幕間講義 7 ストーカー規制法 (前)

文字数 6,016文字

直実:そしたら始めさせてもらうけど、一番初めの目的

第一条 この法律は、ストーカー行為を処罰する等ストーカー行為等について必要な規制を
    行うとともに、その相手方に対する援助の措置等を定めることにより、個人の身体、
    自由及び名誉に対する危害の発生を防止し、あわせて国民の生活の安全と平穏に
    資することを目的とする。

※改行以外原文ママです

朱寿:これが一番初めにあるんだけど、この文章を見て何か気付く事はあるかな? これは
   さっきから息巻いてる性格の激し――中条さんに考えて欲しいんだよ
優珠:……本音が漏れたわね
佳奈:今はもう講義中やで?
理沙:あーしですか?
穂高:そうね。私もまずは中条さんに答えてもらいたいわね
理沙:……要はあーしら女子が安全に生活できるように、男子を近づかせないそのための援助
   を惜しまない、男子を全員塀の中に放り込んで出さないって話ですよね?
冬美:いやそれはさすがにおかしすぎます。塀の話なんてどこにも書いてません
彩風:男女の話になると中条さんっておかしくなるよね
実祝:そして愛美の話になるとおかしくなるのも一人――いや二人

:……
直実:……色々言いたい事はあるけど今、中条さんが答えた中にポイントだけは入ってたかな?
理沙:ほら見ろ。男なんて塀の中から出さないに越したことないんだ
直実:いやそっちじゃなくて――
優珠:――“あーしら女子が安全に生活できるように”の部分よね
佳奈:え?! よう分からんけど中条さんの何が正解で、このおにーさんの質問の意味も
   分かったん?!
朱寿:(相変わらずなんて頭の回転をしてるんだよ)
優珠:分かるも何も、文章読んだままじゃない
愛美:えっと……優珠希ちゃん。そうなの?
穂高:さすが空木さんね
優珠:アンタはそのままで良いわよ――って言うか、そのままの方がお兄ちゃんも嬉しいと思う
優希:優珠。よく分かってくれててお兄ちゃんは嬉しいよ
優珠:お兄ちゃん……
彩風:あの。アタシも分からないんですけど、安全に生活できるようにって書いてあるまま
   なのに、何がおかしいんですか?
優珠:あんたねぇ……これはもう国語の問題よ?
理沙:はぁ? そこまで言うんだったら、空木妹。お前が答えろよ
冬美:あの。せっかく頂いてる講義で喧嘩は辞めて頂けませんか?
直実:そうだね。これは中条さんに答えて欲しかったんだけど、どうしても気付かないかな?
優希:いろんな視点で考えられる愛美さんはどう?
愛美:んー何となく? でも合ってる自信はないよ
優希:じゃあ後ででも良いからこっそり教えてよ
佳奈:なんやもうツガイか言うくらい仲ええな!
実祝:ん。そうでないと蒼依が怖い
巻本:……
結芽:なんとなくうちも分かったけど、後輩も気付けばすぐでしょうけど、気付かないかもね
理沙:分からん! 降参!
彩風:早っ!
直実:残念だけど、答えを言うとこれ。女子に限ってないんだ。男子のストーカー被害も
   保証・保護の範囲に入ってる。これだけは初めに確実に押さえといて欲しい
優希:愛美さんどうだった?
愛美:(うん。思った通りだったよ)
蒼依:でも、男の人だったらどうとでも出来るんじゃないんですか?
直実:もちろん力によるものだったらそうかも知れないけど、次の条文を見て欲しい
   んだけど

第二条 この法律において「つきまとい等」とは、❝特定の者に対する恋愛感情その他の好意の
    感情又はそれが満たされなかったこと❞に対する怨恨の感情を充足する目的で、当該
    特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活に
    おいて密接な関係を有する者に対し、次の各号のいずれかに掲げる行為をすることを
    いう。
  一 【つきまとい、待ち伏せし、進路に立ちふさがり、住居、勤務先、学校その他その現
    に所在する場所若しくは通常所在する場所】(以下「住居等」という。)の付近にお
    いて見張りをし、住居等に押し掛け、又は住居等の付近をみだりにうろつくこと。
  二 その行動を監視していると思わせるような事項を告げ、又はその知り得る状態に置く
    こと。
  三 【面会、交際その他の義務のないことを行うことを要求すること。】
  四 著しく粗野又は乱暴な言動をすること。

 【※注※】第二条には全八号ありますが、当物語では四号までなので、ここまでの
      表記にしています

直実:この条文(二条)の中にある“特定の者に対する恋愛感情”これは別に男性から
   女性に限った話じゃないのは分かるよな?
冬美:……はい。ワタシは先ほどとても苦い想いをしています
直実:ごめんな。そんなつもりじゃなったのだけは先に謝っとく。だけど説明には必要だから
   続けるな
冬美:はい。お願いします
理沙:(……うぅむ。やっぱりこの男。出来る)
朱寿:(なんだか悪寒が走ったんだよ)
穂高:その下に補足事項になってる一号から四号を見て欲しいんだけど、力の必要な項目って
   ないんだ
佳奈:確かに恋愛は男女共にするし、めっちゃ怖いけど自宅に押し寄せるんも場所さえ分かっ
   てたら、動くだけやもんな
冬美:それに“動きを分かって”と伝えるだけなら、このご時世メッセージや手紙など、手段は
   いくらでもありますし
実祝:汚い言葉だって言うだけだったら、抵抗はあってもあたしでも言える

穂高:そう言う事。つまりこの法律自体、男女共当てはまる、適応されるのを前提として制定
   されてるのよ
理沙:ですが! この話でもありましたし、実際この歩く性犯罪者の動きを見てもらっても
   分かる通り、この第二条の部分全てに引っかかるじゃないですか! だったら男性だけ
   で良いんじゃないですか?
朱寿:わたしもそう言いたいけど、今回はそういう事例だっただけで実際はそうじゃないんだよ
直実:それが警視庁の資料にまとめられてるんだけど(※1)
   女性の被害が約8割 男性の被害が約2割いるんだ
理沙:は! ほとんどが女性じゃないですか! だったら性犯罪者を塀の中に入れて
   しまえば――
優珠:――あのねぇ。わたしのお兄ちゃんみたいに我慢強い男は被害に遭っても言えないし
   言わないの
冬美:言えないってどうしてです?
優珠:メス女は男って生き物を何にも知らないのね。よくそんなのでお兄ちゃんを懸想したわね
佳奈:優珠ちゃん言い過ぎやで?
穂高:あのね、男性が助けを求める、相談するって言うのが恥ずかしいって思う生き物なの。
   だから実際自分が女性から被害を受けてるって申告して、弱い・情けないと社会的に
   思われるのを嫌うのよ
直実:すみません先生。そこは少し訂正させて頂いても良いですか?
穂高:えっと……おかしかったかしら?
朱寿:おかしいって言うか、男性には社会的地位があって、プライベートを自分で解決出来
   ない人間に責任ある地位・役職を任せられないって風土が根強く残ってるから、気持ち
   的にも重圧的にも言いにくい環境なんだよ
結芽:男子だけ社会的地位って……男尊女卑なの?
朱寿:じゃあ逆に聞くけど、男のクセに……とか、男の子が泣かないとか、弱音を吐かない
   とか言った事ない?
愛美:……私。優希君にも慶にも言ってしまってます
佳奈:ウチは親がようそう言うて喧嘩したり言い合いしてんのを耳にしますね
実祝:……あたしも言ってる
朱寿:つまりはそういう事なんだよ。男女平等って言っても学生時分からそうなんだから、
   昔ながらの教育を受けてるご年配の方々は特にそう言う考え方なんだよ
優珠:つまり、大変不本意ではあるけど実際は男女同じくらいのストーカー被害があるって
   思っても良いのよ
佳奈:優珠ちゃんにしてもエライ普通の意見やな
優珠:しょうがないじゃない。法律の勉強をしてたら嫌でも資料や数字は目につくのよ
咲夜:数字って?
優珠:……被害別ストーカーってゆう統計があって
   付きまとい――いわゆるみんなが想定するストーカーね 
   これが 約35%
   面会・交際の強要ないしは要求 
   これが 24.8%
   無言電話・連続電話。いわゆる通信機器を使ったストーカー行為 
   これが 約16%
   この上位3種類だけでおおよそではあるけど8割を占めるの
穂高:さすが空木さん。よく勉強してるわね。そしてこの中には男性も女性も全部入ってる
直実:ちなみによく勉強出来てる優珠ちゃんに補足
   付きまといに関しては【二条一号】 
   面会・交際の強要が【二条三号】 
   電話・通信機器に関しては【二条五号】
   に該当すると、セットで覚えておくと点数に繋がりやすいからな
優珠:……ありがとうございます。矢山さん
結芽:つまり本当に男女関係なく出来るストーカー行為ばっかりなんですね
巻本:そうなんだ。だから男子が~とか、女子だから~って言うのは、この際取っ払って
   欲しいんだ。そうする事で男性の孤立も回避出来るし、男女共で情報交換できるよう
   にもなるんだ
愛美:孤立……
咲夜:あ。愛美さんの何かにスイッチが入った
愛美:優希君は大丈夫? 孤立感とか感じていない?
優希:大丈夫。愛美さんには何も感じてないし、心配もないよ
優珠:……
佳奈:優珠ちゃん……
直実:ちなみに女性から男性で一番多い被害としてあげられてるのは、
  【つきまとい】の中でも、男性の相手方、例えば新しい恋人であったり、
  ご家庭持ちの男性の場合その配偶者、お嫁さんであったりする場合がほとんどなんだ
咲夜:え? そんな事したら、下手しなくてもその家庭って壊れるんじゃ……
巻本:そうだ。今、月森が指摘してくれたように、浮気してると思い込んだ嫁さんがいたら
   その家庭は崩壊する
穂高:その上、社会的地位としても大変なことになるから、男性の被害の方がより深刻になる
   ケースが多いの
愛美:もし優希君の変な女の人がひっついても、私は優希君を信じて相手の女の子を追い払う
   からね
優希:愛美さん! ありがとう
蒼依:よろしい。愛ちゃんはしっかり空木君を捕まえとかないと駄目だよ
愛美:ありがとう蒼ちゃん
朱寿:も! もちろんわたしだってナオくんに、女性の影があってもナオくんを信じるんだよ!
直実:わざわざ対抗しなくても、俺は朱寿を信じてるって
彩風:皆さん仲が良いですね
実祝:ん。だからこそカップル
結芽:そうだね

理沙:……あの。あーし。発言させてもらっても良いですか?
優珠:なんとなくゆいたい事は分かるけど、どうぞ
穂高:この講義だけは空木さんも素直なのね
直実:それだけ法学には真剣なんでしょう
佳奈:どう考えても学生レベルの知識ちゃうもんな
優希:ありがとうな優珠
優珠:調子乗り女! 早くゆいなさいよ
直実:あー。ちょっと待ってもらって良いか? たぶんそっちの子が言おうとしてるのは

(つきまとい等又は位置情報無承諾取得等をして不安を覚えさせることの禁止)
第三条 何人も、つきまとい等又は位置情報無承諾取得等をして、その相手方に身体の安全、
    住居等の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚え
    させてはならない。

直実:この説明もあった方が良いだろうから、先に説明させてもらっても良いか?
理沙:分かりました
実祝:――ああ。そう言う事
咲夜:え? まだ何の説明も聞いてないのに実祝さん。分かったの?
冬美:ちなみにワタシも分かりましたよ
結芽:むしろどうして月森さんが分からないのよ
彩風:あの。アタシも分かってないんですけど
穂高:説明する前から分かるのもすごいけど、ヒントを出すと岡本さんなら逆に“安心”出来る
   んじゃないかしら
蒼依:先生は何を仰ってるんですか? 今更こんなの持って来ても遅いじゃないですか。
   その時の気持ちは無くならないんですよ?
優珠:全くもってその通りね。愛美先輩だから赦したものの、わたしだったら一生赦してない
   わよ
愛美:優珠希ちゃん。さっきそれは駄目だって言ったよ?

直実:劇中では最近の話なのに、こんな聞き方して申し訳ないけど、そこの会長に追いかけら
   れてた時、どんな気持ちだった?
理沙:そんなの不安で怖かったに決まってるじゃないですか
彩風:いやその答えは愛先ぱ――
理沙:そんな事も分からないんですか? これだから男って生き物は野蛮なんですよ
実祝:ちょっと後輩落ち着――
理沙:大体男はやるだけやったらすぐにどっか行きやがって、捨てられる女の身にもなれっ
   てんだよ
優珠:調子乗り女! いいから少し黙ってちょうだい
咲夜:後輩の男性遍歴を垣間見た気がする
冬美:男性遍歴って難しい言葉をご存じなんですね
結芽:何気にこの後輩って失礼よね
蒼依:……理っちゃん。言っとくけど、愛ちゃんに教えるべきではない言葉とか、無駄に
   愛ちゃんを怖がらせた理っちゃんへのお説教はまだ終わってないから、覚悟しといてね
愛美:えっと……ずっとあの人ばっかり考えてしまって余計に不安になりました
倉本:んっんー。んーんー!!
巻本:なんだか息も苦しそうだし、顔色も悪いし顔だけでも自由にした方が良くないか?
彩風:倉本先輩になんかあったら寝覚めも悪いし、息くらいはさせてあげようよ
理沙:でも女の匂い~とか言い出して、鼻をヒクつかせたらどうすんだよ
冬美:ではマスクをして頂きましょう。それなら匂いを感じてもあからさまな表情はワタシ
   たちには分かりませんので精神衛生上は良いと思います
穂高:倉本君……初登場辺りが嘘のようね
倉本:ちょっと待ってくれ! せめて話くらいさせてくれ!
実祝:この会長。何にも聞いてない
優珠:良いわよ。聞いてあげる。ただし、それ以上わたしたちに近づかない事。そしてマスク
   を二重にする事。それが条件よ
蒼依:空ちゃん。それじゃ駄目だよ。二枚目のマスクにはしっかり消臭剤を振るの。そして
   私たちの匂いが万一にもこんな人に届かないように意識して
巻本:本当に。こいつが全校の女子生徒に人気があったなんて信じられんな
朱寿:先に言っとくけど、先生が愛さんとどうこうなる可能性なんて無いんだよ
優珠:ま。妄想くらいは良いんじゃないの? はい。お兄ちゃん
優希:優珠。いくら妄想とは言え、愛美さんの色々を見てるこの先生にそれは駄目だよ
愛美:本当にごめんね優希君
優希:今後は僕も直すようにするから、もう気にしなくて良いよ
咲夜:この二人の関係……どこに向かうんだろう
結芽:うちには全く分からないね
優希:ほら倉本。これ着けたら話出来るんだからだいぶ待遇はマシだろ
彩風:倉本先輩の扱いが過去最悪に
冬美:そう言う霧ちゃんだって、全く未練無さそうですね
理沙:こんな性犯罪者に未練残す女なんていないだろ

――――――――――――――幕間講義7 (中)へ――――――――――――――
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