我が名は……。
文字数 2,130文字
「全裸でお芝居なんて、猥褻物陳列罪で捕まるんと違うの」
お嬢様グループに属していない留佳でも、女子高生から猥褻物、なんて言葉を言われるとドキッとする。
「いやぁ、猥褻物なんて考えるほうがヤラシイでしょ。宗教ですよ、聖書ですよ!」
バケツをかぶったまま、矢萩が力説したけど、「アダムとイブはやりません! 絶対に!」と丸子先輩に断言されてしまった。
反論する材料はそれ以上思いつかなかったらしく、矢萩は渋々頷いた。
「アダムとイブがあかんってことやったら、やっぱりキリストの誕生ですか?」
矢萩は僕の隣に座り、ちゃっかり会議に参加し始めた。
アダムとイブ騒動ですっかり疲労困憊の丸子先輩は、矢萩を叩きだす気力もないようだった。
「そうね。シンプルに行きましょう、シンプルに」
僕らに念を押すように言い、大きなホワイトボードにイエス・キリストの誕生と書いた。
イエス・キリストの誕生エピソードについて、ずっと前から気になっていたことがある。
「あのぅ」
手を挙げると、丸子先輩が憂鬱そうな顔を僕に向けた。
「なに、灰島くん?」
僕が口を開く前に、「あ!」と矢萩が叫んで立ち上がった。びくっと丸子先輩が身を引く。
「な、なに……?」
「灰島ってなんか言いにくないですか? あだ名考えましょうよ、あだ名!」
「あのねぇ。そんなことよりも劇のことを進めんとあかんのよ。邪魔をするんやったら」
出て行きなさい、という言葉を矢萩は悠々と遮った。
「これから何度も名前を呼ぶわけでしょ。はいじまくんって6音使うより、もっとシンプルなほうがええと思いません?」
無作法に矢萩に遮られたのに、丸子先輩は口をつぐんだ。
納得した!
ていうか、人の名前に文句をつけないでほしい。
「灰島くんって下の名前、なにやったっけ?」
僕のぶすくれた顔を気にすることなく、美羽が留佳の隣、丸子先輩寄りの席から僕に顔を向けた。
「双葉やけど……」
大道具係の美羽は、たまには演じるほうもやるらしい。「男役かおばさん役やけどね」とあっけらかんと笑うけど、ぽちゃっとした大柄の体型だけじゃなく、色白で目鼻立ちははっきりしているから舞台映えがしそうだ。
鼻の上に散っているソバカスは、なんというか、結構好きな感じだ。
美羽のソバカスを見ながら答えると、「双葉かぁ」と矢萩が腕を組んだ。
「ふぅとか?」
「それ、絶対イヤ」
「ふぅ↑」
「語尾上げただけやろ!」
「ほんなら……灰島で……グレイ?」
ぷっと留佳が噴き出した。
「ええー、なんか灰島くんのキャラと違う~」
ウンウン、と美羽もうなずいている。なんかちょっと失礼じゃない? まあ、僕もグレイって呼ばれたら戸惑うけど。
「灰ちゃん」
「うーん、なんかこう、しっくりこない……」
「……三実 」
ぼそっと呟いたのは、なんと、丸子先輩!
僕は真っ青になった。矢萩なんかに黒歴史がバレたらとんでもないことになる!
「え、耳? うーん、コイツ、そんな特徴のある耳してませんよ」
矢萩が手を伸ばして僕の耳たぶを触ろうとしたから、慌てて避けつつ、「丸子先輩、それも絶対にナシです」と強い口調で言うと、ひょいっと肩を竦めた。残念そうだ。
この人、真白 三実が、僕を強制入部させたネタだって忘れてないか……?
真白三実のことがバレたら、僕が演劇部にいなきゃいけない理由はなくなって、脚本家がいなくて困るのは丸子先輩のほうだろうに。
留佳が僕の名前に変化を付けつつ呟く。
「うーん。灰島、はいじま、はい……」
全員がハッと顔を見合わせた。
「「「ハイジ!」」」
「ええええええええ!」
悲鳴をあげたのは僕だけ。
「ええやん、ええやん! それでいこ、アルプス〇少女ハイジで!」
美羽、それ、伏せてない……。
「イメージぴったりやもんね。なんかオドオドビクビクしてるのが、都会に出てきたハイジっぽい」
留佳がこれまた失礼なことを言う。
「ええ~。ええなぁ、ハイジぃ。なんかズルイわぁ」
矢萩が机をガタガタ揺すりながら文句を言う。自分でも叫んだくせに、何がズルイのかよくわからない。
しかも、あだ名をつけよう、と提案した張本人のくせに。
「なぁ、俺にもあだ名つけて! なんかオモロイやつ」
丸子先輩と留佳、美羽、僕が顔を見合わせた。
「アルプス〇少女にペーターってヤギが出てけぇへんかった? ペーターでええんと違う?」
投げやりに丸子先輩が言う。
「あの、ペーターは男の子のほうです。ヤギはユキちゃんです、確か」
思わず訂正すると、丸子先輩が赤くなった。この人、意外と天然なのかも……。
「ちょ、ちょっと間違えただけやん! 矢萩やし、ヤギで! ええでしょ? ほら、劇の話し合いするわよ!」
「メェーーー」
丸子先輩に睨まれ、矢萩は嬉しそうに鳴いた。ここは何部だったけ。
矢萩、もといヤギが絡むといつもこんな感じに混沌とする。男子部もこんな調子で話し合いが進まなかったことを思い出す。
このメンバーで、ちゃんと上演までたどり着くんだろうか。
僕は大きなため息をついた。
お嬢様グループに属していない留佳でも、女子高生から猥褻物、なんて言葉を言われるとドキッとする。
「いやぁ、猥褻物なんて考えるほうがヤラシイでしょ。宗教ですよ、聖書ですよ!」
バケツをかぶったまま、矢萩が力説したけど、「アダムとイブはやりません! 絶対に!」と丸子先輩に断言されてしまった。
反論する材料はそれ以上思いつかなかったらしく、矢萩は渋々頷いた。
「アダムとイブがあかんってことやったら、やっぱりキリストの誕生ですか?」
矢萩は僕の隣に座り、ちゃっかり会議に参加し始めた。
アダムとイブ騒動ですっかり疲労困憊の丸子先輩は、矢萩を叩きだす気力もないようだった。
「そうね。シンプルに行きましょう、シンプルに」
僕らに念を押すように言い、大きなホワイトボードにイエス・キリストの誕生と書いた。
イエス・キリストの誕生エピソードについて、ずっと前から気になっていたことがある。
「あのぅ」
手を挙げると、丸子先輩が憂鬱そうな顔を僕に向けた。
「なに、灰島くん?」
僕が口を開く前に、「あ!」と矢萩が叫んで立ち上がった。びくっと丸子先輩が身を引く。
「な、なに……?」
「灰島ってなんか言いにくないですか? あだ名考えましょうよ、あだ名!」
「あのねぇ。そんなことよりも劇のことを進めんとあかんのよ。邪魔をするんやったら」
出て行きなさい、という言葉を矢萩は悠々と遮った。
「これから何度も名前を呼ぶわけでしょ。はいじまくんって6音使うより、もっとシンプルなほうがええと思いません?」
無作法に矢萩に遮られたのに、丸子先輩は口をつぐんだ。
納得した!
ていうか、人の名前に文句をつけないでほしい。
「灰島くんって下の名前、なにやったっけ?」
僕のぶすくれた顔を気にすることなく、美羽が留佳の隣、丸子先輩寄りの席から僕に顔を向けた。
「双葉やけど……」
大道具係の美羽は、たまには演じるほうもやるらしい。「男役かおばさん役やけどね」とあっけらかんと笑うけど、ぽちゃっとした大柄の体型だけじゃなく、色白で目鼻立ちははっきりしているから舞台映えがしそうだ。
鼻の上に散っているソバカスは、なんというか、結構好きな感じだ。
美羽のソバカスを見ながら答えると、「双葉かぁ」と矢萩が腕を組んだ。
「ふぅとか?」
「それ、絶対イヤ」
「ふぅ↑」
「語尾上げただけやろ!」
「ほんなら……灰島で……グレイ?」
ぷっと留佳が噴き出した。
「ええー、なんか灰島くんのキャラと違う~」
ウンウン、と美羽もうなずいている。なんかちょっと失礼じゃない? まあ、僕もグレイって呼ばれたら戸惑うけど。
「灰ちゃん」
「うーん、なんかこう、しっくりこない……」
「……
ぼそっと呟いたのは、なんと、丸子先輩!
僕は真っ青になった。矢萩なんかに黒歴史がバレたらとんでもないことになる!
「え、耳? うーん、コイツ、そんな特徴のある耳してませんよ」
矢萩が手を伸ばして僕の耳たぶを触ろうとしたから、慌てて避けつつ、「丸子先輩、それも絶対にナシです」と強い口調で言うと、ひょいっと肩を竦めた。残念そうだ。
この人、
真白三実のことがバレたら、僕が演劇部にいなきゃいけない理由はなくなって、脚本家がいなくて困るのは丸子先輩のほうだろうに。
留佳が僕の名前に変化を付けつつ呟く。
「うーん。灰島、はいじま、はい……」
全員がハッと顔を見合わせた。
「「「ハイジ!」」」
「ええええええええ!」
悲鳴をあげたのは僕だけ。
「ええやん、ええやん! それでいこ、アルプス〇少女ハイジで!」
美羽、それ、伏せてない……。
「イメージぴったりやもんね。なんかオドオドビクビクしてるのが、都会に出てきたハイジっぽい」
留佳がこれまた失礼なことを言う。
「ええ~。ええなぁ、ハイジぃ。なんかズルイわぁ」
矢萩が机をガタガタ揺すりながら文句を言う。自分でも叫んだくせに、何がズルイのかよくわからない。
しかも、あだ名をつけよう、と提案した張本人のくせに。
「なぁ、俺にもあだ名つけて! なんかオモロイやつ」
丸子先輩と留佳、美羽、僕が顔を見合わせた。
「アルプス〇少女にペーターってヤギが出てけぇへんかった? ペーターでええんと違う?」
投げやりに丸子先輩が言う。
「あの、ペーターは男の子のほうです。ヤギはユキちゃんです、確か」
思わず訂正すると、丸子先輩が赤くなった。この人、意外と天然なのかも……。
「ちょ、ちょっと間違えただけやん! 矢萩やし、ヤギで! ええでしょ? ほら、劇の話し合いするわよ!」
「メェーーー」
丸子先輩に睨まれ、矢萩は嬉しそうに鳴いた。ここは何部だったけ。
矢萩、もといヤギが絡むといつもこんな感じに混沌とする。男子部もこんな調子で話し合いが進まなかったことを思い出す。
このメンバーで、ちゃんと上演までたどり着くんだろうか。
僕は大きなため息をついた。