ブラック&ホワイト

文字数 1,434文字

 僕がトーストをかじりながら、大量のSNSに返信していたら、寝ぐせのつきまくった頭で一樹が起きてきた。

「おはよう」
「ん」

 僕の4文字に対して、1文字。ちゃんと「おはよう」って言えよ、とは言いたくても言えない。朝の一樹は壮絶に機嫌が悪い。1文字返してきただけ、今日はまだマシなほうだ。
 外に出るとキラキラと光って愛想を振りまく目は、どんよりと眠そう。その目がウロウロと何かを探す。
「母さんなら、さっき出たで。今日は心斎橋の画廊に手伝いに行くって言うてたやろ」
 丁寧に教えてやったのに、返ってきたのは舌打ち一つと、「ふぅ。焼いて」。

 ふぅってなんだよ、ため息と区別つかないだろ。ちゃんと双葉って言えよ。
 そういう言葉を飲み込んで、「自分でやれよ」と言ったのは、わずかなる抵抗。
 抵抗空しく、座っている椅子の足をガンッと蹴られた僕は、あたふたとパンをトースターにセットした。

「ほんま、詐欺やわ」
 母さんが用意してくれた野菜たっぷりスープは、命令される前によそって一樹の前に置く。
 スープをフゥフゥ冷ましながら、一樹が上目遣いで僕を見た。何が? と言うのさえも面倒くさそうだ。
「外面良すぎや。外ではニコニコ優しい一樹くんは、僕にはすぐ手や足が出るし、オレ様やし、ナルシストやし、腹黒いし」
「騙されるほうが悪い。ふぅとアイツの前ぐらい、()でおらせてや」
 さらっと言ってのけて、一樹は僕がバターまで塗ってやったトーストに手を伸ばした。
 そう、一樹は両親にすら巨大なネコをかぶっている。

「あー、やっぱ、ふぅが焼くトーストが一番美味しい」
「え、ほんま?」
「うん。何が違うんかなぁ?」
 小首を傾げて言うその顔は、自分と同じ顔なのに保護欲を駆り立てられる。それが、ちょっと忌々しい。
「なんやろなぁ?」
 僕も同じように小首を傾げたら、めちゃくちゃ嫌そうな顔で「キモ!」と言われてしまった。
 同じ顔やろ、このナルシスト!

「キモいと言えばさぁ、制服、慣れた?」
 更に失礼なことを言う。「キモい」でうちの制服を連想するな、と怒りたいけど、まだ「キモい」制服に慣れないのも事実だ。

 上下真っ白の学ランは、紺や黒の服装が多い通勤・通学ラッシュ時では異様に目立つ。11月から2月は冬服で黒になると聞いてホッとしたけど、学校規定のロングコートは真っ白だそうだ。
 なんでやねん! 汚れるやろ! と思うけど、規則は規則だ。
 対して、一樹の高校は上下とも黒の学ランが標準服で、私服OK。なのに、一樹はずっと標準服で登校している。
 理由は簡単。面白いからだ。
 同じ顔の高校生が白と黒の学ランを着て並んで立っているところを想像してほしい。超絶目立つ。

 うちと同じく、一樹の高校もバスと電車で1時間。ターミナル駅までは一緒なのだ。
 一週間前は本当に地獄だった。すれ違う人たちみんなが僕らを目で追った。バスの中ではジロジロ、ヒソヒソ、クスクス……。
 さすがにそろそろ周りも見慣れてきたらしく、露骨にヒソヒソされることはなくなったけど、まだまだ視線を感じる。
 出る時間をずらせば、好奇心に満ちた視線を浴びずに済むのに、「俺の食器も洗っといて」「寝ぐせ直して」という注文を聞いていたら、結局、出る時間が一緒になってしまうのだ。

 かくして。
 今日も、灰島さんちの双子は黒と白の学ランに身を包み、同じ時間に玄関を出るのだった――。
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