第209話 私の騎士様 Bパート(2)

文字数 6,398文字



 だけれどしんみりした空気はここまでだ。
「雪野! これはどう言う事だ! 告白なら俺たちの邪魔にならない場所でメッセージ通りに――」
「――女の子に服を脱げって言っているんですか?」
 今さっき、本気だった相手に完全にお断りされて、傷心のはずの冬美さんの心を蹂躙するかのように暴言を吐くこの人。
 優希君からこれだけの

と安心をもらって、腰が据わったのも自分で分かるし、何よりもあんまりにもあんまりすぎるこの人の発言に我慢の限界を超える。
 私はもう大丈夫だからと一度優希君に降ろしてもらった後、よく頑張ったねと一度冬美さんを抱いてから、改めてこの人と対峙する。
 今度こそしっかりと“お断り”をするために。
「まさかとは思うが雪野が喋ったのか?」
「愛ちゃん。それ本当の話なの? だとしたら本当に雪野さんの言った通り犯罪だよ」
 こんな人の言動にかまう事なく、
「うん。本当。ちなみに言葉で聞いただけじゃなくてメッセージごと見せてもらったよ」
「補足しとくと、さっき僕と彩風さんも見せてもらってる」
 蒼ちゃんに説明すると、まさかの二人も見たと言う。だから“そう言う先の事”に関して無節操なのが特別嫌いな優希君が怒ったのかもしれない。
「おい雪野! 人からのメッセージを勝手に見せるとはどう言うつもりなんだ! あのメッセージは俺の覚悟だって書いただろ! 何を考えてるんだ! そんなので統括会の信用を失ったらどうしてくれるんだ!」
 しかもまた自分を棚に上げて最後の最後まで人のせいにするのか。あまりにもあんまりすぎるこの人の止まらない暴言に、今度は私が冬美さんを隠すように盾になる。
「あのさぁ、それ。本気で言ってんの?」
「岡本さん、その喋り方――っ?!」
 なのに何を見当違いの反応をしているのか。
「私は、冬美さんに、服を脱げって本気で言ってんのかって聞いてんのっ! アホじゃないんだったら一回で聞けよ」
 だからそのぼけた頭を、脛への蹴りと共に一気に覚まさせてやる。
「っ。元々は雪野が空木にしかけた事と同じだろ。なのに何で俺に言うんだ。自分からこんなボッチの空木なんかに体を武器にしたんだ――っ?!」
 だけれど最後まで聞いていられなかった私が次は“グー”でこの人の顔面を殴ってしまう。
「それ自体冬美さんは後悔してんの。そんな事も分からないで会長なんてやっていたの? “優希君はあんたと違ってそう言う無節操なのは好きじゃなかった”って分かったって」
 どこまでも人のせいにして。どこまでも女の子をバカにして。こんなのが好きだって今日の放課後に言って来たあのアホ女にこの現場を見せてやりたい。
「男なんてみんなそうだろ。空木だってカッコ付けてるけど実際岡本さんとはヤッ――」
「――会長。次その続き言おうとしたら、今日の事件学校側に言いますから」
 蒼ちゃんは気を遣って止めてくれたんだろうけれど、この人が考える下世話な内容なんて簡単に想像出来てしまうから、何が言いたいかは分かる。
 だけれどそんなのは私と優希君だけの恋物語の話で、こんな人には間違っても関係ないはずなのだ。
「学校側に言うって、そっちだって学校にバレても良いのか?」
「私はかまいませんよ。私を本当の意味で救ってくれた親友のためならなんだってします。その代わり会長が学校側に言えば、本当に統括会もみんなバラバラになりますし、今日の会長の暴挙も全部話しますから」
「……」
 何の覚悟もないこの人が、人のせいにばかりするから、この場しか見ていないはずなのに、覚悟を決めた蒼ちゃんにまで簡単に言いくるめられるこの人。
「なんで話の途中で違う人と話してんの? 私と話したかったんじゃないの? また口だけ? 大体さぁそんな態度や暴言ばかりで本当に私がなびくと思ったワケ? 私の友達を“そこの女”扱いして、勝手に人の友達を協力関係に巻き込んで、私たちの友達関係までギクシャクさせて『それは向こうから俺に――』――そうやってまた女の子のせいにして。協力してくれた私の友達にまで怒鳴り散らして」
 全部当たり前の話で、見たまま聞いたままを話しているのに不満そうに見て来るこの人。
 しかも冬美さんが後ろから私のブラウスを震える手で握ってくれているのも伝わる。 (⇔どんな気持ちでしょうか)
「更には私の本当に大切な親友である蒼ちゃんにまで電話口で怒鳴って。万一私と蒼ちゃんの間に亀裂でも入ったらどうしてくれんの? しかも私のもう一人の大切な朱先輩にまで汚らわしい目で見て。そんなふざけた態度で私が本当になびくと思ってんの?」
 私の言葉に誰も異論も口も挟まない。あの咲夜さんの話を嫌がった蒼ちゃんも、今は何も言わず成り行きを静かに見守ってくれている。
 ただ優希君に限ってはなんだか嬉しそうだけれど。
「その上、何度も話を聞こうとしてくれていた彩風さんに私の話ばっかりして。人を、女の子を大切にしてくれないで、どうやって私を大事に出来んの? 元はとっても可愛い後輩だった彩風さんとも結構行き違ったし亀裂も入ったよ。この責任どうしてくれんの? 責任取れんの? 人の話を聞かない人が人を幸せに出来んの?」
「愛……先輩っ!」
 彩風さんがこっちを久しぶりに見てくれるけれど、今さっきまでとは違ってその目がやっぱり穏やかになっている気がする。
 目は赤くても腫れぼったくても、以前私が知っていたあの可愛い後輩だった時のような目を向けてくれている。その彩風さんの雰囲気が更に私に力をくれる。
 ただ言いたい事の半分ほどを言った時点で、最終下校時刻の予鈴が鳴り響く。
 統括会もこなして、ここで話もして今の騒ぎ。時間的にも確かにそんな時間かも知れない。
 時間も無いから話したかったと言うこの人の話を聞きたかったのに、私が一回抑え込んだだけで黙るこのカッコ悪い人。
 こんなにもカッコ悪い人間に腹立った私は、今度は反対側から“グー”で殴らせてもらって、
「あのさぁ。あんたが喋りたい。私と話がしたいって言ったのに何で何も話してくれないワケ? 自分が不利になったらもう喋る気はないの? 喋らないんなら続き言わせてもらうけれど、優希君がカッコ悪いとかふざけた事ばっかり言っているけれど、人のせいにばかりして逃げ回っている自分はどうよ? 後輩の女の子を涙させて、好きだって言う私には性的な目でばかり見て来るし、物で私を釣ろうとした事もあったよね。その上、私たちの教室にまで執拗に覗きに来て。
 なんで私たちのクラスで起こった事件を知っているはずのあんたが、そんな思いやりのない行動に出られるの? あんたがしでかしてくれたせいで、私たちの教室内の空気がどれだけ悪くなったのか分かってんの? そっちこそ役員の自覚あんの? 
 もしないんなら私が統括会で解任発議をするから教えてよ。まあ、あったら後輩の女の子にあんなメッセージなんて送らないだろうけれど。で? 何で何も喋らないの? 本当に不利になったら喋れないの?」
 人にはあんだけ答えろ答えろ言い続けていたクセに自分は何も答えないでしゃっくりあげているとか本当にカッコ悪すぎる。
「愛美さん愛美さん。あの倉本が泣きかけてるから。それに本当に時間も無いから」
 何が涙しているから。なのか。私たちだって散々涙して来ているっての。
「優希君。泣きかけているから何なの? 私や冬美さん。それに彩風さんだってみんなこの人の暴言で涙して来たんだよ? それにこんな人に彼女である私のスカートの中を見られたのに、優希君もまさか赦すの? ――それからあんた。結局自分が優位な時にしかはっきりもの言えないって事じゃない。最っ低っ! カッコ悪! ――それから優希君。あんな人が触った後の携帯なんて触りたくないから、こんな人の告白を聞くのも、二人きりになるのも強く反対してくれていた実祝さんが貸してくれた消毒スプレーが、カバンの中に入っているからそれを

使

綺麗にしておいてくれる? 
 優希君もこの人が触った後は触れて欲しくないって言ってくれていたよね。その後ほんの少しでも残っていたらこの人を殴った手を消毒するから。でも出来れば全部使うつもりで携帯の消毒はお願いね」
「……分かった。それから愛美さんの言う通りでもあるから、僕は止めない」
 私は実祝さんと実祝さんのお姉さんから教えてもらった通りにお願いしただけなのに、
「そこまで俺は……どうして……」
「ちょっと岡本さん。いくら何でも言い過ぎです。あの会長がもう既に泣いてます」
 何を情を移しているのか。
「ちょっと冬美さん。それどう言う事? 冬美さんはこんな人から脱げって犯罪まがいな事まで言われたんだよ? なのになんで私を注意するの? 今まで涙して来たのは私たちの方じゃないの? 彩風さんなんてもっと深く傷ついたんじゃないの? なのに何でこんな人が一回泣いたくらいで情を移すような事を言うの? 冬美さんにも大雷落とそうか?」
 私は振り返って冬美さんを睨め付ける。
「な……何でワタシが怒られないといけないんですか。やられたからってやり返すのがいい訳ないじゃないですか。それを伝えたかっただけです。誰もこの会長がした事、言った事を赦そうだなんて思ってません。霧ちゃんを何度も泣かせ続けたこの会長を赦せるはずがないじゃないですか『冬ちゃん……っ』でも統括会はこれからも続くんですから、ここまで気まずくしてどうするんですか。少しは考えて下さいと言うだけの話です」
「何言ってんの? 今さっき優希君が言ってくれたのをもう忘れたの? 私が次の統括会でこの人の解任発議をするって言っているの聞いていなかったの?」
 なにが考えて下さいなのか。今まで散々頭を絞ってきた結果がこれなんじゃないのか。私だってたまには言いたい事言わないとやってられないっての。
「解任発議って……本気ですか?」
「はぁ? 本気に決まっているじゃないバカなの? 何度も傷付けられて涙した彩風さんを見て何とも思わないの?」
 しかもまだ寝ぼけた事を言っているこの後輩。
「岡本さんが残り正味2か月程と仰ったんじゃないですか。なのに会長は解任発議をされるんですか?」
 しかも、会長と彩風さんを同列で考える始末だし。
「じゃあ冬美さんは彩風さんが何度も涙させられても、泣き寝入りするって事なんだ。よく分かったよ――」
 私はこれ見よがしとばかりに、冬美さんの目の前で大きくため息をついて再度あの人に正面を向ける。
「――結局女の子のせいにして、最後は女の子の話も聞かず、相手への思いやりもなく、私が言いたい事を言っただけで女々しくメソメソして何も答えないで、挙げ句自分は優希君に言ったクセに、女の子に守られても何も言えない、お礼も言えない。カッコ悪すぎると思わないの?」
 ここで最終下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響いてしまう。
 こうなったら雪野さんの交代の話を会長から聞かされて、議論に熱が入ってました。それに心配してくれた友達も一緒に話し合に参加してくれましたって、何か学校側から文句が出たら教頭を皮肉ってやる。
「――っ……っ」
 なのに最後まで嗚咽を漏らして涙し続けるこの人。
「優希君。消毒が終わったら携帯を返してね。後でこんな人との交際を反対していた私の友達全員とお母さん。それから朱先輩にも今日の顛末を連絡するから」
 だから優希君にもう一声だけをかけて、最後の“お断り”脳とスイッチを切り替える、さっき気が付いた私の言葉でしっかりと私の気持ちを伝える。
「結局自分ばっかりが言うだけで肝心な質問には答えてくれないなんて本当に最低だし、本当に頭の回転が速いんだなって思っていたのに見損なった。しかも今でも涙したまま何も答えてくれないなんて最低にも程があると思うんだけれど。
 よくこんなので女をバカにしていた私を好きだなんて言えたよね。私の友達も全員あんたとの交際はおろか、二人きりになるのも反対していたよ。
 その意味くらいは自分で考えなよ。まあいくら考えたって私の答えなんて一つしかないけれど。本当に

! 


 今後私に近寄らないで。私の友達にも話しかけないで。もちろん私の教室にもね。ただし、統括会の時だけは返事くらいはしてあげる。
 でもそれ以外では喋る気はもうないから。そうそう。後、自分から二度も彩風さんを“お断り”したんだから彩風さんにも近寄るのも喋りかけるのも駄目ね。これは中条さんにも伝えとくから。困った事があったら全部統括会内で話をすませるようにするから。
 何でも一人で交渉するくらいなんだから、別にかまわないよね――優希君。消毒スプレー。残っていたら借りても良い?」
 私は最後まで泣いているだけで喋らなかったこの人に、
「結局人には喋れ喋れと言ったクセに、自分は本当に喋んないんだ。“最っ低っ!”にも程があるよ。もう一回言っといてあげる。私、そう言う男の人って同じ空気を吸うのも怖気が走るくらい“大っ嫌い”だから」
 もう一発本気のビンタをかまして、これで蒼ちゃんの分と含めて両頬に紅葉マーク、ビンタ跡が付いた形だ。
 その後、何故かおっかなびっくりの優希君から、残った消毒液を借りて消毒を済ませた後、残りカスくらいしかないかも知れないけれど、実祝さんのお姉さんから教えてもらった通り、消毒スプレーをこの人の顔面に一吹きさせてもらう。
「それじゃ遅くなったけれどみんな帰ろっか――ってどうしたの?」
 何故かびっくりしているっぽい優希君と手を繋いで、最終下校時刻が過ぎたからとみんなに声を掛けたのに、
「岡本さん。怒ったら怖すぎます。霧ちゃんなんて向こうで完全に怯えてます。それに会長の件はせめて一度みんなで話し合いましょう」
「何言っているの? まだそんな事言っているの? 今度は冬美さんに説教しようか『いえ結構です! もう余計な事は申しませんっ!』
 ――大体まだ会長を続けさせるとか言ってんの? みんなが涙したの分かっていない『だから! もう余計な口答えはしませんっ!』
 ――だったら女の子だって言う時は言わないと駄目なんだから、ハッキリした態度もたまに必要なんだよ。ちなみにこれは私のお母さんから教えてもらった事だからね」
「……愛先輩のお母さんってひょっとして鬼嫁だったり……」
 なんか怯えているはずの彩風さんから、とっても失礼な声が聞こえた気がするんだけれど。この分だと、彩風さんに可愛さが戻るのはまだまだ先の話かもしれない。
「取り敢えず時間が無いから、このまままずは学校を出てしまおう」
 結局二年の失礼な印象だけは変わらず。
 ただ今はもう時間が過ぎてしまっているからと、
「えっと……会長はどうされますか?」
「は? だから何言ってんの? こんなの放っておくに決まっているじゃない。でないとまた人の責任にされるよ? それからもう三回目だから、冬美さんには説教ね」
「……」
 そのままあの人は放っておいて学校から出てしまう。
「愛ちゃんにしてはよく出来ました!」
「よく出来ましたって……蒼先輩も怒らせると……」
 蒼ちゃんからの誉め言葉に気分を良くして。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
      主人公のピンチあり、後輩たちの想いや友達の援護もあり、
             失恋者と成恋者、交々の中
      何とか脳とスイッチでの“お断り”まで済ませた主人公たち

      主人公に対する想い・印象もそれぞれの人物の中で変わる中、
           その想い、理解の変わらない親友
         そして、元の関係に戻ろうとする後輩たち

     「愛美。お母さんに嘘は要らないのよ。何をされたの?」

         次回 210話 好きの果て ❝単元エピローグ❞
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