第207話 思い込みと早とちり Bパート

文字数 5,541文字



「ちょっと岡本さん?!」
 どう考えても年下の女の子に送る文面でも内容でもない。あの人から冬美さんへのメッセージに目を通して、冗談や比喩ではなく本気でめまいを起こす。
「……ワタシが言葉で伝えられない理由をお判り頂けましたか?」
 いやこれ、私が危険とか言う以前に、この文面だとあの人は彩風さんや他の女の子と――
「ひょっとしてあの人って彩風さんと――」
「――それは絶対にありません。中条さんからも話を伺ってワタシも今まで見て来た限り、そう言った感じも兆候も全く見受けられていません。ただあの人は“二言斬り”をしてもモテるんです。それだけ女性とのそう言う情事に慣れてるんです。だからワタシは煽ってでも何としてでも岡本さんを止めたいんです」
 良かった。とにかく彩風さんの気持ちを利用して捨てられた訳じゃなくて――弄ばれて――捨てられて……そうか。“ヤリ捨て”ってそう言う意味なのか。確かに私と優希君の間では絶対に必要のない言葉だし、女の子にとって、特に蒼ちゃんにとっては思い出したくもない言葉だろうから、あれだけ機嫌が悪くなるのも分かった。
「止めたいって、冬美さんもしかして――」
「――バカな事を仰るのは辞めて下さい! ワタシは前回それで苦い思いをしてるんです。それにワタシはワタシ自身の魅力で振り向いて頂きたいんですから、二度も下策は取りません。第一本気で下策を考えるなら、このメッセージを岡本さんに見せる訳ないじゃないですか。ワタシを岡本さんと同じ舌の数にしないで下さい」
 ……舌の数……か。でも優希君が増えた私の舌でもっと絡め取って欲しいって言ってくれているんだから、なんか腹立たなくなっている自分がいるんだけれど。
 それにしたって女の子に服を脱げって……あまりにもあんまりだし、私にしか興味が無いって言ってくれた優希君と一緒になんて間違ってもされたくない。
 しかもやっぱり私に対してもそう言う目を向けていたって事でもあるし……これで優希君が意気地なしとか……酷い以外の言葉が見つからない。そう思うと私も優希君に送ったメッセージで“意気地なし”って送った事があったけれど、本当にああ言うのは辞めないと駄目だ。
 あの時は蒼ちゃんに注意されてすぐにメッセージを送れたけれど、優希君を傷つけたかもしれない言葉。
「じゃあそのメッセージに何て返したの?」
「何も返してません。返せません。それに万一協力関係に戻って、どう考えても何もかもが初めての岡本さんがあの会長の毒牙にかかってしまったらと思うと、友達としてもそうですし、空木先輩に合わせる顔が完全に無くなってしまいます」
 前の公園の時にも、その価値観と言うかお金や物に対する感覚が根本から違うとは感じたけれど、生きる世界と言うのか、目にする世界そのものが違うのかもしれない。
 一時私に渡そうとしてくれていたあの中身の分からない紙袋もそうだし、お金の代わりにその人気を利用して物で女の子を釣っていたのかもしれない。でも彩風さんは女の子に対して驚く程不器用だって――
「あの……あの会長の何かの秘密?」
 私が取り留めなく色々考えていると、咲夜さんが遠慮がちに――っと、ここで更に私の携帯が着信を知らせる。
「って蒼ちゃん?」
 とにもかくにも三人に失礼して、通話を始めさせてもらう。


『どうしたの?』
『どうしたのって……いい加減にしないと怒るよ。会長からの連絡はどうしたの?』
 あの人との場所を気にして連絡をして来てくれたのは嬉しいけれど、もう既に怒っている気がするんだけれど。
『ないよ? 何もない。ひょっとしたら私が躱したり逃げたりしているから、統括会で言うのかもしれない』
 私は一番考えられそうな考えを口にしたはずなのに、
『愛ちゃん! 矛盾だらけだよ?! 連絡は逃げて回るのにあの人からの告白は二人きりで聞くの?』
 なんか答えられなくなっているし。
『愛ちゃん。もう一回聞くね。私は、学校に着いたらどこへ向かえば良いの?』
「蒼依さんなんて? あたしの話、何かしてる?」
 完全に言葉を詰まらせた私を気遣ってか声を掛けてくれるけれど、
『愛ちゃん? 今そこに誰かいるの? 空木君?』
 さっきのあの人からのメッセージと言い、今の蒼ちゃんの指摘と言い、上手く頭も返事もまとまらない。
『違うよ。優希君は今二年に行って、統括会を辞めるって言っている彩風さんを説得してくれているの。私は咲夜さんや実祝さんと――』
『――何でアノ人と一緒にいるの? 私、アノ人だけは駄目だって言ったよね。なのにどうして私の話を聞いてくれないの? 今日学校に行ったら説教ね』
『蒼ちゃんお願いだから聞い――』
 よっぽど色々重なって腹を立てているのか、そのまま通話自体が途切れてしまう。

「今日、放課後に蒼ちゃんが学校に来るって。それからあの人からの連絡がない事にものすごく腹を立てていたよ」
 咲夜さんの反応だけには触れずに事実だけを伝えると、
「……愛美さん。やっぱり辞めよう。絶対危ないし良くないよ。だからあの温厚な蒼依さんも怒ってる。そのメッセージだって会長に関する何かなんだよね。あたしだってそこの雪野さんと同じ人を好きになっただけあって、やっぱり気持ちは同じなんだって。
 それにやっぱりこんなのあたしが知ってる恋愛じゃない。あたしの知ってる恋愛はこんな不安な気持ちになるんじゃなくて、もっとこう甘かったり酸っぱかったりするの。それにもっとこう、キュンってする何かがあるの」
 理由も仕掛けも話せていないから、とにかくみんなからは辞めるようにと止められる。だけれど皮肉なことにあの人がそこまで覚悟を持った本気を私にぶつけてくれると言うなら、本当にこの一回私がしっかり断ったら全てが終わると言う条件を増々満たす事にはなるのだ。
「大丈夫。とにかく今日で終わらせるから。私と優希君の気持ちや、やる事自体は変わらないよ」
 それに何度も言うように、朱先輩や優希君だけじゃなくて私のお母さんもしっかり断りなさいって言ってくれている。
「ちょっと愛美さん!」
「何で岡本さんってあんなに石頭で頑固なんですか?!」
“頑固”で頭が固いのは私じゃなくて冬美さんの専売のはずなのに、失礼な言葉ばっかり口にするし。
「それじゃいつもギリギリだったし、今日くらいは早く帰ろっか」
 極めつけは私の声に三人共が大きくため息をつく始末だ。
「……蒼依もこの頭の固さには、頭を抱えてるはず。今度確かめる」
“頑固”で“頭が固い”のは冬美さんなのに本当に失礼するんだから。


 私たちが教室に帰って来た時、何となく朝とは違うざわつきを感じた中、

宛元:優希君
題名:迎えに行く
本文:統括会の際には僕が迎えに行くから無理せず待っていてくれたらいいよ

 部活棟へ入る際の私の反応を覚えていてくれた優希君からの嬉しい気遣い。
 だけれど、お昼は私のために二人と話をしてくれて、今度はまた私のために放課後に教室まで迎えに来てくれると言う優希君。
 いつだって私のために動いてくれる優希君。私はこのままで良いのかと迷いを持ちながら

宛先:優希君
題名:ありがとう
本文:でも私のために無理だけはしないでね。それから依然あの人からは何も
   ないよ。下手しなくても統括会まで何もないと思う。それから今日のお昼、
   蒼ちゃんから放課後学校に来るって連絡もあったよ。

 私の方の状況を伝えておく。その後も教室内のいつもと違うざわめきは消える事無く、そのまま午後の授業へと突入する。

 休み時間こそはなんとなくざわついた雰囲気だったけれど、進学校の受験生と言うのもあってか授業中はパリッとした空気の中で迎えた終礼。
「朝も言ったけど“推薦”の出願の相談や授業についての質問ならこの週末はずっと学校にいるから、何かあったらいつでも訪ねて来いよー。それから図書室だけは、先生たちの持ち回りで受験勉強との兼ね合いから、部活とは別で開放してるから利用出来るが教室棟内や教室は原則立ち入り禁止だからなー。
 もう一つ部活に関しては土曜日が体育会系。日曜日が文科系だからなー。最後に岡本。ほんの少しだけ俺に時間をくれ。それじゃ解散!」
 朝の文句があったからなのか、あの人の手柄だと言う、この週末から実施の週末部活ローテーションの話は最小限にとどめて、違う話に時間を割いたっぽい先生。
 だからなのか他のクラスよりも早く終わった先生と一緒に、まだ誰も出ていない廊下へと出る。もちろんクラスの何人かの視線を感じながら。
「教頭から岡本に伝言なんだが……その前にあの倉本と何かあったのか?」
 何かって何なのか。あるのはこれからで今は何もないはずだ。ただあったとすれば私の中であの人は男の人として、人として最低だって分かっただけだ。
「何もありませんが、教頭からの伝言って何ですか? この前の返事に対する何かの難問ですか? それともこれ以上の何かの厄介ごとですか?」
 だけれどこれは私の気持ちの問題で、あの人への印象が良くなったわけではないのだから、先生からしたら何の関係もないはずだ。
「厄介ごとって……お前なぁ。まああんな奴を気にして無いなら俺からは特に何も言わんが、あの会長が交渉役を総務から、みんなの記録をしっかりと取ってすぐに資料としても出せる書記に替えたいと申告があったそうだ。それともう一つが、“今月末を楽しみにしてる”だそうだ」
 やっぱり厄介ごとじゃないのか。大体私一人のために、執拗に教室まで来たり交渉役の変更を学校側に申し入れたり、そこまでするものなのか。
 しかも会長が他人の居場所を取ってしまっても良い物なのか。これは朱先輩が駄目だって始めに教えてくれた注意にも入っているんだけれど。
 それにあの冬美さん宛てのメッセージだと、必ずしも私である必要も感じないんだけれど。あの人が何を考えているのか全く分からない。
「ちなみに学校側はその交渉役の変更を認めたんですか?」
「学校側としても個人の意見ではさすがに変えられないし、俺も反対した」
 ちょっと待って。よく考えたらあの人自ら彩風さんと意見をまとめられないって学校側に言ってしまったも同じじゃないのか。
 だとしたらあの教頭の言う通り、あの人は交渉じゃなくて自分の気持ちを言いに行っただけじゃないのか。先生も反対したとか何を私への気持ちをそこら中で垂れ流しているのか。何て言うかもう普通の厄介ごとじゃない気がするんだけれど。
 真面目に考えるのがアホらしくなってくる。
 この中で月末――例の課題――へのプレッシャーをかけて来るなんて一体どう言うつもりなのか。
「分かりました。どっちにしてもこの後、統括会なので一度まとめて確認はしますけれど――先生は私への気持ちをそこら中で垂れ流してどうするんですか? 私のお父さん、先生に対してカンカンですよ? 分かっているんですか?」
 後半部分はさすがに声を落としてしっかりと言い含めておかないといけない。
「岡本の言いたい事は分からんでもないが、あんな男はさすがに辞めておけ」
 しかも私のお父さんみたいな事を言い出す始末だ。
「あんな男は辞めておけと今、先生は仰いましたけれど、私のお父さんも“あんな先生なんて辞めておけ。俺は認めない”って言ってましたよ」
 腹立った私は、お父さんと同じ考えだって目一杯皮肉って返しておく。
「……岡本の俺に対する気持ちはどうなんだ?」
 かと思ったら緊張した表情でなんてことを聞いて来るのか。ここは学校内の廊下だってのも忘れているんじゃないのか。
「先生との二人きりの秘密がどんどん減って、口の軽い先生だなって思っていますよ」
 気持ちも何も、私は理想の先生を目指す先生の応援を一番近くでするだけだっての。
「……」
「とにかく私は交渉役に付く気も、彩風さんを交渉役から外す気も無いとだけは、しっかりと伝えておきますね」
 ただそれ以上に事態解決のために動いてくれているみんなの頑張りを無駄にしたくなかった私は、先生にそれだけはハッキリと伝えて、
「ちょっと岡本?! 怒るとか喧嘩は辞めよう」
 いつ優希君が迎えに来てくれても良いように、教室内で待つことにする。
「別に怒っていませんよ。呆れているだけです。それじゃ統括会の準備をしますので失礼しますね」
 先生に最低限の返事だけはして。
「……」

「ねぇ。先生とはどんな話だったの?」
 かと思ったら今度は昼間ドロドロしたのは嫌だと言って、ゴハンすらも途中で食べるのを辞めてしまった咲夜さんだ。
「岡本さん。前から気になってたんだけど、いつもあの先生と何話してるの?」
 しかも九重さんまで集まって来ているし。まあ男子が近寄って来るよりかはマシだけれど。
「そんなたいそうな話じゃないよ。私たちの症状の話とか、通院期間の話とか、後は統括会絡みの話かな」
“推薦”の話だけは以前先生がみんなの前でだけはするなと言われていたから辞めておく。
「それなら別に良いけど、月森さんはそう思ってないんじゃない?」
 そうなのだ。こう言う嗅覚だけは鋭どすぎるからたまに困るんだけれど。
「咲夜さん。お昼の話の続きの詳細を教えて欲しいのなら喜んでするけれど、どうする?」
「今日は実祝さんと大人しく帰ります」
 私と蒼ちゃんの機嫌を損ねられない咲夜さんは昼間の態度から予想は出来たけれど、修羅場を匂わせるとやっぱり大人しくなるみたいだ。
 そして実祝さんと咲夜さんが帰る準備を、後は優希君が迎えに来てくれるのを待つだけだと二人を見るともなしに見ていると、
「岡本さんってまだ残ってる?」
 見覚えのない女生徒に呼ばれる。

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