第十一章 神はおられぬという内なる戦い

文字数 721文字

 やがて奇怪な内なる声が支配し始める。

 お前の神は何処にいるのか?

 内なる声は常に囁く。

 神なる方は存在しない。それは迷妄であり、初めから騙されていたのだ。神なる方が存在するのであれば何故虚無が世界にとどまり続けるのか?

 内なる声は日に日に明確となり、精神を汚染していく。
 被造物が正しくあろうとする時、常に信仰が要求される。
 しかし、確実にその信条を侵す何かが魂をも喰いつくさんとして天に襲い掛かっている。

「これがあるいは聖戦と呼ばれるものなのかな」

 声に出しても自らの内に反映されず、ただ孤独と闘い続ける毎日。
 
 どれ程の年月が過ぎたであろう? 永遠にも等しい年月か。

 いつしか、少年は心の内に仄かなる憎しみを持つ様になった。

 何故自分がかような試練を受けなくてはならないのか?

 自分は毎日祈りを捧げ、敬虔に生きようとしていたではないか?

 それとも、それは全くの間違いだったというのか?

 揺らぐ信仰。

「辛い……」

 誰とも話せず、誰とも分かり合えないこの世界は何だ?

 ただ、沈黙だけ流れる。

 内なる声は囁く。

 神のことを忘れよ。みよ、神は視ておられぬ。世界には悪がはびころうとも神は見逃して下さるではないか。いや、そもそも神はいるのか? 正しい者が不正ゆえに躓く世界が正しいと? 正義と秩序の双方が維持出来ないのであれば、神の非在は立証されるのではないか。

「うるさい……うるさい! あなたは何者だ? 何故僕の道を邪魔する?」

 内なる声が囁く。

 全ての被造物には闇に属する権利が付与されている。お前の神は存在しない。ただ闇に伏して拝せよ。光は迷妄。生命は迷妄。神は迷妄。

 少年は想いを馳せる。
 闇からの誘惑。これが兄の望んだ世界だというのか。
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