第203話 歩み始める信頼「関係」 終 Bパート

文字数 7,271文字


「だから彩風も落ち着けって」
「何でアタシが落ち着くの? 何で冬ちゃんの肩を持つの?」
「ワタシを責めたければ別にかまいませんが、せめて友人だと言う中条さんのお話くらい耳を傾けたらどうなんですか?」
「アタシから清くんを引き裂いて何で被害者みたいな――」
「――彩風っ! 雪野は関係ないだろっ! あーしはちゃんとまずは自分を見てもらう所からだって言い続けてただろ」
「見てもらうって、幼馴染の距離感なんて全然分からないくせに、そんな愛先輩みたいに軽く言わないでっ」
「ちょっと霧ちゃん。応援頂いてた岡本さんに対してその言い方はあんまりにもあんまりなんじゃないですか?」
 私は優希君と共に二年の廊下へ到着した時には、大方彩風さんが人気のない階段踊り場付近に呼び出したのか、既に階段の踊り場で言い合いをしている三人を目にする。
「応援って……結局は愛先輩が清くんを――」
「――岡本さんを悪く言うのは辞めて下さい。岡本さんの空木先輩への想いの深さ、強さを見てまだ会長とか仰るならワタシだって怒りますよ」
「雪野……」
 あの。今の一言。私も聞いている上、私の隣に優希君もいて……すごく嬉しそうな表情でこっちを見て来ているんだけれど。
 しかも私の手を握る優希君の手にも力が入っているし。
「みんなおはよう――彩風さんも久しぶりだね」
 だからこれ以上恥ずかしい話を赤裸々にされる前に姿を出すけれど、
「――っ……」
 二人は普通にって言うか理沙さんは少し気まずそうに、そして彩風さんに至っては見る見るうちに目に涙を溜めて
「ってちょっと彩風さん!」
 そのまま逃げるように私たちの前から姿を消してしまう。

 実際話には聞いていたし、お灸を据える意味でも煽るメッセージを入れはしたけれど、やっぱり直接後輩からああ言う視線を貰うと寂しくて仕方がない。
「大丈夫。愛美さんは僕の彼女で倉本は嫌いだってちゃんと伝わってるから、それ以上は気にしなくても良いよ――それから二人ともおはよう。それでどうして愛美さんが落ち込むような話の流れになってるの? 中条さん」
 そんな私に代わって、私の手を強く握ってくれた優希君が代わりに聞いてくれる。
「どうしてって、あーしにそんな気は無くて、彩風が予告通り雪野に食って掛かって来たので愛先輩から言われた通り、二人の仲裁と言うか、彩風の説得をしてただけですよ」
 だけれど、繋いでいる私たちの手を見て、下唇を噛んで何かの感情に耐えている冬美さんとは違って、元々男子嫌いの理沙さんが大人しくしている訳は無くて、明らかにムッとした表情に変わる。
「その割には今気まずそうに僕たちを見たよね」
「ちょっと優希君?」
 だけれど、優希君も何かに対して明確に機嫌が悪いのか、理沙さんの機嫌に頓着する事なくさらに一歩踏み込む。
「ちょっと副会長。隣に愛先輩がいるのに少し自意識過剰すぎませんか? 何であーしが――」
「――昨日僕

蒼依さんに注意されたけど、僕の彼女は愛美さんただ一人で、愛美さんの彼氏は僕一人の上、愛美さんの教室でしっかりとキスさせてもらって『――っっ』愛美さんのクラスの人には僕が彼氏だってしっかりした行動で示したにもかかわらず、一番初めに愛美さんの不安を煽ったんだってね。その上愛美さんにはどう考えても縁の無い言葉まで教えたとか、どう言うつもり?」
 そうか。結局昨日のお昼の話、実祝さんは蒼ちゃんに伝えていたのか。それを折り悪くあの人が私に告白するのを何とか認めてもらおうと蒼ちゃんに電話してくれた時に、優希君にまとめて注意してくれたのか……もしれないけれど、私の不安は実祝さんと咲夜さんがしっかりと払拭してくれたのだから、もう大丈夫なのに。
「……それは確かにあーしが言い過ぎたと思いますけど、でもそう言うのから愛先輩を守るのが副会長じゃないんですか?」
「――じゃあ友達である中条さんは愛美さんを――」
「――辞めよ優希君。理沙さんは私の身と心を案じて教えてくれたんだから、私にとって可愛い後輩の善意をそんな言い方して欲しくないな。それに私の心も優希君が守ってくれるんだよね」
 私に対する善意や優しい気持ちのせいで、喧嘩とか笑顔が減ってしまうなんて嫌だった。だから今朝リップを引いたばかりだけれどしっかりと唇を巻き入れて舌で唇をしっかりと湿らせて優希君を見つめると、何をどう勘違いしたのか、
「――とにかく僕に愛美さんと別れる気も、倉本に渡す気も無いんだから愛美さんを不安にするような言動は辞めて欲しい」
 私に口付けをしてくれるんじゃなくて、続く先の言葉を変えてしまったっぽい優希君。
「……なんか、あーしも愛先輩を泣かせないって約束をしてたんですから、熱くなってしまってすみませんでした」
 しかも理沙さんまで矛を収めているし。ただ彩風さんと口喧嘩をしていたからか、さっきから口数の少なかった冬美さんが大きくため息をつく。
「冬美さんも。この前言ったけれど冬美さんを全否定する人ばかりじゃないんだから元気出してよ――理沙さんも。私の心配をしてくれたのは理解したからまた蒼ちゃんにも言っとくし、気が向いたらまた恋愛初心者の私に色々教えてね――ってみんなどうしたの?」
 私が皆に元気と笑顔が戻るようにと、一人一人に合わせて話をしていたはずなのに、さっきまで無口で溜息まで付いていた冬美さんまでもが、私の方に呆れの混じった表情を向けられる。
「いや。確かにあーしはそう言うのは副会長の前でって言いましたけどまさか本当に見せて来るなんて……」 (197話)
「こんな愛美さんだから大切にしたいし“好きでたまらないん”だ」
「……一体どう言う舌の使い方をすればそんな言葉が出て来るんですか?」
 しかも見せるとか舌の使い方とか……明らかに私を貶めるような発言に聞こえるのに、それを全く否定してくれない優希君。
 これはさっき優希君と口付けをしなくて正解だったかもしれない。
「ちょっと冬美さん。舌の使い方ってどう言う意味?」
 ただし冬美さんだけは別だ。明らかに一人だけ言葉の種類が違う。これで優希君に二枚舌とか多枚舌とか思われたら、天然・ハレンチ・腹黒・二枚舌……そう言えば今日新たにブラックホールなんてのもあったっけ。いずれにしても全く良い印象が無いんだけれど。まさか冬美さんが私の印象を落とすのにこんな搦め手を使って来るなんて想像していなかった。
「どうもこうもそのままじゃないですか。複数枚の舌を使って空木先輩を魅了して、ワタシには天然を見せて来て傷口を抉って来て空木先輩も早く騙され『ふふっ』――」
 舌はともかく魅了は良いんじゃないのか。しかも優珠希ちゃんの言うハレンチな方法じゃなくて冬美さんの言う自分自身を見てもらっての魅了なんだったら何の問題も無いんじゃないのか。舌はともかくとしてっ。
「ゆ・う・き・く・ん? 何で否定しないで笑っているの? 私の舌が優希君に絡まったら大変だから、今週は口付け無しね」
「……っ」
 それで優希君も嬉しそうに笑っているんだから、ここは本当に気合を入れて訂正してもらわないと、優珠希ちゃんのようにどんどんエスカレートして行って、最後には取り返しのつかない事になりそうだ……もう半分なりかけているような気もするけれど。
「今週って事は、今日が木曜日だから、後に三日だけ我慢すればまた出来るって事だよね」
「なっ?! も、もう知らない! 優希君が三日も我慢出来るんだったら来週からは三日に一回しかしないんだからっ!」
 信じられない。いつもデートの時には唇を巻き入れても湿らせてもいないのに、無理矢理口付けをして

クセに。
「……なんか愛先輩の天然て毒気を抜かれますね」
 その代わり私の中に二人に対する不満は溜まる一方なんだけれど。
「……」
「だから僕はみんなを笑顔にする愛美さんの天然

大好きなんだ。だから中条さんも蒼衣さんに言われたと思うけど、愛美さんらしくいてもらえるように変な言葉や余計な不安は与えないようにね」
「あーしもそれには同意です。その上で副会長が愛先輩を大切にするって言うなら、副会長だけ見方を変える事にします」
「そうしてくれると僕も愛美さんも嬉しいよ。そして僕たちがいない間は愛美さんの願いでもある雪野さんもお願いするよ」
 しかもそれでも二人暢気に喋っているだけで、私を引き留めてくれない優希君。今日の理沙さんデレデレ事件はしっかり蒼ちゃんに報告なんだからっ。
「……ひょっとしてお二人はもう……まで何度もする程の仲に……」
 私はデレデレしている優希君を放って自分の教室へと向かう。


 その後二年の廊下でゆっくりし過ぎていたのか、教室に入った時は予鈴間もなくだったから実祝さん、咲夜さん。それに九重さんに小さく手だけを振ってそのまま朝礼を迎える。
 その朝礼自体は大した連絡事項も無くすぐに終わったのだけれど、その直後にまた先生から呼ばれたから、今日は教室前の廊下で話を聞く。
「……一つ聞きたいんだが、お前ら統括会って今どうなってるんだ? なんかあの教頭が呆れてたぞ?」
 そしたらまさか……でもないのか。教頭による統括会への探りだった。
「呆れていたって何があったんですか? そもそも統括会は明日金曜日だったはずですよね」
 ただ私自身は、統括会と言うよりは受験生のはずなのに、目前まで迫っている教頭の課題で頭が一杯になりつつあるのだ。
 その上あの人の告白や彩風さんの件もあってこれ以上は手が回らないって言うのに、教頭は何の問題を持ってこようとしているのか。
「それが以前話した通り、あの二年の雪野とか言う生徒の残留の話をしたらしいが、何と言うかまとまった考えでもなく、考えられた意見でもなく、子供のお使いのようにただ自分の気持ちを伝えただけらしい……別にあの倉本と恋人で喧嘩したりとか『いくら先生でもそう言う事実無根の下世話な勘繰りは辞めて下さい。それじゃあの天城たちと同じですよ』――スマン。別にそう言うつもりじゃなかったんだが……ただ自分の気持ちを伝えたって事は、他の役員とは話が出来てないって事だろ? お前ら役員同士でしっかりコミュニケーションは取れてるのか?」
 あの教頭とこの巻本先生の鋭すぎる嗅覚と勘に、たちまち二の句が継げなくなる。
「……それって他の役員には聞いていないんですよね? 私だけにされた質問なんですよね?」
 ただ私を追い込んで来るって事は、間違いなく教頭先生が課題を意識しているのを、先生の驚いてしまった表情が私の予想を裏付ける材料になってしまっている。
 巻本先生単独の質問なら、私相手に絶対こんな追い込んでくるような聞き方なんてして来ない。
「何で岡本がその質問をして来るんだ? どうして出来るんだ? 本来なら他の役員にも聞いたかどうかの質問じゃないのか?」
 それだったら私宛ての課題が、極秘だと言う条件を満たせないのだ。つまり教頭は私宛ての課題の進捗に探りを入れるのが目的なんだって結論付けてしまう。
「あの教頭の性格ならこれくらいイヤラシイ質問なんて当たり前じゃないんですか? だから教頭先生にはこう返して下さい。“先生の事ですからすべて把握してらっしゃるんでしょうけれど、今の統括会がどうあれ

同じ気持ちですから。そこだけははき違えないで下さい”これでお願いします」
 どの道、二年全員五人の地面を固めないといけないのだから今更でもあるし、結局冬美さんもなんだかんだ言って辞めたくないと言う本音までは引きずり出すことが出来たのだ。だから後は彩風さんだけなのだけれど、男二人が懸念している以上彩風さんを辞めさせるわけにも、ましてや冬美さんを辞めさせるわけにもいかない。だったら結局答えなんて一つしかないのだから同じ事だ。
 私は色々な心中を上手く言葉と、教頭への返事としたはずなのに当の巻本先生本人からは、
「……なぁ岡本。教頭の性格とかあのネチっこい教頭先生に俺からそんな返事をするのは嫌なんだが……俺の胃に穴が空いたら岡本が看病してくれるか?」
 本当に嫌そうな――苦虫を噛みつぶした――表情を貰う。
「……それだったら。近々先生にお願いしたいことが出来そうなので、今回は私から直接教頭先生に言いましょうか?」
 だから私は先生の健康面を気遣ったはずなのに、
「分かった。今の岡本の返事は俺からしっかりと伝えるけど、岡本からのお願いに関しては少しだけ心の準備をくれ」
 あ。酷い。その言い方だとまるでいつも私が先生に無理難題を言っているように聞き取れるんだけれど。
「分かりました。先生がいつも私と喋ったり、私のお願いを聞いてもらうのに無理をさせていたんですね。これからは先生へのお願いを――」
「――違うんだ。分かった。俺の方でもいつでも岡本のお願いを聞けるようにはしておくから、その時には真っ先に俺を頼って欲しい」
 私が皮肉たっぷりの言葉と共に笑顔を浮かべると、先生が私のお願いを聞いてくれると自ら約束してくれる。
「ありがとうございますっ! その時には(私が応援する一人の先生として)、一番に頼りにさせて頂きますね」
 もう一つ難しかったこの約束を、お願いを口にする前に

として約束してくれた。
「あ?! ああ……じゃあ俺も授業の準備があるからそろそろ行くな」
 ただお腹を押さえて職員室へと戻る先生……本当に失礼しちゃうんだからっ。


 分かってはいた。今の状況がどうであれお母さんと一緒で咲夜さんは恋愛話や人の恋路、しかも困った事にややこしい関係が好きだって言うのは。
 なのにどうして“教室の前の廊下”って言う、咲夜さんから見える場所で先生と話し込んでしまったのか。
「愛美さんが聞かれたくないのは分かるけど、どう見繕ってもあの先生、愛美さんに気があるよね」
 もちろん先生とした話は。あのイヤラシさを隠そうともしないあの教頭とのやりあいなのだから、咲夜さんが思っているような甘い話なんて全くない。

宛先:冬美さん

 だけれど、今の興奮状態の咲夜さんには何を言っても多分聞く耳を持たないだろうからと、私は努めて咲夜さんの興奮を相手にしないようにしながら、
「この事空木君は知ってるの? 会長はアレだけど先生に関しては愛美さん。特に嫌がってないよね」

題名:今日のお昼

 本当なら教頭の課題から何まで全部咲夜さんに話した上で、最善解を教えてもらおうかと聞ければいいのだけれど、それもまた出来る話じゃないからこっちから話を訂正にかかる訳にも行かない。私は口を開きたいのを我慢しながら、朝は冬美さんにお昼の約束をし損ねたからと、手早くメッセージで伝えてしまう。
「ああ……禁断の教師と生徒の『あ痛っ』――ちょっと実祝さん良い所なのに痛い」

本文:いつも通りお昼をしたいから、ご飯食べずに教室で待っているから顔
   出してね。それとも私の方から顔出そうか?

「良い所じゃない。そう言うのは駄目だって言った。それに愛美には副会長がお似合い。送り狼の話は副会長にはしない。蒼依と約束してるからタブー」
 私が冬美さんにメッセージを打っている間に、どうして実祝さんまで一緒になって話しているのか。恋情に関しても先生と二人だけの秘密の話なのに、これでまた変な噂が出たらどうしてくれるのか。
「送り狼?! 『あ……』って事はまさか先生はもう既に愛美さんの

に?!」
 しかもこういう話題での咲夜さんの反応と言うか、嗅覚は凄い。これを少しでも勉強へと回せば成績も飛躍的に伸びると思うんだけれど……咲夜さんの恋バナ好きは留まるところを知らない。
「……違う――あたしじゃまとめられない。だから愛美。後は任せた。大丈夫。愛美なら何とでも出来る」
 その上、今回は咲夜さんと一緒になって喋っているだけに実祝さんの対応も雑な気がする。
 こんなのじゃ冬美さんからの返信も落ち着いて待つ事なんて出来る気がしない。
「咲夜さん。何回人の気持ちを勝手に決めつけて口にしたら駄目だって言えば分かって貰えるの?」
 私は九重さんの視線を感じながら、机に両手をついて立ち上がる。
「え?! でもその方があの会長との印象が入る隙間も無くなって、愛美さん的にも良いはずなんじゃ……」
 確かにあの人との既成事実の可能性が減る、無くなるのなら……ってそんな訳あるかっ。
「それに今の教室内の雰囲気だと、浮いた話の一つや二つくらいあった方が教室内も明るくなる気もするけど」
 しかも恋愛ごとになれば、本当に頭も口も良く回る咲夜さん。
 だけれど教室内の男子から不満の声が上がっている気がするんだけれど。これは気のせいなのかなんなのか。
「それなら咲夜がこのクラスの男子と恋愛すればいい。咲夜ほど明るければ声を掛ける男子だっている――でないと、愛美を下手に煽ると蒼依が怖い」
「あたしに彼氏……しかもこのクラス……」
 そして咲夜さんが主語になった瞬間静かになる教室内。に満足したのか、九重さんが満足そうに自分の席へと着く。
「あたしだって立派な女子学生なのに納得いかないっ!」
 教室内の空気を敏感に感じ取った咲夜さんが、泣き言を零したところで、午前の授業が始まる。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
    恋愛好きの友達が一人教室の空気を明るくしようと奮闘する中、
                迎えた昼休み、
             「お待たせ……しました」
        その後輩を前に、アクセルを踏み続けた結果

   「文句がおありならさっきの勢いのまま何か仰って下さいよっ!」
         先輩たちを前に気持ちを爆発させる後輩
 それだけ本気を見せる後輩、だからこそ綺麗に輝くのでもあり、苦しく切なく
          それでも変わらない二人の気持ち……

       「このまま冬美さんには告白してもらうつもりだから」

          次回 204話 異なる二つの加圧者と被圧者
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