第十九章 聖戦の始まり

文字数 832文字

 副熾天使長は追撃を行うつもりが、事実膝が震えた。それは底知れない深淵を覗きこんでいる被造物の感情。

 勝てない。

 今、自分の全霊を以てしても敵わぬ相手だという予感。それが大天使長の重みを背負っていた存在の力だとすれば何という強大な代物なのか。
 かような『神の化け物』と対峙することを許されし者がいるというのか。
 もし、望みを託すとすれば魔王の弟であった新しい長のみだけではないのか?
 彼は直観に賭けて光よりも速く、宇宙の如何なるものより速く、空間を跨ぐ方法をもってして至高天に跳んだ。
 最速を以てして天にこの知らせを届けるのが最上だと判断した。

 副熾天使長が去るのを視て撃墜しようとしたソフィアは制止された。他ならない魔王自身によって。

「ルシフェル様……」
「善い、行かせるが善い。敵ながら見事なり。余を十歩引かせる猛者なぞ世界にそうそういない。それ故に惜しい。かような若き命を摘み取ってしまわねばならぬことが」

 魔王は魔兵達に臨み、宣言する。

「これより聖戦を開始せん! 目標は至高天! 敵の首魁を見事討ち取ってみせようぞ! 英傑らよ、余に続くが善い!」

 今始まる。強大無比な虚ろな帝国と残された王国の戦いが。

 どれ程のおそれがあろうか、審判者は来たり。全ては厳しく糺されようとも。


 聖指環、おお聖指環、聖指環よ。
 遂に来たのだ。そなたが世界に出る時代が。どれ程の動乱に抗わなくてはならないのか。諸々の試練の果てに汝が座せり。後のモーセとアロンが夢視た神の故国、ヨシュアが宣言せし神の王国に鎮座せし神秘なる指環よ。後に神の聖なる岩に受け継がれし神の国の最大の聖遺物よ。初めの教会より古代教会より連ねる喪われた伝承よ。今、汝の見出せた者が立ち上がらん。
 汝は衰えた者の膝を奮い立たせ、霊を朽ちた場所より救われる。諸々の天の諸霊は切り株より生え出でる芽に希望に託す。天の第一のアダムは不完全に終わった。ならば天の第二のアダムは完全をもたらす。

 そう信じて両者相まみえん。
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