第九章 世界は黄昏を迎えん

文字数 978文字

「お前の信仰の在り方は余には眩しい。光そのものだ」

「僕は今も尚名もなき天使にしか過ぎません。光をもたらす方は兄様だと信じています。兄様の名はその様に意味するのですから」

「被造物は自ら光を放つことを許されず。光なる方は唯御独り神御自身なのだ。道を過つなかれ、余自身が光になってはならぬ。傍らに控える天体で構わないのだ。自ら光を放つことなく唯光を反射する傍にいる友。被造物はそうあれし」

 これはルシフェルが語った言葉ではない。彼を通して神が少年に語り掛けたのだ。

 その証明として天使の長は最早天国に混沌をもたらそうとしていた。

 或いは天使の長の最期の良心がこの言葉を導いたというのか。光をもたらす者は弟の力となりたかった。

 しかし、それは叶わない夢。それこそ天使の長が夢観た幻ではなかったか。

 天使の長は弟の額に接吻をする。弟はその意味を感じ取った。

「兄様、あなたは弟を銀貨三十枚で売り渡そうというのですか?」

「………………」

 途端に闇が少年を覆う。両者は理解していた。兄は弟を想い、敢えて厳しい道を歩ませようと。当面試練というものは当人を悩ませるものであるが、後々に当人が厳しい世界で生き抜ける様になる為である。

「聖指環がお前に微笑まんことを祈って。余は最早神を失った。残された道は一つ、願いを託すことのみ。余はお前を導いてみせる。それこそが神が余に任せた最期の使命かも知れぬ。そう、『神はそれを望まれる』」

 この意味は後に人々が使うものと同じではない。天使の長は言い切ったのだ。聖指環を選びたくば、霊的な闘いに身を投じよ。信仰を胸当てとして装備し、救いの言葉を兜とし、神の言葉を剣として持ちて闘え。それでも勝てないなら祈れ。正しい人の祈りには力がある。

 だが、それでも乗り切れなかったら? その果てにあるものを天使の長は知らない。終ぞ己がたどり着けなかった領域。

 だが、彼は神と共に賽を振ったのだ。可能性を見出せなかった者達が次代の者達に希望を託す。彼は出来れば己の力で解決したかった。しかれど、最早時間がない。

 闇の帳が降りてきた。始まるのだ。歴史上誰も視たことがない壮大な大戦が。天使の時代が終わる。これが何を意味するのか。彼ら自身も判らなかった。予見の力をもつとは言え、その力は神のそれと比較する術もなく、近代の天使達は虚しき栄光にのみ包まれていた。
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