第208話 近くて遠い距離 終 Bパート

文字数 5,518文字




「だったら大丈夫だよ」
 一方優希君の方も私たちの会話を聞きながら、教頭からの足かせのせいで何も説明出来ないでいる私の代わりをしてくれる優希君。
 これって私が喋った訳じゃなかったらどうなるのかな。
「おい空木! 一体俺をどこまでバカにしたら気が済むんだ! そこまで言うんだったら女と遊んでばかりいないで空木が交渉したら良かっただろっ!」
 なのに何も知らないで、私たちの友達はおろか、優希君にまで失礼な言葉を連発する。
 本当に相手の話を聞くって言うのは恋愛に限らず大切なんだなって痛感する。
「……この場だから言えるけど、愛美さんのクラスで起こった事件だってまだ解決してない。まだ愛美さんの大切な親友である蒼依さんはまだ帰って来てない『っ?!』その上、倉本の交渉能力で部活自体は週末も再開されることになったけど、それだって明日からだから、今の時点でどんな問題が出て来るかも未知数なんだ。
 しかもこれだけ大きな事件になって、一部警察や少年院なんかも影響してるにもかかわらず、ニュースなんかでよく見る学校からの説明も、部活制限も含めた今回の顛末の保護者説明会も何も行われて無い。僕の言ってる意味、地頭の良い雪野さんなら分かるよね」 (194話二層伏線)
 言われて本当に体の芯から鳥肌が立つ。私は自分の課題だけで頭を一杯にしていたのだけれど、そうか。確かにそうだ。
「……それって以前空木先輩が仰ってました、これだけ学校がごたついてる中でワタシの話なんて進む訳が無いって話と繋がるんですか?」
「さすがは雪野さん。その通りだよ。そしてもう一つ補足しておくなら、まだ保護者説明会が行われて無いって事は、学校側の全容解明には至ってないんじゃないかな」
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 ※非常に惜しい。 現在該当者二名にどこまで話して良いかの確認中 
(194話→202話 連結)
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 悔しいっ。思わず歯を食いしばりたくなるほど本当に悔しいっ。確かにその話は私も優希君からしてもらったはずなのに、冬美さんの方が優希君の言う通り、地頭が良いと褒めてもらえる解答を出せたのが悔しくて仕方がない。
 しかもサッカー部の件にしても保護者説明会にしても、一度だけ生活指導の先生に怒鳴られた時に気付けた話だ。
 もう何て言うか次元が違い過ぎる。
 一つ一つは説明されれば当たり前の話として納得出来るのに、どうして私にはそこまで考えつかないのか。思い至らないのか。
 冬美さんは数少ないヒントを繋げられるのか。
 そして優希君に至っては全くばらばらのパーツを繋げて一つの話として筋まで通せるのか。確かにこれだったら教頭先生の条件通り、課題の話を全くせずに全ての説明がついてしまう。
「……それじゃワタシは辞めなくても

んですか?」
「……冬ちゃん」
「愛美さんも言ってる通り、元々そこまでの瑕疵があった訳でも無いし、雪野さん自身は真面目に取り組んでくれてるし、むしろ模範に近いから辞めてもらう、交代してもらう理由は僕にはないと思うよ」
 しかもそれらをまとめて、何回か優希君が自分で口にしていた言葉までスッキリとまとめてしまう始末だ。
 本当に優珠希ちゃんと言い、優希君と言い何をどうしたらこんなにもスマートな話になるのか。出来るのか。
 実は私の彼氏はものすごくエッチだけれどものすごく天才じゃないのか。
「……本当に空木先輩はワタシをどこまでも見て頂いた上、ワタシの気持ちもどこまでもご理解頂けるんですね」
 もちろん私でも心からそう思ったのだから、同じ人を好きなった冬美さんだって熱のある感想を持っていたとしても驚きはしない。
「違うよ雪野さん。雪野さんを本当の意味で理解してるのは、僕の一番の自慢の彼女である愛美さん『っ』なんだ。愛美さんが雪野さんや僕、それに中条さんにも雪野さん自身は何も悪くない、間違った事はしてない。だから堂々としてたら良いって言い続けてくれたから僕も気付けたんだ。だからお礼にしても感謝にしてもその相手は僕じゃ無くて全部愛美さんなんだ。本当に


「空木……先輩……っ」
 初めの頃、私相手にたまに出ていた、今の私が見る事は無くなった何とも言えない困った表情を浮かべる優希君。
 それでスイッチは動くのかと思う程に、私が嫉妬するほどに。本当に“お断り”するにしても優しいなって思う。
 それでも何かを感じ取ったのか、優希君に向けて伸ばしていた腕を降ろす冬美さん。

 私は完全にあの人から背を向けるようにして、やつれて元気が無くなってしまっているとは言え、久しぶりとなる彩風さんの表情を正面から見つめる。
「ねぇ彩風さん。さっきのを聞いてても分かって貰えると思うんだけれど、あの人は私たちのせいにして彩風さんを傷つけた。そして今もあの人からの無茶で一方的な約束を、怒鳴られながらも酷い事を言われながらも、先週はあんな人との協力関係は解消したいって断ってくれた。その上、優希君は私だけを大切にしてくれている。この中でどうしてその矛先は私じゃなくて冬美さんに向くの?」
 その上で、もう一度。今見えている事実だけを並べて彩風さんに聞く。
「アタシは……冬ちゃんが……清くんの……でも……もう何も……かも……

っ――『もう良い霧華。見てる俺がしんどい。だから――』――」
「――少し黙って頂けませんか。私が彩風さんの話を聞こうとしているのに、どうして後ろから口を出して来るんです? それとも何か喋られて困る事でもあるんですか?」
 その彩風さんの頭の中が整理出来るまでゆっくり待つつもりだったのに、また自分ばっかりで私たち女の子を大切にしてくれないこの人。
「どうしてって、終わったとか雪野がどうとかばっかり言い続けてるんだ。こんな状態で統括会なんて続けられないだろ。だから俺が霧華を楽しにしてやる」
 しかも彩風さん自身をここまでボロボロにしたのも全てこの人なのに、何をまた人の責任にした挙句善人ぶろうとするのか。
「分かった。清くんがそう言うならアタシ――」
「――自分は辞めるんですか? 人には散々辞めろと言っといて結局は霧ちゃんも辞めるおつもりなんですか?」
 私が彩風さんの説得をしようとした時、さっきまで優希君と会話していたはずの冬美さんが、こっちの会話に入って来る。
「何……それ。自分は辞める気なんて無かったくせに、辞める辞めるってアタシの邪魔ばかりしたくせに! あれからじゃない! 清くんが愛先輩ばっかり見て、愛先輩の話しかしなくなったのは。全部全部清くんと裏で手を組んでから滅茶苦茶になったんじゃないっ!」
 冬美さんの挑発に今までが嘘だったかのように、猛然と言い返す冬美さん。
「それこそ何を仰ってるんですか? 今の空木先輩をご覧の通り、ワタシの気持ちなんて全く受け取って頂けてませんよ。それでもワタシは諦めません。そして岡本さんや空木先輩のご希望通り、ワタシは逃げずに今のメンバーでやり切りますよ」
 彩風さんの勢いに負ける事無く、目の前に私がいるにもかかわらず、全く揺れる事の無い冬美さんっから優希君への気持ち。
「結局冬ちゃんはそう。初学期に辞める辞める言い続けて清くんや愛先輩に負担と迷惑をかけたくせに」
「それでも岡本さんと空木先輩がワタシは悪くない。何も間違った事はしてない。辞める必要は無いって言い続けてくれたんです。初学期から中学期に入って暴力事件があったにもかかわらず、全く変わらず言い続けてくれたんですっ!」
 その上、言い続けて伝え続けて来た私の気持ちと言葉を、余す事無く受け取ってもらえていたのが分かって、胸に込み上げて来るものがたくさん湧き上がって来る。
「結局辞める気なんて無かったのに、周りの気を惹こうとしてただけじゃない! そうやって清くんとの協力だけに留まらず、愛先輩への気持ちを本気にさせて、何もかも全部冬ちゃんが壊したんじゃないっ!」
 だからつい、私も余計な口を挟んでしまう。
「彩風さん。そこだけは違うよ。先週も言ったと思うけれど、この人に協力していたのは冬美さんだけじゃないんだよ。私の友達に直接聞いてもらえれば分かるけれど、私の友達も協力していた上に、この人から私への気持ちは去年から持っていたのは
『なっ! 何故それ――』――私も、最近その友達から教えてもらったんだよ。だから冬美さんの責任じゃないの。むしろ私の友達の方が今じゃ本気にさせてしまって、私を困らせてしまたって本当に後悔してくれているんだよ」
 本当に咲夜さんの言う通りだったのか、途中この人の呻くような声も聞こえた。
「……だったらむしろこうなる前に霧ちゃんの気持ちを教えてくれれば良かったじゃないですか。そしたらワタシだって会長なんかじゃなくて霧ちゃんの協力だって出来ましたし、岡本さんや空木先輩にこれだけご負担をおかけする事も無かったじゃないですか。本当に悔しいですけど、こんなにも空木先輩一筋なのに、会長に悩まされる岡本さんを見て何とも思わないんですか?」
 結局この人から自分に都合の良い話だけを聞かされ、意図しない形で彩風さんとの仲を壊された冬美さん。
 それでもこの頭の固い可愛い後輩は人のせいにはしない。だから理沙さんの考え方を踏襲する訳じゃ無いけれど、この人の最低な部分を色々見てしまった今、とてもじゃないけれど同じ女の子としてこの人との仲を応援する訳にはいかない。
「彩風さん。優希君と順調に交際が進んでいる私は何も気にしなくて良いけれど、今聞いた冬美さんの気持ちと私の友達の話、この人の好き勝手な話を聞いてもまだ、どうしても冬美さんが許せない? 優希君が冬美さんの気持ちを受け入れなくても、私たちの仲を壊したって考えちゃう? こんな人に未練が残ってしまう?」
 でも、元は名前で呼び合うほどには仲が良かった二人のはずが、行き違ったままだと言うのは、実祝さんや咲夜さんとの喧嘩、仲直りをして得られるものがあるのを知った私としては、どうしても寂しいのだ。
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 ※だから思うように喋らせた
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「……なぁ岡本さん。俺の気持ちにそんな前から気付いてたのか? 気付いてて俺の彼女になってくれなかったのか?」
 ここに来てもまだ何も聞いてくれていないこの人に、呆れが広がるけれどそっちには頓着せずに……私は

彩風さんの答えを待つ。
「でも結局はアタシと清くんの……でも愛先輩の……」
「岡本さん! 答えてくれっ!」
 今、彩風さんの中に何かの答えが出かかっているのが分かる、伝わる。だから祈るような気持ちで
「彩風さん。余計な事は何も考えなくても良いから。今はただ私の顔だけを見てくれていたらそれだけで十分だから」
 待ち続ける。
「アタシは……でも愛先輩に暴力――」
「――その暴力は冬美さんの力では到底つかないほどの傷だったけれど、それでも今はもうほとんど治ったよ」
 そして一つずつ彩風さんのわだかまりを取って行く。
「なんで……どうしてみんな俺の話を聞いてくれないんだ……」
「冬ちゃんは……何度も清くんから怒鳴られて、それでも言い返して副会長との関係も否定して……それでも自分の気持ちを口にして……」
 いいぞ。ものすごく良い感じだ。
「冬ちゃんは……女の子で、愛先輩や……蒼先輩を……病院送りにする程の力も無くて……」
 そう。それで良い。私の言葉が本当に遅ればせながら少しずつ浸透する中――突然私の身体が冷や汗に塗れる。
 そう。あの人が何と私の肩に手を置いたのだ。
「ちょっと会――」
「――雪野さん待って。今は本当に大切な場面で、愛美さんも必死に耐えてるから我慢して」
「……空木……先輩……」
 だけれど、優希君の言う通りここが全ての分水嶺になりそうだと判断した私は、彩風さんから視線を切らない。
「それに昨日辺りから、理沙さんも彩風さんの安全を考えてある行動を取ってくれているよね」
 あの人によって肩に置かれた手。体中の水分が冷や汗となって出て行ってしまっているのか、口の中がカラカラに乾く。
「……清くんには近……寄らせない?」
「そうだよ。みんな私や友達が怒鳴られているのを見て、もちろん冬美さんも含めたみんなが彩風さんも同じ目に遭わないかをとても心配しているんだよ」
 本当に理沙さんの機転と言うか、恋愛観には助けられてばかりだ。
「つまり誰にもアタシに対する悪意は無くて……」
 もう一息っ。あと一歩っ。
「むしろアタシを応援したり守ろうとしてくれたり……」
 応援って言うのは何の事か、この人の本性を知る前にみんなでした協力の話なのか。
「冬ちゃんはそれを教えるために、今もアタシに色々と話してくれて……」
 そこで再び目に涙を浮かべて嗚咽に変わって、言葉にならなくなってしまう彩風さん。
 中々朱先輩のようにはいかないけれど、それでも彩風さんの心の変化の手応えは確かに感じた。だったら今はこれで十二分だ。
「ありがとう彩風さん。よく頑張ったね」
「会長っ! 岡本さんからその手をすぐに離して下さい!」
 私が彩風さんを抱きしめるのと同時に、今度は優希君に止められる事なく、完全にこの人との協力関係を解消したと更なる証明にもなりうるかのように、この人を厳しい声でたしなめる冬美さん。

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