勧誘

文字数 1,531文字

「なんだよ、そのため息。本当は理由があるんだろ?」
 家須が更に追及してこようとしたとき、千穂が家須の傍に寄ってきた。
「ねぇ。家須くん、生物部、入らへん?」
「はぁ? なんで! ていうか、近づくなよ!」
「だって、実験するのに、部員やったほうが便利やから。膨張率とか調べてみたいねん」
「なんのだよ! ていうか、俺は実験動物じゃない!」
 真っ赤になる家須に対して、千穂は真顔だ。

 そんなやりとりをしている二人に、他の女子たちが加わった。
「ちょっと! 財前さん、ズルイわ! ねぇ、家須くん、うちはどう? 美術部!」
「待って、家庭科部は? 料理男子、裁縫男子、モテるよ、絶対!」
「家須くん、映画研究会、見学に来ない?」
 瞬く間に、家須は女子たちに取り囲まれてしまった。

 その騒ぎをポカンと眺めていたら、留佳が「みんなタイミング図っとったからね」と苦笑した。
「タイミング?」
「男子部作るって言ってたでしょ? でも、男子それぞれ得意なものが違うし、男子だけでだけでやりたい人ばっかりじゃないから、やる気も違って微妙。でしょ?」
 その通りだ。

「男子は一枚岩やない。だから、仮入部をしなきゃいけない期限直前に、勧誘しようってどの部も考えとったんよ」
「それやったら、もっと前から部活の勧誘したら、男子部の話も立ち消えになったんと違うの?」
「男子部で盛り上がっている間に勧誘したって、効率悪いでしょ」
 留佳の言葉に、なるほど、と僕は頷いた。
「で、後はどのタイミングで勧誘するかってことやったけど、私たち演劇部が勧誘を開始して、しかも、灰島くんが一発で入っちゃったから、みんな焦り始めたってわけ」

 ここまで手の内をあかしてくれる留佳なら、率直に話してくれそうだから、思いきって聞いてみた。
「あのさ……僕ら男子って歓迎されてんの、されてへんの?」
 家須への勧誘ラッシュを見ると歓迎されている感じではあるけど。遠巻きに見ている子たちもいるわけで。

「個人よりも部の方針によるんと違うかな。部長、副部長が男子絶対お断りな人たちだと、部員は積極的に勧誘しないし、その逆なら必死で勧誘する」
「男が入ったほうが面倒やない?」
「実は男子が入ると、部に特別予算がつく」
「え!」
 聞いてないぞ。
 僕が睨むと、留佳はちょっと舌を出した。地味な顔なんだけど、小型犬みたいでかわいい、と思ってしまった。くそぅ、女子め。

「まぁ、そういうのがあっても、体育会系の部はほとんど勧誘してへんけどね」
 言われてみれば、遠巻きに見ている子たちは体育会系の部の子たちで、バレーボール部、バスケ部、サッカー部といったチームプレイのスポーツや、接触せざるを得ない合気道部。
 体育会系でも勧誘しているのは、弓道部や陸上部という個人競技に、テニス部やバトミントン部などの男女混合プレイのある部。
「なるほどねぇ……」

 家須はいろんなことを言われて混乱しているようだ。女子たちは、スーパーで特売品にたかっているお客さんみたいで、モテモテとはちょっと違う感じ。
「感謝してよ」
 留佳がニヤリと笑った。
「演劇部がフライングしたから、灰島くんはあんな目にあわんで済んだんやからね」
 おっしゃる通り。でも、恐喝したことを忘てない?

「まぁ、とにかく、演劇部は男女関係なしに仲良ぅしよ。明日の放課後、部室にきてね。脚本制作の打ち合わせするらしいから」
「はーい……」
 僕は力なく返事をして、机の上に置いた演劇部からの借り物――最近上演した脚本の束を眺めた。
 家須を取り巻く騒動も、五時間目の英語を担当する小島先生が入ってきたことで、一瞬で集結したのだった。
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