……じゃないほう。

文字数 1,685文字

 僕・灰島双葉(はいじまふたば)のスマホのアラームは、毎朝6時40分にセットされている。
 高校までバスと電車で1時間。8時半の登校時間には余裕で間に合う。
 なのに。

 ポコペン♪ というSNSの呑気な着信音に起こされたのは5時40分。
 時間だけ確認してスマホを放り出して目を閉じたけど、着信は続く。
 ポコペン♪ ポコペン♪ ポコペン♪ と続けざまに鳴るのを無視していると、ゴゥン! という音とともに、二段ベッドのフレームが揺れた。
 上の段で寝ている一樹(かずき)が、足でフレームを蹴っ飛ばしたのだ。

 渋々、スマホを手に取り、目をこすりながら画面を見る。
 サイレントにすればいいのかもしれないけど、二度寝して遅刻したらヤバイ。うちの家族は、寝坊しても起こしてくれるほど優しくない。
 SNSの画面を開く。

『なぁ、画像どうなった? 厳選せんでええから、()よ送って!』
『美咲ちゃんと加奈ちゃんの部活、教えて!』
『2年の安達さん、彼氏おった?』
『合コンしよ、合コン! いつがええ? 何人集められる? てか、何人と友だちになった?』

 送ってきたのは中学の時に同じクラスだった奴らだ。全員、朝練のある運動部所属。だから、こんな時間に送ってくる。迷惑な話だ。
 僕は『しばらくお待ちください』のスタンプを全員に返信して、布団をかぶった。

 高校に入学して一週間。毎朝この状態だ。
 卒業式の日、「卒業したら寂しなるなぁ。SNSで繋がっとこうや!」とたくさんの人から言われて舞い上がった自分を呪いたい。

 よく考えるべきだったのだ。

 なぜ、自分のクラスだけでなく、他のクラスの子や後輩たちからもそう言われたのかを。
 なぜ、そう言ってきたのが、全員男子だったのかを。

 しょうがない、本当に舞い上がっていたのだ。
 中学時代、僕に送られてきたSNSは、所属していた文芸部と図書委員の連絡事項だけだったから。
 クラスの連絡事項に至っては、別のクラスにいた一樹宛てに送られてきていたから。

 僕と一樹は一卵性双生児だ。顔はそっくり、身長も同じぐらい。クルンクルンの癖毛も同じ。ツムジの向きが逆なだけ。
 背後に立って、上から見た時、ツムジが時計回り――右巻きが一樹、半時計周りの左巻きが僕。
 違いと言えばそこだけだと思うのに、中学、いや、小学校の頃から、僕は「じゃないほう。」と言われ続けてきた。

 明るくて勉強も運動もできる灰島、じゃないほう。
 男子とも女子とも、教育実習の先生ともすぐに打ち解けられる灰島、じゃないほう。
 先生からの評判もよく、生徒会役員だった灰島、じゃないほう。

 「じゃないほう。」の灰島は、地味で暗くておとなしくて、いてもいなくてもわからない存在だった。
 それで構わないと思っていたけど、内心は悔しかったのかもしれない、今から思うと。だから、SNSの友達申請を全部受けてしまった。
 でも、「じゃないほう。」のままがよかった。もう今は、誰からも注目されたくない。

 どんどん暗くなる。ヤバイ。僕は慌てて思考にストップをかけた。
 朝っぱらからこんなネガティブではよくない。リセットするために、もうひと眠り……と目を閉じようとしたら。

 ポコペン♪ ポコペン♪ ポコペン♪ ポコペン♪

 ああ、もう……。
 僕はまた上から怒られる前に、スマホをつかんで二段ベッドの下段から這い出た。

 今、僕は中学時代のクラスメイトたちから「じゃないほう。」とは呼ばれなくなっている。
 「超進学校に行った灰島」一樹に対して――
 「超お嬢様校だった英宣学園に行った灰島」双葉。

 伝統あるお嬢様学校・英宣学園は、幼稚舎のみ共学。初等科、中等部、高等部、大学と女子校だったのに、今年から高等部だけ共学になった。
 一学年152人。高等部女子456人に対し、今年入った男子は6人。
 つまり、女だらけの高校生活を送る僕のところには、お嬢様たちとお近づきになりたい男子たち《ハイエナ》が絶賛押し寄せ中なのだ……。
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