第205話 仲間・普通から苦手・嫌いへの終着点 Cパート

文字数 6,008文字



 せっかく優希君が心配してくれたんだからとまっすぐ家に帰ったは良いけれど、お弁当の時間は何の不安も無かったのにご飯の時間を過ぎても、汗を流しても、あの人からは明日の件について連絡どころかメッセージの一つすらも来る気配がない。
 しかも私が不安に陥り、困り果ててしまうくらいには私の周りの人に強い気持ちを見せてきたり、既成事実を作ろうとはして来るのだから私を諦めてくれたなんて都合良くも考えにくい。
 私が再び不安に苛まれて勉強が手につかなくなった頃合い、
「愛美。今大丈夫かしら」
「――っ!」
 お母さんが、鍵をかけていた私の部屋をノックしてくれる。

「……愛美。少しお話しましょ」
 お母さんが部屋の鍵をかけて、なんのお話……なのかは分かるから、どうせ勉強にも手が付いていないのだからと小さなちゃぶ台の前に腰を落ち着けて久しぶりの母娘(おやこ)の会話が始まる。
「愛美は明日、その人からの告白に緊張してるの?」
 いつものいたずらの表情とは違って静かに。ともすれば冷たく感じる程に。
「そんな事ない――」
「――何年愛美の親をしてると思ってるのよ。確かに家の事は愛美に任せきりで申し訳ないと思ってるけど、その分愛美自身はしっかり見てきたつもりよ。これまでも。これからも。それで愛美の気持ちとしては、生理的にも受け付けないくらいその男子は正直嫌いなのね」
 これ以上心配をかけたくなくて繕おうとした私の言葉を切って、正しく言い当てて来る流石のお母さん。
「正直一緒にデートするとか以ての外だし、触れられたくないくらいには嫌。それに好きでもない人に見られるとか、気持ち悪くて」
 彩風さんに言ったと言う、私の身体の感想がいまだに忘れられない。私の身体に露骨な視線を向けたあの不快な感覚がどうしても抜けない。
「……その話。優希君は知ってるの? 話せてるの?」
 恋愛話が大好きなはずなのに、明らかに今までと雰囲気も違うしはしゃぐどころか雰囲気も冷たい。
「うん。全部話してはいるし、デートなんてして欲しくないし触れる必要もない。私をあの人から守るとも言ってくれているよ」
 だからこその明日なのだけれど……その肝心の人からの連絡がまだないのだ。なのにお母さんの表情がほんの少しだけ柔らかくなる。
「愛美が嫌いになるその男子ってどんな男の子なの?」
 だけれど、雰囲気はいつもと全く違ったままだったから、そこに優希君の話題の時のような野次馬的な雰囲気は全く感じない。
 だから知られたところで、全く恥ずかしくもない人だと言うのも相まって、すんなりと私の口が開く。
「正直言うと統括会の会長で成績も優秀。それにすごく頭の回転も速いし私も学べるところは多いし、女子からの人気もすごいの」
「……」
「でも何かあればすぐに声を荒げるし、実際蒼ちゃんや私の友達に怒鳴ったり頭を下げさせたりもしていたし、同じ役員で彼氏でもある優希君相手に平気でけなしたり暴力を振るえる人なの。しかも後輩の女の子にまで平気で涙させたり責任を押し付けたり……いくら頭が良くたって、頼りになったってそんな人好きになれないし、怖くてお付き合いどころか幸せにも好きにもなれないよ!」
 こうやって整理しても、私が好きだって伝わる要素なんてどこにもない。
「……それで? その男子は愛美自身には何をしたの? 何をされたの? ここにはお母さんしかいないし慶久だって入って来れないんだから、遠慮しないで話して良いのよ」
 そう言えば私自身は何をされたのだろう。
「……さっき優希君が言ってくれたって言う、触れる必要もないって言うのは?」
 そっか。私自身にってそう言う事か。私は一度頭の中を整理してから口を開く。
「……不可抗力とは言え、あの人に抱かれたり肩に手を回されたり……あんなことがあったばかりなのに、やっぱり私の女の部分に露骨な視線を向けてきたり、私は辞めてって何回も言っているのに毎日私の教室に来ては私を探して。とにかく私の気持ちなんて何にも考えてくれないし、何も聞いてもくれないの」
 優希君なら、男の人のプライドか何かは分からないけれど、私に広い心を持っていると分かって欲しいからとか何とかで、とにかく私を安心させようとしてくれるのだ。
 その上私の至る所に、蒼ちゃんでも気付くくらい露骨に向けて来るあのイヤラシイ視線。優希君や先生相手じゃないから、嫌悪感しか沸かない。
 そう言えば私たち女の子を小指一本で現わしてもいたっけ。
 優希君から私への気持ちを聞いた時以来、その印象も悪い。
「そう。確かにそう言う男子は将来、女の子・お嫁さんを亭主関白気取りで顎で使って来るでしょうから、愛美の彼氏どころか友達、知り合いとしても駄目ね。だから今、愛美自身が

で言った内容を全て伝えた上で、相手の男子を思いっきりひっぱたいた上で“嫌いだ”ってしっかり教えてやりなさいな。もしなんだったら女の子に無断で抱きついて来たんだから“グー”でひっぱたいても良いわよ」
 本当に驚いた。いつもならからかってくるはずなのに、先生の時とまるで対応が違い過ぎる。
「でも優希君が他の男の人から私を守るのは任せて欲しいって――」
 その代わり女の子の事は私が何とかするって約束もしたんだけれど……
「――愛美。お互いを信用してるからこそ安心して甘えられるのは分かるけど、今後もずっと優希君とお付き合いをしていくならそれだけじゃ駄目よ。前に女ばかりがしてもらうだけじゃ駄目だって、女側からも自分を選んで良かったって思ってもらえるようにしないと駄目だって言ったでしょ」
 そう言ってこの話を始めて、初めて私に柔らかい笑顔を見せてくれるお母さん。
「確かに愛美には前に、本当に好きになった相手“この人っ!”って男の子が出来たなら

応援するって言ったけど、何もキスして体を許すだけが全てじゃないのよ」
 なんか私たちが考えて、徐々に意識して来ていた“その先の事”まで何故かバレている気がするんだけれど。
「そうじゃなくて、自分もちゃんとあなただけを見ています。他の男の人なんて眼中にありません。他の男の人に言い寄られたとしても安心して下さいって相手にしっかりと意志表示をして、自分の気持ちを伝えるのも必要なのよ。もちろんそれをするためにさっき話してもらったように、

で自分自身でしっかりと断る態度が必要になるのよ」
 お母さんが一度言葉を切って、鍵のかかった私の部屋の中に音が無くなる。
「でないと、今後違う学校にお互いが進学した時、会社に就職する時も四六時中一緒にいられないのが普通なんだから、何かある度に優希君に

不安を与えるわよ。それは愛美の望む結果じゃないでしょう」
 そのお母さんの説明を最後まで聞いてびっくりする。確かに私たち女側も“大好き”になった男の人の話を聞くのは大切だってその難しさの体感も含めて何度も痛感したし、優希君だけに“好き”を頑張らせ過ぎて

しまわないかも気にしていたはずだ。
「それに女の子に人気のある優希君が告白される度にデレデレしてても愛美は平気?」
 そんな訳ない。名前も知らない図書館の受付のお姉さんと嬉しそうに喋っているのを見るだけで目に涙が浮かんだのだから。それでも、
「優希君はそんな事しないよ。ちゃんと一年の女の子もクラスの女子からの告白も全て断ってくれてたよ」
 私を好きだって、私だけを大切にしているって行動で示し続けてくれている優希君。
 その姿はやっぱり夏季講習の時に、こっちも名前の知らない女の子からの告白に、一言でも喜んだあの人とは違う。
「……! そう。じゃあ優希君はもう愛美にしっかりと自分の気持ちを見せてくれてるのね。だったら愛美はどうするの? このまま優希君に甘えっぱなしで良いの?」
 そうか。蒼ちゃんが言ってくれている、甘えすぎって言うのはひょっとしたらこの事なのかもしれない。だとしたらやっぱり私が恋愛上級者であるとか、私が恋愛に関して何かを教えるなんておこがましい。
「駄目だと思う。って言うか優希君にも私を選んで良かったって思って欲しい」
 それはお母さんの教えてくれた通り、もちろんそれ抜きなんて話も無いだろうけれど、女の子だからってやっぱり体だけの話なんかじゃない。
「だったら愛美も、優希君どうのじゃなくてしっかりと断りなさいな。その上でひっぱたいたり“グー”で断ったのが問題になるならお母さんが責任を持ってしっかりと

に抗議するから、愛美は自分の事だけを考えなさいな」
 さすがにあの破天荒で、浮気をしたお父さんを射止めてしっかり手綱を握っているだけの事はある。あのって言う程のお父さんかは怪しいけれど、少なくとも優希君からの“好き”を形と行動で見せてもらった以上、私だって“そう言う先の事”以外で“大好き”を優希君に見せたい、伝えたい。
「ありがとうお母さん。明日はしっかりあの人からの告白を断るよ」
「……もう大丈夫そうね。それじゃお母さんはもう行くけど、体壊したら大変だから程々で寝なさいな」
 私が改めて自分の気持ちを確かめたところで、母娘(おやこ)の会話は幕を降ろす。


 それから今日はもう勉強は手につかないからと、明日の準備だけをして明日学校に来ると言っていた蒼ちゃんが気になって電話すると、
『明日は何時にどこで、空木君って言う彼氏さんがいるのに、あの会長さんの告白を聞くの?』
 ……明らかに機嫌が悪いんだけれど。
『蒼ちゃん待って。落ち着いて。優希君には何も隠さずに全部話しているし、私自身も優希君にしか興味は無いって、優希君にも安心してもらうためにビンタした上でしっかりと断ろうと思っているの』
 だから朱先輩や優希君だけじゃなくて、本当に今さっき聞いたお母さんの話を伝えるも、
『良いから答えて。明日はいつ、どこで告白を受けるの?』
 私の話は全く聞いてもらえない。もちろん蒼ちゃんの目の前で、あれだけ色々な顔を見せて、直接あの人が怒鳴っているのも目の前で見ているのだから、その矛先がいつ私に向かないとも限らないのを心配してくれているのは十分伝わるけれど、
『まだ連絡はないよ。それにこのまま無くなるかもしれない――』
『――いい加減にしなさい! そんな事全く思ってないでしょ? 予告だけして連絡が無いんなら愛ちゃんの性格なら気になって仕方がないんじゃないの? どうして自分の心に嘘までついて会長の告白を受けようとするの? 愛ちゃんは一体何を考えてるの?』
 私の心を瞬時に見抜いた蒼ちゃんに、電話口にもかかわらず一喝される。
『蒼ちゃんお願いだから聞いて! 私はあの人からの告白を受ける気なんて無い。ただ聞いた上でしっかりと私の意志と言葉でお断りしようとしているんだって――』
『――その話はブラウスの人からだって前にも聞きました』
『違うのっ! 私のお母さんもしっかりと私の言葉で断って、口付けや体以外で優希君への“大好き”を見せなさいって進学した先や就職した先で、いつでも優希君が近くにいる訳でも無いし、そう言った場面でもしっかり断れるように相手――優希君――に不安を与えないためにも、しっかりと私の意志を伝えなさいって言ってくれたの! だから他の誰でもない蒼ちゃんには分かって欲しいの!』
 蒼ちゃんや私の身に降りかかった非日常やあの人の信じられない言動を幾度となく目にして来ているわけだから、蒼ちゃんの心配してくれる気持ちは痛いほど

私の身を心から案じてくれているのも


 だから私たちも負けずに信頼「関係」を築いて来たんだって、今後色々な人の想いには負けないって言うのを、他ならぬ蒼ちゃんにだけは一番に見届けて欲しいのだ。
『……おばさんもって。会長が愛ちゃんに何をしたのか全て話した上でそう言ったの?』
 ただ、私の気持ちが届いてくれたのか、お母さんが絡んでいたのが意外だったのかは分からないけれど、明らかに落ち着き始める蒼ちゃん。
『うん。私に触ったり無許可で抱きしめられたりしたんだから、ただ断るだけじゃなくて“グー”でも良いから、あの人をひっぱたいた上で、しっかり自分の言葉で“お断り”しなさいって言ってくれたの。その上で何か問題がありそうだったら、今度はお母さんの方から直接巻本先生に抗議するって言ってくれたんだよ』
 結局今回賛成してくれている三人が三人共、私がしっかりと“お断り”だと意思表示をして、あの人の心をしっかりと折ってしまうと言う事なんだと思う。
 私が言い切ったのが蒼ちゃんに何かの葛藤を与えたのか、髪を掻きまわす音が受話器越しに聞こえたかと思ったら、
『~~っ。じゃあ明日私がその現場を見に行っても大丈夫なんだね』
 いや大丈夫なんだねって、蒼ちゃんは公欠中じゃないのか。
『愛ちゃん返事は? まさかとは思うけど出まかせ言ったの?』
『でまかせじゃないよ! そうじゃなくて不都合は無いけれど蒼ちゃんの身体は――』
『――じゃあ明日は私も学校に行くから、時間と場所は?』
 なのに結局私の言葉に耳を傾けてくれない蒼ちゃん。
『本当に連絡が無いから分からないの。かと言って私から連絡をして期待していると思われるのは心外だから、連絡は出来ない、したくないの。ただ前の連絡の時に統括会の後だって言っていたから、放課後の遅い時間なのは間違いないと思う』
 とにかくこれ以上怒らせないために、知っている事は全て蒼ちゃんに話してしまう。
『分かった。じゃあ明日の放課後から私は、学校のどこかにはいるようにするから、場所が分かったらすぐに連絡する事。良い?』
『教える。約束する』
 それでも信じてもらえないのか、結局は蒼ちゃんも明日学校へ来ることに。
『分かってるとは思うけど、明日愛ちゃんに万一があったら空木君と愛ちゃん。二人とも説教だから』
 しかもお叱りまで付きそうだし。
『愛ちゃんから返事が無いけど、さっきは信じてるって言い切ったんだから、説教には変わりないからね。それじゃあまた明日ね。愛ちゃん』
 しかもそのまま私が返事をするまでもなく電話が切れてしまう。

――――――――――――――――次回予告――――――――――――――――――
      結局当日まで何の連絡もないまま散発的な話が出ただけに
              とどまる、会長の話
           その中でお母さんから教えられた、
       体以外での女としての気持ちの伝え方覚悟の見せ方

      一方彼氏が教えてくれなかった、クラスの男子の秘密……
        他方、この騒動・話を全く知らない彼氏の妹さん
   こっちはこっちで教頭先生との課題もあり、お気に入りの後輩でもあるから

   「……先生。あんな奴なんてどうでも良いんで連絡事項は以上ですか?」

            次回 第206話 クラスの団結
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