第8話

文字数 7,802文字

 ひと冬越え、春季大会の季節となった。
 秋季大会で優勝して有頂天になっていなかったと言えば、嘘になるかもしれない。確かに、僕たちは冬の間もトレーニングに励んだ。だが、去年の冬に比べると、どこか油断があったように思えてならない。「俺たちは宮城県ナンバーワンだ。」その自負が、少しずつ気持ちのゆるみを生んでいった。
 もっとも、一人優勝の輪に加わっていなかったシンジだけは、異次元の存在だったが。「あんなに自分を追い込んでどうするんだ。」チームメイトからもそんな声が出るくらいだった。アクシデントとは言え、最後まで投げきれなかった悔しさが、彼にはあったのかもしれない。
 そして、春季大会。一回戦の相手は、泉中央中学だった。
「泉中央中学?新人戦では一回戦負けだったんだろ。まあ、楽勝だな。」
「お前知らないのか?」
 トーナメント表を見ながら気楽なことを言った僕に、ヨウスケが驚いたように言ってきた。
「去年の中総体の決勝で青葉台中を決勝で破ったのは、泉中央中なんだぞ。」
「俺たちとの試合が激戦だったからな。奥山も疲れていたんだろう。」
「お前はのん気だな。顧問が変わっていないんだから、今年も強くなってくるよ。いい指導者ってのは、そんなものだよ。」
「そうか〜?どんなにいい顧問がいても、やるのは選手だしな。去年は、たまたまずば抜けた選手がいたんだろ。」
 先発はシンジでも僕でもなかった。これまでほとんど公式戦の経験がない、2年生の塚田をマウンドに送った。別に相手をなめていたわけではない。むしろ彼のピッチングを見れば、最善の策だったと言える。
 スリークォーター気味で投げ込む右腕の塚田は、スピードこそあまりないが、コントロールがとても良かった。ストレートも変化球も丁寧に低めに集め打たせて取るタイプの彼は、高田先生を彷彿とさせた。
「いいピッチングだったぞ。」
 初回、内野ゴロ3つで抑えた塚田をそう言って迎えた。
「いや、なんか気持ち悪いっす。」
 なぜか塚田は素直に喜ばない。
 その裏、宮中の攻撃。
「大したことないだろう。」
 それが、投球練習を見た僕たちの、相手先発ピッチャーに対する見立てだった。どこにでもいる右のオーバースロー。上背があるわけでもないし、ストレートも取り立てて速いわけでもない。シンジや奥山に感じる圧倒的な存在感は皆無だった。
 カキーン!
 先頭打者はトモキ。打った瞬間抜けたと思った打球も、ショートが横っ飛び。歓声がため息に変わった。
「守備だけはいいようだな。」
 続くスギヤンの打球も、シンジの打球もとらえてはいた。だが、相手の好守に阻まれたり、野手の正面を突いたりして、結局3人で攻撃を終えてしまった。
「いつか行けるだろう。」
 2回の宮中の攻撃も、得点こそできなかったが、いい当たりが続いた。そのうち大量点が取れるだろう、ベンチのムードは依然楽観的だった。
 3回の裏、さあ次こそはと意気込んで攻撃に入ったところで、ピッチャーが代わった。左のサイドスロー。多少変則的ではあるが、それ以外に特徴はない。
「別にどうってことない。経験を積ませるために投げさせるんだろう。」
 楽観ムードは相変わらずだった。だが、このピッチャーからも点が取れず、すぐに別のピッチャーにスイッチしたところで、ようやく相手の意図が見えてきた。
「もともとこういう作戦だったんだ。いや、こういうチーム作りを目指していたのかもしれない。誰か絶対的な存在がいたら、そいつに頼らざるを得ない。だが、ある程度のレベルの選手が複数いたら、分散させることができる。長いイニングは無理でも、短いイニングを全力で投げれば抑えられる可能性が高い。しかも、どれもタイプが違うピッチャーとなれば、相手は合わせにくい。」
 だが、気がついたところでどうにかなるものでもない。3番手は右のアンダースローだった。中学生では珍しいサブマリンに、みな四苦八苦した。
「これはやばいな。」
 焦りが濃くなったのは、5回の表の守りのときだった。
 これまでランナーを出しながらも、ゼロに抑えてきた塚田が急に乱れだした。先頭をフォアボールであるかせると、続く打者にセンター前ヒットでノーアウト一二塁。続く打者は内野フライに抑えたものの、次の打者にまたフォアボール。一気のワンアウト満塁のピンチを迎えてしまった。
「球数が、かさんできたんだな。」
 その時、僕はブルペンで肩を作っていた。同じ抑えるにしても、シンジのような打者を圧倒することがない塚田は、どうしても球数が増えてしまう。この回まで相当の数を投じていた。
「マサト、出番だ!」
 大変な場面で、マウンドに上がることになった。
「プレッシャーを掛けるわけじゃないが、一点も許されないからな。」
 ファーストからキャッチャーに代わったヨウスケが言った。
「もろにプレッシャーが掛かってるよ・・・。」
 相手は計算ずくの継投で、計算通りにゼロに抑えている。こっちは予想外のピンチでの登板。ワンアウト満塁では、ヒットはおろか、外野フライもワイルドピッチも許されない。狙うは三振だ。
「ストライーク!」
 目論見通り、3球で追い込んだ。膝下のカーブでストライク、もう1球カーブをボールにしておいてから、ストレートを外角いっぱいに決める。
「定石ではクロスファイアだろ。」
 ヨウスケのサインを見てうなずいた。不気味なのはまだ1球も手を出していないことだ。一体何を狙っているのか。
「ファール!」
 悪くないクロスファイアだと思った。器用に腕を畳んでファールにしてきた。
「バットコントロールだけはいいようだな。」
 そこからは根比べだった。クロスファイアを投げ込んでも器用にファールにされる。ボールになるカーブを投げれば、見逃されてしまう。
「クソ、気持ち悪いな。」
 2種類しかない僕の持ち球は、全て見切られてしまったような気がしてきた。追い込まれるまで手を出さなかったのは、球筋を確かめるためか。
「ボール!」
 とにかく選球眼がいい。際どいところに投げたつもりが、自信を持って見送られてしまった。ツーストライク、スリーボール。もちろん、フォアボールも許されない。
「フルカウントはピッチャー有利だぞ。」
 サードを守るシンジが声を掛けてきた。
 カーン!
 ようやく手を出してくれた。膝下に落ちるボール気味のカーブ。高々と上がった打球は、レフトへ。
 この日のレフトはヒロキ。前進して、構えに入る。ヒロキの肩は強くない。だが、この距離ならタッチアップしてくることはないだろう。
「ゴー!」
 ここで勝負と見たのか、スタートを切ってきた。ヒロキがワンステップを踏んで、バックホームをする。強くはないが正確な送球が、ヨウスケに返ってくる。
 タイミングは微妙だ。スライディングした右足が、ホームベースに伸びてくる。
「アウト!」
 決めてはヨウスケのブロッキングだった。ヨウスケの巨体に弾かれて、ランナーはホームベース手前で仰向けにひっくり返っていた。
「ナイスブロック!」
 カバーに入っていた僕は、すかさずヨウスケとハイタッチを交わす。
「ヒロキを褒めてやれよ。」
 見るとヒロキは、シンジやトモキを始め、野手陣にもみくちゃにされていた。
「ナイス送球!」
 普段決して目立つことのないヒロキが、このときばかりは輝いて見えた。リトルリーグ時代の「泣き虫ヒロキ」はもうそこにはいなかった。
 ピンチを乗り切ったのはいいが、点を取らなければどうしようもない。コロコロと目先を変えてくる投手起用になにか打つ手はあるのか。
「もうピッチャーが代わることはないぞ。あのアンダースローを打てばいい。」
 鈴木先生が言った。
「アンダースローを打つポイントは、高めのボール球に手を出さない、無理に引っ張って引っ掛けない、以上だ。」
 鈴木先生の短い指示を忠実に実行したのは、ヒロキだった。守備で見せた勢いそのままに、教科書どおりのセンダー返しをしてみせた。
「いいぞ、ヒロキ!」
 こうなれば、あとは1点をどう取るかだ。
 次の打者に対するサインは送りバント。8番に入った僕は、ネクストバッターズサークルで高鳴る鼓動を抑えきれずにいた。
「俺が決めなければならない。俺が決めなければらない。」
 サード前にきれいに送りバントが決まった。
「よし、行くぞ。」
 深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。
「アンダースローは左打者有利だぞ!」
 ヨウスケが言った。
「ああ、わかった。」
 そう返したが、僕はアンダースローのピッチャーの球を見たことがない。
「さあ、来い!」
 いつものように、気合の掛け声を出した。
 初球、地面スレスレから放たれた球は、徐々に軌道を上げながらど真ん中へ。
 よし、甘く来たぞ!
「ストライーク!」
 空振りだった。
 アンダースローの球筋とはこういうものか。ベースの手前で、ボールが浮いてくる。後ろを振り返ると、キャッチャは中腰で球を抑えていた。「高めのボール球に手を出さない、無理に引っ張って引っ掛けない」鈴木先生の言葉が少しわかってきた。
 2球目はカーブ。これもアンダースロー独特だ。球がなかなか来ない。ボールを捉えようと前のめりなりかかった。
 次はストレート。初球よりは遥かに低い軌道だ。ワンバウンドになるんじゃないかと思ったとろこで、ひょいと浮き上がってきた。低めギリギリのストライク。少しずつアンダースローの球筋が見えてきた。
「高めのボール球に手を出さない、無理に引っ張って引っ掛けない」
 もう一度呪文のように繰り返す。
 再び低い球道。さっきよりは、やや高い。よし、ここから浮いてくる。まだ、ためろ。まだ、ためろ。よし、今だ。
 カキーン!
 十分に引きつけた打球は、鋭いライナーでショートへ。
 よし、抜けた。
 僕は先制点を確信した。これは左中間を割っていくぞ。ショートがジャンプをして捕球を試みるが、時すでに遅し・・・。
 バシッ!
「アウト!」
「えっ!?」
 目の前で起こった出来事をなかなか理解することができなかった。絶対に抜けると思ったライナーをショートがジャンプしてキャッチ。三塁ベースの手前まで行っていたヒロキはもう戻れず。ダブルプレーでスリーアウトとなってしまった。
「嘘だろ・・・。」
 相手チームがベンチに戻るなか、僕はまだその場を動くことができなかった。このショート、初回もトモキのヒット性の当たりをアウトにした。かなりの守備力だ。いや、ショートだけじゃない。サードもセカンドも外野手も、誰か抜きん出た選手がいるわけではないが、みんな平均的にレベルが高い。
 それはバッティングも同じことだった。ヨウスケやケータローのような大砲はいない。だが、みんなそれなりにスイングがシャープだ。そして、何よりも選球眼がいい。際どい球はカットし、ボール球には絶対に手を出さない。
「ボール!」
 またフルカウントか・・・。マウンド上で苦笑いした。ツーアウトを取ったのはいいが、いずれもフルカウントまで粘られ、そしてまた・・・。
「ファール!」
 頼みのクロスファイアも、ことごとくファール。球数が増え、肉体的も精神的にもストレスが溜まっていく。
「ボール、フォアボール!」
 クソッ、歩かせてしまった。
「集中力を切らしちゃダメだ。それが相手の作戦なんだから。自信を持っていけ!前に飛ばせないから、ファールにしてくるんだよ。」
 サードのシンジが声を掛けてきた。
「わかってる。」
 そうは言っても、なかなかイライラは止まらない。
「ファール!」
 クソッ、またファール作戦か!投げ始めたばかりなのに、首筋を流れる汗が止まらない。
「打たせていけ!バックを信じろ!」
 よし、いいんだな。
「えいっ!」
 カーン!
 ようやく前に打ってくれた。ショートゴロ。トモキが華麗にさばいて、事なきを得た。
 だが、流れは明らかに向こうにあるように感じた。6回のマウンドに上ったアンダースローは、この回もテンポよくアウトを重ねていく。「高めのボール球に手を出さない、無理に引っ張って引っ掛けない」鈴木先生の指示を忘れたわけじゃないが、そう簡単にできるものでもない。
「アウト!」
 三者連続内野ゴロ。要した球は、わずか10球。嫌な流れのまま、最終回のマウンドに立った。
「よし!」
 この嫌な流れを断ち切るのは、この回をテンポよく三者凡退に打ち取るしかない。息をいをつけて、裏の攻撃でサヨナラ勝ちだ。
 カキーン!
 初球のストレートをセンター返しされてしまった。
「攻めの姿勢は悪くないぞ!」
 そうシンジは言うが、少し単純に行き過ぎたか・・・。もっと慎重に行ったほうがいいかもしれない。
「ストライーク!」
 次の打者の初球はカーブから入った。タイミングが合わなかったのか、驚いたようにのけぞった。
「ファール!」
 クロスファイアを詰まらせてファール。ここまでは計算通りだ。次はカーブをボール気味に投げて、誘ってみればいい。
「ゴー!」
 投げた瞬間、しまったと思った。バッターに気を取られるばかり、ランナーのことを忘れていた。
「セーフ!」
 ヨウスケが素早く投げるも、ゆうゆうセーフ。ノーアウトでスコアリングポジションに進めてしまった。
「ナイスラン!」
 相手ベンチから喝采が飛ぶ。
「お前なら、三盗も狙えるぞ!」
 なぜここで走ってきた?カーブが来るのを読んでいたのか?それとも癖があるのか?
 次の球は、ストレートでボール。続くサインは、カーブ。まさか、ここで走ってきはしないだろうな。僕は、ちらっとランナーを見た。リードは大きくない。
「ゴー!」
 サードコーチャーの声に、信じられない思いがした。まさか、本当にバレているんじゃないだろうな。
「セーフ!」
 完全に盗まれていた。しかも判定は、ボール。一気にピンチが広がった。
「一点勝負だから。空いている塁は、埋めてもいいぞ。」
 確かに、ヒットはおろか、外野フライでもだめ。最悪、内野ゴロでも一点が入るかもしれない。
「ボール!」
 半ば逃げるような形で、フォアボールにした。
 だが、これでなにか状況が変わったわけではない。ノーアウト一三塁。ヒットも外野フライもだめ。もちろん、スクイズも警戒しなければならない。
 最高の形は、三振かポップフライ。
「ボール!」
 内角高めのストレート。これで差し込めれば、内野フライになる。スクイズもファールになる確率が高い。
「ボール!」
 僕の狙いを見透かすかのように、簡単に見送ってくる。
 ここで、カーブのサイン。いや、カーブは癖がバレているかもしれない。僕は首を振る。だが、ヨウスケはしつこくカーブを要求する。わかったよ、僕には2種類しかない。カーブがバレてりゃ、ストレートもバレている。せいぜい、泳いで打ち上げくれることを願うばかりだ。
「ボール!」
 だめだ。バレてるんじゃないかという恐怖心から、指先が狂う。
「ボール!」
 結局、最後のストレートも高めに外れ、フォアボール。ノーアウト満塁のピンチを迎えてしまった。
「満塁のほうが守りやすい。バッターは力むし、スクイズもない。」
 伝令が飛び、マウンドの輪の中心で、シンジが話を続ける。
「ノーアウト満塁というのは、えてして点が入りにくいものだ。これを抑えたら、間違いなく流れはこっちに来て、サヨナラにできる。」
 前向きなことを言うシンジを遮ったのは、ヨウスケだった。
「お前じゃ、これ以上無理だ。代わったほうがいいんじゃないか。」
「・・・。」
 思いもよらぬことを言われ、言葉がなかった。
「前の回はヒロキの好返球に助けられたけど、1点取られていても不思議じゃなかった。この回だって、完全に見切られている。まだ、塚田のほうがマシだった。」
「なんだと・・・。」
 僕の中に芽生えていた小さなプライドが、大いに傷ついた。秋季大会での優勝投手は誰だと思っている。
「いや、俺が投げる!」
 シンジに渡そうとしたボールを、奪うようにして取り返した。
「・・・。なんだよ、さっさと守りに戻れよ!」
 こうなりゃ、味方も含め、全員敵だ。結果で黙らすしかない。
「ストライーク!」
 この試合、初めて会心のクロフファイアが決まった。バッターは完全に振り遅れ。当たりそうにない。
「ストライーク!」
 全く同じ球を、同じように空振り。やはり、自分にはこの球しかない。カーブを要求してくるヨウスケに、首を振ってストレート。
「ストライーク、三振バッターアウト!」
 今度は手を出すことさえさせなかった。同じ球を3球続けての三球三振。
「ストライーク!」
 こうなれば、怖いものなしだ。ストレート2球で簡単に追い込んだ。
「ファール!」
 バットに当てられたが、完全にクロスファイア狙いだ。内角を打とうと、体が開ききっている。
「ストライーク、三振バッターアウト!」
 注文通り。外角のカーブには手が出ない。癖がバレてるんじゃないかと心配したが、思い過ごしだ。あっという間にツーアウトまでこぎつけた。
「ナイスピッチ!」
 ヨウスケも興奮気味にボールを返す。代われと言ったことを後悔させてやる。
「ストライーク!」
 次の打者もクロスファイア2球。簡単に追い込んだ。
「いいぞ、マサト!」
 さっきのいざこざもどこへやら。完全に宮中のムードになっている。あと一球。もしかしたら、この勢いでサヨナラ勝ちできるかもしれない。
 ストレートでも、カーブでもいい。三振のイメージはできている。
「ファール!」
 意外なことにカーブについてきた。腰は引けているが、しっかりとバットに当ててきた。
「同じことだ。」
 ストレートを投げ込むが、これもファール。さすがにも相手も必死だ。簡単にはアウトにならない。
「ファール!」
 今度はカーブを膝下に決めてみたが、これにもついてきた。
「やるじゃないか。」
 ヨウスケの構えは外角のボールゾーン。1球外せということか。
「あっ!」
 まずい!外すどころか、ストレートがど真ん中へ。
 カーン!
 しまった、痛打された。
 僕はレフト方向に上がった打球を見上げた。
 いや、大丈夫だ。レストフライだ。これはレフトフライのパターンだ。
 高く上がりすぎだろう。僕の球威が勝ったんだ。あの上がりすぎた当たりなら、外野の頭を超えることはないはずだ。
 頼むぞ、ヒロキ。確実にとってくれ。
 頼むぞ、ヒロキ・・・。
 なぜ構えに入らない。
 この当たりなら、定位置で十分だろう。
 なぜ構えに入らない。
 半身になってバックしていく。
 そんなに大きいのか。
 半身になってバック・・。半身になってバック・・。いや、完全に後ろを向いている。
 ヒロキの後ろ姿がどんどん遠ざかっていく。打球はそのはるか向こう。フェンスに向かって、点々と転がっていく。
 きっと僕だって、最初からわかっていたんだろう。これがレフトフライなはずはないって。でも、現実逃避が勝ってしまった。こんなはずない・・・。こんなはずない・・・。
 ヒロキのはるか向こうを転がる打球を見て、嫌でも思い知らされた。ジャストミートされたんだ。僕はストレートを打たれたんだ。
 サードコーチャーがぐるぐると腕を回している。また一人、また一人とランナーが返っていく。走者一掃。バッターランナーは、二塁上で大きなガッツポーズをして喜んでいる。
 僕はただ、フェンス際でクッションボールを追いかけるヒロキの後ろ姿を、呆然としてみていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み