トリニティ

　生徒たちが集まってくるまで、壇上の奥に掲げられている『三位一体(さんみいったい)』の額をぼうっと眺める。
　今、檀上にあるのはこの額と、聖書とマイクを置く台だけだ。

　この学園の標語『三位一体』は入学式、始業式だけでなく、毎朝の礼拝、週に一回の聖書の授業で何度か出てきたけど、正直言って、まだなんのことかチンプンカンプンだ。
　キリスト教と言えば、マリア像やイエス・キリストが磔にされている十字架を掲げた教会に集(つど)って、「アーメン」と言いながら十字を切る、みたいな認識しかなかった僕にとって、見るもの聞くもの初めてのものばかり。

　これでも入学前に努力はした。
　キリスト教系の学校である英宣学園への進学が決まった日から、十字を切る練習をしたのだ。
　幼稚舎から英宣という女子だって多い。彼女たちにとってはお手の物だろうから、オタオタして恥をかきたくなかった。

　教会に住んでいる太一郎に聞いてもよかったけど、絶対に一樹にバレる。からかわれるネタを自分から増やすのもバカらしい。
　そう考えた僕は、インターネットで検索して、海外サッカーのゴール集をいくつも観た。ゴールを決めた選手がよく十字を切っているからだ。
　おかげで、十字を切る姿はサマになった、と思う。海外のストライカーにもちょっとだけ詳しくなった。

　でも……でも、ですよ。

　英宣のチャペルに初めて入った時、僕は首を傾げた。
　チャペルにはマリア像も十字架もなかった。礼拝でも、讃美歌を歌う時やお祈りの後に「アーメン」とは言うけど、十字は切らない。
　そう、英宣はプロテスタントだったのだ。
　キリスト教にカトリックやプロテスタントという宗派があることを、僕は英宣に入って初めて知った……。

「太一郎の教会って、カトリック？　プロテスタント？」
　始業式の日、帰宅した僕が遊びに来ていた太一郎に尋ねると、もらったばかりの教科書や持ち物に名前を書き込んでいた一樹と太一郎が、目を丸くした。

「す、すごい、ふぅの口からカトリックとかプロテスタントって言葉が……！」
「ていうか、今更、なに言うてんの……」
　太一郎は感激した顔で、一樹はすんごい馬鹿にした顔で僕を見た。
「もぅの親父さん――大二郎さんは牧師やろ！」
「うん、それは知ってる」
「アホ、ボケ、カス！」
　僕を罵倒して、一樹は名前書きの作業に戻ってしまった。
　なんなの……。ていうか、なんで、罵倒されたの、僕。