第57話 立ち位置の変化 ~勇気と覚悟~ Bパート 解説あり

文字数 4,029文字

 午前中の授業が終わった昼休み。昨日の昼休みの事があるから中庭を避けたかった私がどうしようかと思っていると、
「あの~愛先輩いますか」
 お弁当を持った中条さんが私に会いに来る。
「どうしたの? 三年の教室まで」
 特に約束はしていなかったし、何もなかったとは思うけれど
「ちょっとお昼一緒出来るかなって思ったんですけど、さすがに先輩となんて失礼でしたね」
 そう言ってやっぱり居心地が悪いのか、自分の教室へと戻るためか顔を引っ込める。
 ただそれだけの為に三年の教室に来たとは思えなかったから、
「失礼な事無いよ。でもこの前みたいに蒼ちゃんも一緒で良い?」
「はい。あーしは大丈夫ですよ」
 中条さんの話を聞くために、
「蒼ちゃんも今日は食堂でも良いかな」
 三人でお弁当と私は水筒を持って食堂へ向かう。

 さすがに三人ともお弁当と言う事もあって、礼儀上飲み物だけは買いはしたけれどそれでも少し気後れした私達は、食堂の隅の方に腰掛ける。
「それで何か話しておきたい事があったんだよね? 雪野さんの事?」
 私と中条さんを繋ぐ話と言えば今のところそれくらいしか思いつかない。
 木を隠すには森の中。この食堂の喧騒が人に聞かれたくない話にはちょうど良いのかもしれない。
「えっと、とても言いにくいんですけど、愛先輩、雪野さんに負けちゃったんですか?」
 本当に言いにくそうに口を開く中条さん。
「……どうして?」
 朝の咲夜さんに続いて、お昼の中条さん。
「今朝副会長と雪野さん、一緒に登校してて、なんか友達からは昨日のお昼も一緒してたみたいですし」
 登下校もって事になると、校外でも二人一緒って事になってしまう。
 もうそれじゃあ四六時中一緒にいるのと変わらなくなってしまう。
「負けてないよ。愛ちゃんがちゃんと空木君の彼女だから」
 胸が詰まって答えられない私に変わって蒼ちゃんが答えてくれる。
「じゃあ愛先輩がいるのに浮気(うわき)してるって事ですか?」
 それに対して中条さんから出た

の言葉に私の胸は締め付けられる。
()っちゃん。空木君の事悪く言うと愛ちゃんにも失礼だよ」
「それは分かりますけど、愛先輩みたいな可愛い彼女さんがいるのに、他の女の人とあそこまで仲良くするなんて、先輩後輩関係なく浮気する男の人は女の敵ですよ」
 ()っちゃんってあーしの事なんですよね。なんて自分で確認する中条さん。
「蒼依も浮気なら絶対ダメだと思うけど、何か理由があるんだよね」
「……うん」
 理由はちゃんとあるし、蒼ちゃんだけに話そうって決めてたのに
「どんな理由があったら自分の好きな人が他の女とイチャつくのを納得できるんです? 相手の女が余命三ヶ月とかですか?」
 中条さんが鋭く納得できない私の心に切り込んでくる。
「あーしなら。“本気で好きなら” 万一その間に心変わりでもされたら、泣くに泣けませんよ」
 中条さんもまた蒼ちゃんとは違う言葉で、考え方で私のために憤ってくれる。
 本当にこんな時にも関わらず、同じ私の事を思ってくれる二人でも、意見も考え方も違うって感じるし、分かる。
()っちゃんの言う事も分かるよ。だけど蒼依は愛ちゃんの話を聞いてからかな?」
「分かりました。ならあーしにもその話、聞かせて下さい。どうせどんな理由にしても自分の彼女である愛先輩を放って雪野にベッタリだって言う態度に納得はしないでしょうけど」
 中条さんが恐らくは素を出しながら、いっぺんにまくし立てる。
「言っときますけど、あーしの好きな愛先輩を泣かせるような性格の悪い雪野も副会長も嫌いですから。雪野の味方なんて以ての外ですし、話は聞かせてもらいますから」
 そして渋る私に追い打ちの一言をかけてくる中条さん。
 なるほどあの雪野さんと廊下の往来でしっかりと言い合いが出来るわけだ。
「やっぱり愛ちゃんは愛ちゃんだねぇ」
 そして私の気持ちが分かったのか、蒼ちゃんならではの言い回しで許可が出る。
「ありがとう蒼ちゃん。じゃあ中条さん、今説明するには時間が足りないから、今日の放課後私たちと一緒にお茶でもしない?」
 そして改めて中条さんを誘う。
「分かりました。待ち合わせ場所はどこにします?」
「自転車置き場で良いんじゃないかな?」
 私の気持ちを考えてくれたのか、二人の姿をばったり見てしまうかもしれない校門前は避けてくれる。
 そして場所が決まった所で普段滅多に鳴らない私の携帯が着信を知らせる。
 私は何があったのかと恐る恐る携帯を見ると
「朱先輩?!」
「……っ!」
 私の驚いた表情に驚いたのか、二人ともがびっくりしてる。
『もしもしどうしたんですか?』
 私が二人にごめんねと身振り手振りすると、どうぞどうぞと言わんばかりの笑顔。
 だからなんで揃って同じ笑顔なんだろう。
『良かったんだよ~愛さんにつながったんだよ』
 それにしても朱先輩は私と喋る時は嬉しそうにしてくれるから、こっちも自然と笑顔になる。
「……!!」
『私が朱先輩の電話を取らなかった事なんて、一度もなかったじゃないですか』
『でもなかなか取ってもらえなかった事はあるんだよ~』
 あの時、涙声を何とかしようとした時の事を言っている気がする。
『もうその時の話は終わったじゃないですか』
 こっちは目の前に友達がいるから、恥ずかしい話なんてしたくないのに。
『なんか愛さんが冷たい気がする』
『そんな事ありませんって。電話口だからそう思うんじゃないですか?』
『夜に喋った時にはそんな印象全くないんだよ』
 そりゃ夜喋る時は部屋の中で一人でいる時だから。
『でもホントに朱先輩の声聞けて嬉しいんですから、変な勘繰りはやめて下さいよ。それで用件は何ですか?』
 もう恥ずかしい。でも朱先輩相手ならこれくらいは言える。
「……はぁ」
 だからどうして目の前の二人がため息をつくのかな?
『嬉しいけど、愛さんがまだ冷たい気がするんだよ』
『朱先輩がかけて来てくれた用件を聞こうと思っただけですよ』
『わたしは愛さんと喋りたいだけなんだよ』
『私が喋りたくない訳ないじゃないですか』
 まさか電話口までこの問答をする事になるとは思わなかった。
『愛さんがまだ冷たい気がするけど、話を進めるんだよ』
 やっと本題に入ってもらえる。同年代の友達に聞かれるかと思うと結構恥ずかしい。
『土曜日の記念すべき愛さんからの相談の話なんだけど、もう保健の先生に話した?』
 記念って……まだ言ってる朱先輩に苦笑いをこぼす。
「……」
『いえ。今週は色々バタバタしていまして相談自体が来週になるかもしれません』
 私がせっかく相談に乗ってもらってるのに悪いなって思っていると
『それなら良かったんだよ~わたし、土曜日に総合福祉って言っちゃったんだけど、愛さんの場合は “総合福祉” より “社会福祉” の方が良いんだよ』
『それを伝えるためにわざわざ電話してきてくれたんですか』
 あの電話の苦手な朱先輩が。私は胸の内が感謝の気持ちでいっぱいになる。
『わざわざじゃないんだよ。愛さんの将来の為なんだから何でもしたいんだよ』
 朱先輩の優しさに、あふれ出る感謝を抑えるように胸に手を置く。
『それに愛さんの学力に合った学校の資料も今揃えている所なんだよ』
『すみません。ご迷惑おかけしています』
 学校の先生でも無かったら資料なんて集めるの大変だと思うけれど、逆に私のためにそこまでしてくれる朱先輩に自然謝ってしまったところで、
『違うんだよ愛さん。わたしは愛さんから相談してくれたことがとっても嬉しかったんだよ。だからね』
 朱先輩が電話口にもかかわらず、優しく、大切に誘(いざな)ってくれる。
『いつも私のためにありがとうございます』
 恋愛も人間関係も何もかもうまく行かない事の方が圧倒的に多い。
 それでも朱先輩や目の前の親友、後輩のように、分からないなりに私の気持ちを理解しようとしてくれる人がいる。
『わたしはどんな事があっても愛さんの味方だから。だから愛さんはもう少しワガママになっても良いんだよ』
『そう……ですね。本当に。ありがとうございます』
 もう本当に何度この言葉に助けられた事か。
 その後朱先輩と少しだけ取りとめもない雑談をして、朱先輩の方が講義の時間になったのか、男の人の声がしたかと思ったら、そのまま電話が切れてしまう。
「えっと。どうしたの?」
 なんか二人ともが{放心}した表情になってる。蒼ちゃんの{放心}した顔なんて初めて見た気がする。
 ひょっとして長電話し過ぎたのかな?
「愛ちゃん。電話口の相手ってこの前言ってたすごく信頼している人?」
「そうだよ。私に秘密を作らせてくれない人」
 朱先輩と話している所を見られたのは嫌な気はしないけれど恥ずかしい。
「なんか分かんないんですけど、もう電話しながら副会長と歩けば全部解決するんじゃないですか?」
「……??」
 そんなの怖いだけだと思うけれどなぁ。それに
「優希君と一緒に歩いているのに、私なら電話なんてせずに優希君と楽しくおしゃべりしたいよ」
 第一私の希望は優希君との二人の時間の共有なのに、電話なんかしてたら寂しいし、悲しい。
「……」
「……やっぱり愛ちゃんだねぇ。愛ちゃんの乙女力は蒼依では足元にも及ばないよ」
 二人共の呆れの混じったため息と同時に、午後の授業の予鈴が鳴り響く。


―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
   「先生ーさっきから岡本さんの方見てますけど、何かあるんですかー?」
  彼氏との事でも色々あるにもかかわらず、他にも引っ掻き回そうとする生徒
      「じゃあ私と蒼ちゃんで半分ずつ出すから遠慮しないでよ」
          考えられないくらい省かれたやり取り
         ――雪野には空木が必要なんだと思う――
              重くのしかかる言葉

       『分かった。じゃあ

関する事だね』

      58話 たった一人に好かれる難しさ ~圧力外の繋がり~
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