第七章 託すべきこと

文字数 1,238文字

 かくして、聖指環は彼を見出さず。しかし、来るべき終わりの時に備えて指環は預言する。

「神の国の大木が切り倒される。しかし、私達には希望がある。倒された木の切り株から新しい根が生え出でる。残された民は彼に希望を託すであろう」

 かつて己が説いた言葉と同じ聖指環の言葉を聴いた天使の長の己の欠点を理解していた。自らが長として生きるならば公正たる天秤にならなければならない。それにも関わらず己は神に愛され過ぎた。これは公平ではない。愛は独りで独占してはならない。又、己が愛を与えるべき対象を限ってはならない。

 神が厭われるのは曲がった天秤。

「ミルトンの『失楽園』の続きがこの世界なのだ。歴史は永遠に続く」

 ルシフェルは独り呟いた。そして彼は故郷に帰った。



 北の地の領主であったルシフェルは来るべき日に備え、着々と軍備を整えていた。彼には有能な側近が大勢いる。皇帝級であるベリアル、ソフィア・ピスティス、七大王たるベールゼブブらがいた。

 ソフィアは尋ねる。

「ルシフェル様、本当にこれで宜しいのですか?」

 ソフィアは堕落前の乙女として兄弟の行く末を見守っていた。最期の別れを告げなくて善いかの問いであった。

「最早、余には時間が残されていない。子らよ、お前達が最早主の御心に適わないのであれば……しかし、余には希望がある。神は未だ賽を振り続けている」

「賽?」

「神は降り続けるであろう」

「私にはあなた様の深遠なるお考えなど想像する余地もございません。しかし、あの子を放置するのは如何かと思います。あなた様にとってはあの子はその程度の存在ではないのは臣下の皆が知るところでございます」

「神は我が子を相続するべき子として鍛えぬく。それは神の本来の子供であるからだ。余があの子に手を差し伸べるのは容易い。だが、それはあの子の為になるであろうか? 大事に育てた子をただいたずらに破壊するのは神の御心にそぐわないのだ」

 ソフィアは天使の長の不器用な愛を悟り、それ以上は追及せず。されど、父と母の愛は異なることを互いに知れど、神の愛を優先する為に沈黙した。親子愛、異性愛、親愛、これらは全て隣人愛より生じて。それを知りて尚神愛の奥義を究めることを許されず。神学と哲学の限界を見出し、知識の限界を見出し、それでも尚あがく被造物の性よ。
 彼ら二人の間には答えは判り切っていた。知識は虚しく、ただ主なる神を拝し、愛せよ。この教えこそ彼らの基本であった。それが今崩れ去ろうとする時代。
 彼らは後世に何を遺そうというのか? それは自由か? 神学か? 哲学か? より基本的な原理であったか? 被造物が生き物として生きていく以上に欠かせぬ根源的な感情。失楽園以降世界から失われ、神が取り戻した世界を彼らは未だ知らない。
 いや、正確に言えば、天使の長のみが闇との闘いを通じてそれを知っていた。それは決して反故にしてはならない約束。未来への希望。

 この瞬間、天使の長は十字架に意味を己が知る限り、弟に教えようと決意した。
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