第206話 クラスの団結 Aパート

文字数 6,572文字




 昨夜お母さんはああ言ってくれていたけれど、結局眠れたのはいつもより遅かったから今日は少し寝不足気味だ。
 私はこうなってしまった原因でもある、昨日の蒼ちゃんとの電話の後の朱先輩との電話を思い出す。
 もちろん朱先輩の電話って言うのは嬉しかったのだけれど。


『こんな時間にどうしたんですか?』
 蒼ちゃんからの説教の電話がようやく解放された私が、明日に備えて寝ようとした時にかかって来た朱先輩からの連絡。
『愛さんからの明日の連絡が、待っても待っても来なくて冷たくてよそよそしくてとっても寂しいんだよ』
 こんな時間にもかかわらず、私を心配してくれての電話に嬉しくなるけれど、
『ごめんなさい。今日も結局あの人からの連絡は無いんですよ。って言うかあの日、朱先輩の横でかかって来て以来全く音沙汰がないんですよ』
 私が逃げている間に、教室に来たと聞くあの人。でも連絡自体は私には何もない。
『ホントに? わたしに遠慮とか水臭い気持ちになってない?』
 なのにこんな時にも変わらず年齢以上に、私相手に可愛さを見せてくれるのだから、変に緊張感の抜けた私は周りの友達全員が反対しているけれど、私のお母さんはあんな人なんか駄目だからしっかり断りなさい。
 どうしても諦めてくれないのなら“お断り”をした上でしっかりとひっぱたきなさい。そうする事で遠く離れた相手でも安心してもらう事、信頼を築く事が出来るのだと教えてもらったのを話す。
『全くもってその通りなんだよ。愛さんには以前お話したけど、社会人になったら自分の相手だけをしてもらえる訳なんて無いし、遠距離になれば尚の事、自分以外の男の人も女の人もいる時間の方が増える。それどころか自分を全く見てもらえない日、自分と全く喋れない日だってたくさん出て来るんだよ。そんな時に物を言うのが、離れてても自分を見てもらってる。一番に想ってもらえてるってお互いに通じ合う信頼「関係」なんだよ』
 確かにその話は以前聞いた気がする。
『だったらやっぱり蒼ちゃんが間違っているって事なんですか?』
 優希君……はともかくとして、私よりも大人で経験もたくさん積んでいるであろう朱先輩やお母さん。それに実祝さんのお姉さんもあの人からの告白を聞くのに反対しなかった。
『ん~合ってる間違ってるじゃないんだよ。少なくとも蒼さんや友達さんは愛さんの身を第一に案じてるだけだと思うんだよ。でも愛さんはその辺りは全部空木くんに任せてるんだよね。だけどその部分は蒼さんやお友達さんは知らない、ないしは分かり切ってないんだよね』
 そう。その通りなのだ。優希君や朱先輩は私にもっと甘えたら良いと、お母さんは今のままで良いと言ってもらってはいるんだから、私としては優希君からの“好き”を受け取る意味でも“素直”に甘えるだけなのだ。
 その代わりに私からも優希君だけが“大好き”優希君以外には興味は無いってしっかりと行動で示すのがお母さんから教えてもらった話だったはずだ。
『だけどその気持ちは空木くんから愛さんだけへの、自分の彼女宛て専用の“好き”の気持ちなんだから、例え親友の蒼さんだったとしても、分かり切れないのは仕方がないんだよ。だから蒼さんや愛さんのお友達さんが間違ってる訳じゃ決してないんだよ』
 つまり、私の友達や蒼ちゃんは現在(いま)の私を心配してくれていて、お母さんや朱先輩は長い目で見たこれから先の――未来の私たちの信頼「関係」を心配してくれていたのかもしれない。
『じゃあ私は本当にみんなから、色々な形、《視点の違い》で心配してもらっているって事なんですね』
 朱先輩に対して良い印象を持って無さそうな蒼ちゃんの言葉に私の心が寂しくなっていたけれど、まさかの形で朱先輩が私の心に温もりをくれる。
『満点の回答なんだよ。だから会長から何かあったらわたしにもすぐに教えて欲しいんだよ』
 そして話がまた元に戻って来る。
『本当に今は何もないんです。むしろ何もなさ過ぎてみんなピリピリ、ハラハラしているんです』
 主に優希君にお任せすると決めた私以外の周りのみんなが。
『分かったんだよ。どっちにしても明日には全てが終わってると思うから、明日の夜……ううん。今週末は愛さんが泊まりに来てくれるって約束してくれたんだから週末は夜通しでお話を聞かせてもらうんだよ』
 そう言えば先週は優希君とのデートを盾に、翌週には泊まるとかの話をしていた気がする。ただし、その時に朱先輩から例のブラウスを蒼ちゃんが補修するために返して貰わないといけないのがしんどい。
『分かりました。今週末は朱先輩の家にお世話になりますね』
 でも私の心をいつも温かくしてくれて大切にしてくれる朱先輩を、悲しませたくなくて何事もなかったかのように返事をする。
『ありがとう。そしたらいつもの愛さんとわたしの合言葉。わたしはどんな事があっても愛さんの味方だから。だから愛さんはもっともぉっとワガママになっても良いんだよ。だから何かあったら、気になる不安が出てきたらすぐに教えて欲しいんだよ』
 昨日の夜だったらあの人からの知らずに作られていたっぽい既成事実に不安だらけだったけれど、クラスのみんなの気持ちを九重さんが代表で教えてくれて、あの人への印象も悪いと分かったのだから――そう言えば、
『あのぅ。一つだけ教えて欲しい――』
『――っ! 一つなんて言わずにどんな内容でもいくつでもいつまででも聞くんだよ。それで教えて欲しい事って何かな?』
 私が確認すらし終える前に、ものすごい勢いで食いついてくれる朱先輩。ただ何でも教えてくれると言うのは、
『優希君に聞いても、最近可愛さの戻ったとっても可愛い後輩「……」に聞いても教えてくれなかったんですけれど、あの人が都度私に会うためだけに、私の教室に来ては冬美さんの時と同じように、私とお付き合いをしていると言う既成事実を作ろうとしていた「?!」みたいなんですが、友達を筆頭に、特にクラスの男子からの印象が悪いみたいなんですよ。
 もちろん女子からの印象なんて本当に最低なんですけれど、同性でもある男子からもなんてよっぽどだと思うんです。この理由を私は男子からも悪く見えるって言うのは、誰の目から見ても良くないんだなって一応は納得したんですけれど、可愛さの戻った後輩がずっと何か言いたそうにしていたのを、優希君が

ってハッキリ言っていたので、何かあると思うんですけれど……分かりますか? 教えてもらっても良いですか?』
 私らしさか何だか知らないけれど、理沙さんと二人だけで分かり合っているなんてそんなの私が嫌に決まっているから大人しくしている訳が無いのだ。
『……愛さんは空木くんを信じてるんだよね。その空木くんが愛さんは知らなくても良い教えないって判断したんだよね』
 なのに、何でも答えてくれるって言ってくれた朱先輩だったはずなのに、今まで一度もこんな対応なんて無かったのに優希君の気持ちを理解しているようなまさかの言い淀み。
 だから蒼ちゃん相手だと絶対出て来ない感情。ナオさんがいるにもかかわらず朱先輩に対する嫉妬心がものすごい勢いで体中に広がって行く。
『さっき。どんな内容でもいつまででも聞いてくれる、教えてくれるって言ってくれましたよね?』
 今までも返し切れない程の恩を受けているのに、この感情を抑えるだけで精一杯になってしまう。本当に優希君を“大好き”になって優希君に恋して、私の感情はいつだってこの嫉妬に振り回されっぱなしだ。
『……愛さん。世の中には知らない方が、気付かない方が良い事もあるんだよ?』
『……じゃあまた私だけが知らない、可愛い後輩も知っているのに私だけが分からないままなんですね』
 さすがに朱先輩からこんな対応をされるなんて思っていなくて、私の声が上ずってしまう。本当に優希君の話になると私の感情は振り回されてしまう。
『っ?! ~~っ! 愛さんが可愛いから』
『ん?』
 全然話が分からないんだけれど。私は男子から見たあの人の印象の理由を聞いたはずなのに。
『……だから。クラスの男子からも人気のある愛さんを、よりにもよって他クラスの男子が困らせたからだと思うんだよ? つまり他の男子に盗られたくない、他の男子で困ってる愛さんを見たくない。つまり他の男子を意識して欲しくなかったから空木くんは愛さんに教えたくなかったんだよ』
 え゛。クラスの男子って……私には優希君がいるって言うのに、なんでまた私なのか。咲夜さんや実祝さんだってとっても魅力的なのに。
 それに、それとあの人がどう関係するのか。そんな事言われたら明日からクラスの男子の目も気になってしまうんじゃないのか。
『あの。何であの人の印象に私が関係するんですか?』
 いやまあ、また男子の狩猟本能とか言い出すんだろうけれど。私には優希君がいるのはある程度知っているはずなんだけれど。
『愛さんにライバルが増えて欲しくないんだよ。それに自分へのポイント稼ぎもあるかもしれないし』
 ……ポイントって。私。もう、どの男子も“お断り”なんだけれど。
『あの私。これ以上男の人に好かれたくないんですけれど』
 あの人ひとりだけでもこんなに頭を抱えているのに、こんなの確かに知らない方が良かった。この分だと蒼ちゃんからきつく言われている“ヤリ捨て”も聞かない方が良いかも知れない。
『大丈夫なんだよ。そう言うのは空木君に相談……したら、絶対わたしが叱られるから……そう! 明日の会長の対策だけをしっかり考えてたら、他の男子なんて関係なくなるんだよ』
 しかも朱先輩にしてはものすごく珍しく適当な受け答えな気がする。
『あの私。これ以上本当に男子に好かれたくないんですけれど』
 だから助言が欲しくてもう一度同じ言葉を繰り返すと、
『……正直に白状するとね、わたしはそんなにたくさんの男性から好かれた事が無いから感覚が全く分からないんだよ。ただ一つだけ言えるのはたくさんの男性からの好意に愛さんが過剰に怯える必要は無くて、同じ好意の中でもお付き合いをしたい好意だけじゃなくて憧れ、姿を見るだけで良い、守りたい。
 いわゆる庇護欲のような好意もあるんだよ。だから会長さんやあの日の男子のような男の人ばかりじゃないから、いつもと同じ愛くるしい愛さんでいてくれたら多分、みんな会長から守ってくれるんだよ。さっきの愛さんのお話を聞いてたら、むしろそっちの気持ちからの男子の反応だと思うんだよ。だったらいつもの愛さんの大好きな笑顔でみんなに感謝すればそれで十分なんだよ』
 さすがに冒頭部は聞き流すとして、順序立てて説明しもらえるとそんな気もしてくる。その先でもう一度私の恋物語としてうぬぼれて良いのなら私は優希君とこのクラスのお姫様みたいだ。だったらやっぱり優希君は私の王子様なのかな。
 実祝さんじゃないけれど、もちろん私だってそんな柄じゃないからこんな事は口には出せないけれど。
『その代わり明日の会長にはしっかりハッキリ、キッパリ貴方は好きではありませんし好きになる可能性もありません。私には好きな人がいます。だから他の人に当たって下さいって、これ以上誤解の無いくらい完全な“お断り”をしないと駄目なんだよ』
 そうだった。今は恋物語を想像している場合じゃない。明日は何があってもしっかりと私の言葉で“お断り”をするのだ。
『ありがとうございました。気が楽になりました。また明日結果が分かった段階で一報は入れますね。それからもっと“隙”を無くしたいのでこの年になって恥ずかしいですけれど色々と教えて下さい』
 そしてお姫様として、優希君のたった一人の彼女としての立ち居振る舞いを心掛けたいと決心する。


 私が眠たい頭で昨夜を思い返しながら着替えたところで、携帯に立て続けに二通のメッセージが入る。
 私はまたいつも同じタイミングで送って来る二人からのメッセージかと想い目を通すと

宛元:優希君
題名:一緒に登校したい
本文:それから倉本から連絡あった? ちなみに今日は何故か優珠の機嫌が良く
   ないから、余計な刺激を与えないために倉本の話もなしの方向で

宛元:理沙さん
題名:どうしましょう
本文:今日も彩風から休むって連絡ありました。今日も統括会ってあるんですよね

 いつもの二人からの方が良かったと思えるくらい凶報と言い換えても良いくらい酷い内容だった。

宛先:優希君
題名:連絡まだないよ
本文:私で良かったら優珠希ちゃんの話聞くね。それと今、理沙さんから連絡が
   あって、今日彩風さん休むって

宛先:理沙さん
題名:ありがとう
本文:今日朝一で優希君とどうするのか話し合ってみるよ

 それから少しだけ考えた後、

宛先:冬美さん
題名:おはよう
本文:忙しいのに朝からごめんね。今日彩風さんが休むって理沙さんに連絡あった
   らしいから、取り敢えずは安心して出て来てね。

 冬美さんにも同じ役員だからと連絡だけはしておく。

 朝ごはんの間も、身支度の間も、今朝の理沙さんからのメッセージに頭を悩ませていると、昨日からの悩みの続きと勘違いしたのか
「愛美は自分の幸せ、自分の気持ちを大切にしてしっかり断って来なさいな。それでもどうしても相手が諦めてくれない様ならひっぱたいてやりなさい。良いわね。女も時には度胸も必要なのよ」
「……ねーちゃんがそこまで嫌がってんのにしつこく来るようなクソ男なら、ガン無視決めこんどきゃそのうち諦めると思うぜ。それでもストーカーするようなら、俺が代わりに殴ってやる」
 お母さんに続いて慶までが私に男の人に対する対応の助言をしてくれる。
 本当だったら二人にお礼を言っても良かったのだろうけれど、
「確かにそれはそれで頭痛の種なんだけれど、今日統括会があるのに一人休むって連絡があったから」
 それが体調不良とかなら、それはもう本当に仕方がない話だけれど、ありもしない理由で私を避けてとかだから、どうしても思う部分は出て来る。
「ふーん。ねーちゃんも色々大変なんだな」
 しかも、慶の方は昨日の恋愛騒動じゃなくなったら途端に面白くなくなったのか、理由を話した瞬間態度も返事もいい加減になっているし。
「……それじゃ愛美。お弁当食べてしっかり断りなさいね。そして今日はお父さんが早上がりして帰って来るって言ってたから、お父さんに良い報告出来るようにね」
 いやちょっと待って欲しい。今、お母さんはサラッと言ったけれどまさか、私の男子からの告白のために、早上がりとか言っているのか。
 私の人生がこれでどうなる訳でも、ましてやあんな人からの告白を受ける訳が無いのにさすがにそれはやり過ぎなんじゃないのか。
「はぁ?! んな事のためにオヤジは早く帰ってくんのか? いくらなんでもねーちゃんを好きすぎんだろ」
 驚いた事に私と慶の感想が被るけれど、よく考えなくても普通そんな理由で早上がりとかはしないと言い切っても良いと思う。
「何言ってるのよ。昨日の夜なんて今日は年休使って会社を休むとか言ってたくらいなんだから、慶久もお父さんの前で“そんな事”とか言ったらお父さんの目の色変わるから駄目よ」
 ……今後お父さんには間違っても異性関係の相談は辞めておこうと決めてしまう。
「……駄目って……ねーちゃんが好きにも限度があるだろ、めんどくせぇ。ねーちゃんみたいな暴力女――ってぇ! ――なら絶対ないけど、彼氏とか結婚とかなったらオヤジ倒れるか寝込むかするんじゃねぇの?」
 私は学校ではお姫様扱いなのに何が暴力女なんだか。それに彼氏だっているってのに本当に失礼するんだから。そんな僻むんなら自分だって早く彼女作れば良いのに。
 まあ現時点で優希君を連れて来ると、お父さんが何をしでかすか分からない以上、まだまだ男二人が優希君の存在を知るのは先になりそうだけれど。
「分かったら慶久も遠いんだからさっさと学校行きなさいな」
 私はここにいないお父さんを含めた男二人にため息をつきながら、お母さんに押される形で優希君との待ち合わせ場所へと向かう。
 もちろん今日はリップクリームなしで。ブラウスも第一ボタンまでしっかりと留まっているのも確認した上で。

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