の黒歴史。

文字数 1,391文字

「うちの演劇部、今、脚本書ける人がおらんのよ」
「はあ」
 猛烈にイヤな予感がして、留佳の言葉に相槌を打ちながら、僕は半歩下がった。

「これまではESSで脚本を書いてる人にお願いしてたんやけど、英語の弁論大会に力を入れたいからってお断りされちゃって。中学部のときに演劇部で脚本書いてた子は留学でおらんようになってしもたしね」
「はあ……それで?」
 僕はもう半歩下がった。ドアに背中が当たる。そろそろと後ろ手にドアノブを探る。
 でも、日頃運動をしていない僕にはムリな態勢だったみたいで、びきっと背中が音を立てたから、逃亡はひとまず諦めて腕を下ろす。

「でね、灰島くん。うちに脚本家として入ってよ」
「あかんよ、無理! 僕には荷が重い!」
 即答すると、留佳はヒラヒラと手を振った。
「大丈夫、大丈夫。うちの演劇部がやってるのは聖書劇やから」
「聖書、劇?」
「聖書を元ネタにした劇。つまり、原案があるってこと」
「そ、それなら他の部員さんでも書けるんやないの?」
 僕は必死で断る口実を探す。

 何をやるかも決まっていないとはいえ、男子部のメンバーに組み込まれている。僕だけ他の部に入ったら裏切り者だ。
 何より、女子だらけの中に男子一人なんて。ハーレムとかなんとか、喜ぶ余裕なんて絶対ない。
 しかも、丸子佳純がいる部だぞ……。

「それに、あの、丸子先輩は……共学にすごく反対しておられるそうなので」
 勇気を振り絞ってそう言うと、ギ、ギ、ギ、ギ、ギと音がしそうなぐらいゆっくりした動きで丸子佳純が僕に顔を向けた。
「そうよ、反対。せやけど、状況が変わったの」
 状況は変わっても、あなた、明らかに反対でしょ、僕のこと気に入ってないでしょー!
 そう叫びたくなるぐらい、冷たい瞳だった。

「灰島くんに、拒否権あれへんからね」
 呑気な口調で留佳が恐ろしいことを言う。
「いやいや、あるでしょ。どの部を選ぶかなんて全員に与えられている権利やんか!」
 必死で言い募ると、留佳はため息を一つついた。
「わかった」
「え、ほんま?」
「最後の手段、使わせてもらう」
「え……?」
 留佳は長机の上においてあった紙の束を取り上げ、朗読を始めた。

「『その時、私の制服のスカートを風がめくり上げた。小さく叫んで、慌てて手で押さえる。誰にも見られてなかったかな、と恐る恐る見回すと、憧れのキミ、双葉くんが真っ赤になって俯いていた。見た? 見てないよね? 見てないって思いたい! でもダメだった。聞こえてしまった。双葉くんの「水玉……」なんて呟きが! そう、私の今日の下着は水玉……。きゃあ、恥ずかしい! 私はアリスに出てくるウサギみたいに駆けだした』」

 きゃあ、恥ずかしい!
 心の中で叫んでしまう。アリスに出てくるウサギみたいにこの部屋から飛び出したかったけど、足は動かなかった。
 なんで……なんでここに、真白三実(ましろみみ)の作品が! 僕の黒歴史が……!!

 丸子佳純がゆらりと立ち上がった。
「こんなの全校生徒に公開されたくないでしょ。うちで脚本家、やってくれるよね、灰島双葉?」
 答えは「イエス」しかない……。僕はヘタヘタと床に座り込んだ。
 なんで演劇部が、真白三実=灰島双葉と知ったんだろう。
 呆然としている僕の前に、留佳が入部届とボールペンを置いた。
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