来訪 (5)

文字数 837文字

 殺傷をおこなった日、アイシャはかならず虚脱状態になる。頭も体も熱せられた空洞のようで、力が入らない。かといって、横になっても、神経がたかぶりすぎていて休めない。
 ギメイたちの死骸を片づけた後、レイに詫びを言って、部屋に引きこもった。

 どちらかになりたいと思う。
 どんなに殺しても平気なくらい強くなるか、
 それとも、
 自分のからだをむさぼり食われても耐えられるくらい優しくなるか。

 どちらでもないのは苦しい。

 センサを焚く。この量はまずいとわかっていても、火皿にくべていく手が止められない。
 ふだんならとっくに酩酊する量をくべても、酔えない。
 葉を刻み、実を挽いた。ひたすら手を動かした。すりつぶされた粉はいつか小山をなした。それを見つめ、鼻から吸いこみたい誘惑にかろうじて耐える。
 一度でもセンサ中毒になったら、不寝番の資格は永久に剥奪されるのだ。

 出来上がった鎮痛薬の粉を小さな壺にうつし、油をひいた布で封をする。

 のどがからからだ。そういえば、数時間、何も口にしていない。
 せめて水分を摂っておかないと。
 台所へ行った。アロエを少し切って椀に入れ、アガベの花蜜をかけた。半透明の葉肉を見つめる。
 のどを通る気がしない。

 いつのまにかレイが入ってきて、立っていた。
 アイシャと目が合うと、「シャンプーする?」と訊く。いつもどおり静かで、とうとつだ。
 アイシャはうなずいた。

 ドライシャンプー。
 アルコールと水を2対8。香油を数滴加えてよく混ぜ、髪に吹きかける。
 まず荒い櫛ですいて髪のもつれをとり、それから細かい歯の櫛ですいていく。ていねいにやると水洗いより髪はきれいになる。
 センサの匂いが髪についているだろうな。叱られないかな、と思うのに、レイは何も言わない。

 ふと、レイの手が止まった。アイシャののびかけた髪にそえたまま、じっとしている。
「アイシャ」
「はい?」

「噛まれてた」

 足首に巻いたゲートルの上からだったが、ほどいたら、ギメイの歯形に血がにじんでいたと言う。
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