第2話

文字数 8,188文字

 広瀬川河川敷グランド。バックネット裏から両ベンチの上にかけて小さなスタンドがあるだけの野球場が、リトルリーガーたちの聖地だった。
 一回戦の相手は、松島ドルフィンズ。三塁ベンチに陣取る選手たちの体は僕たちより一回り大きく、中学生でも混じっているかのように思われた。
「マサトくん、がんばれ〜。」
 そんな僕の不安を察したかのように、スタンドから声援が飛ぶ。応援に駆けつけてくれた母親たちだ。
「ミットだけをめがけて投げればいいからな。」
 マスクをかぶったヨウスケが声をかける。
「プレイボール!」
 バットを揺らしながら待ち構える先頭バッターは、やはりベアーズのどの選手より大きく見える。本当は中学生なんじゃないか?
「思い切ってこい!」
 ヨウスケの言葉で吹っ切れた。大きく右足を踏み出すと、ヨウスケのミットめがけて思いっきて投げた。
「ストライーク!」
 ど真ん中の球なのに、腰を引いてのけぞった。びっくりしたような目つきで、自分の監督の方を見ている。
「やっぱり、小学生だ。」
 不安が消えると、バッターのサイズも通常に戻った。
 そこからは監督の指示通り「普段通り」だった。いや、普段以上だったかもしれない。投げる球投げる球、全てがストライク。ど真ん中に投げているのに、全く打たれる気配がない。たちまち二人を三振に抑えると、最後の打者も二球で追い込んだ。
「ストライーク、バッターアウト!」
 三者連続三球三振。どうだ!
 僕は意気揚々とベンチに戻った。
「ナイスピッチング!」
「いいぞ、マサト!」
 仲間たちから喝采が飛ぶ。
「いいボールだったぜ。」
 ヨウスケが右手を高く上げた。
「お、おう!」
 パスッ!
 右手と左手のハイタッチは、うまく噛み合わなかった。
「野球はうまくても、ハイタッチは下手だな。」
 ヨウスケが笑った。
 攻撃は初回から打棒が爆発した。いつもは僕の球に空振りばかりのみんなが、別人のように打ちまくった。特にヨウスケは初球をレフトスタンドに叩き込み、さすがのパワーを見せつけた。
「マサト、打順だぞ!」
 初回から9番の僕にまで打順が回ってきた。
「思い切っていけ!」
 ベンチからくるアドバイスは、ピッチングでもバッティングでも変わらない。いつも通り僕は三遊間に流し打ち。三塁からランナーを迎い入れた。その後も攻撃は止まず、初回だけで一気に10点も取った。
「いいぞ、ベアーズ!」
 スタンドの母親たちも大騒ぎである。
 ピッチングの方も、最初の緊張はどこかに吹き飛んだ。攻撃の時の勢いそのままに、ヨウスケのミットに球を投げ続けた。
「ストライーク、バッターアウト!」
 審判のコールが小気味よかった。僕は次々とバッターを打ち取り、あっという間にその回を終えた。
「絶対に油断するな。コールドにするぞ。」
 垣内監督の檄にこたえ、僕たちはさらに得点を重ねていった。ヨウスケは2打席連続ホームラン、ヒロキさえ右中間に二塁打を放った。ベース上で誇らしげにガッツポーツをするヒロキは、いつもの泣き虫とはまるで別人だった。
「この回を抑えたらコールドだぞ!」
 僕たちは2回までに大量18点をあげていた。3回のマウンドに上った僕は、このまま試合が終わってしまうのが惜しいくらいだった。
「ストライーク、バッターアウト!」
 3回コールド!僕はほとんど三振で、ヒットを打たれなかった。
「ゲームセット!」
「ありがとうございました。」
 向かい合って挨拶を交わした時には、ドルフィンズの選手たちがやたらと小さく見えた。
「あの左利きのやつ、すげーな。」
「プロになれるんじゃね。」
 ひそひそ話しているのが、耳に入った。
 僕は宮城県の中でも、トップクラスかもしれない。そんな小さなプライドが芽生え始めたのもこの頃だった。

 二回戦と三回戦はそれぞれ準々決勝と準決勝に当たり、翌日にダブルヘッダーで行われた。
 二回戦の多賀城ヤングスターズ戦は、初戦ほど楽勝とはいかなかった。特に初回はヨウスケに回る前に三者凡退で終わってしまい、ベンチに少なからず動揺が走った。
「守りからリズムを作るんだ。」
 垣内監督の期待にこたえ、僕も三者凡退に打ち取ると、次の回にヨウスケがやってくれた。レフトオーバーのツーベース。それを皮切りに3得点を上げた。
 しかし、その後は試合は膠着状態。ヤングスターズのピッチャーもなかなかのもので、時々ヒットは打たれはするものの、後続を許さなかった。僕は三者凡退を重ねていったが、三回を過ぎたあたりから疲れを感じてきた。四回になると、相手バッターのタイミングが合ってきているのが自分でもわかった。そして、五回もツーアウトというところで、この大会初めてヒットを打たれてしまった。
「あんなまぐれヒット、気にすることはない。」
 マウンドに内野手が集まった。
「だが、マサトのスピードが落ち始めていることも事実だ。」
 マウンドで語るヨウスケは、監督のように頼もしかった。
「これまでは振り遅れているのをいいことに、真ん中ばかりに投げていた。だが、これからはあれを使おう。わかるな?」
「もちろんだ。」
 クロスファイアの威力は、思っていた以上だった。スピードは落ちているはずなのに、次の打者を三球三振に仕留めることができた。しかも、全てクロスファイア。
「よし、これで流れが来るぞ!」
 垣内監督の言葉に送られて、僕は6回表の先頭打席に入った。僕はここまでノーヒット。どうしてもタイミングが遅れてしまう。
「ファールボール!」
 いつもどおりの流し打ちで三遊間を狙うも、ファールにしかならない。それで追い込まれて三振してしまうというのが、これまでのパターンだ。
「ファールボール!」
 ほら、やっぱりだ。また追い込まれてしまった。
「思い切っていけ!」
 型通りのアドバイスが飛んでくる。思い切っていけと言われても・・・。待てよ。ここで僕はひらめいた。僕が疲れていると言うとは、相手も疲れているはずだ。遅い球は、思い切って引っ張ったほうがいいかもしれない。
 カキーン!
 乾いた金属音とともに、打球は一二塁間を突破した。あとは、ライトの肩との勝負だ。
「セーフ!」
 間一髪、ライトゴロを免れた。
「いいぞ、マサト!」
 ベンチもスタンドも大騒ぎだ。ヒット一本で、雰囲気ががらりと変わった。それは、次の球で僕が盗塁を決めると、さらに加速した。
「よし、ここで決めるぞ!」
 その勢いで次の打者もセンター前ヒット!二塁いた僕は、一気に三塁を駆け抜けた。
「セーフ!」
 よし、貴重な追加点だ!僕はベンチを飛び出してくれた仲間たち全員と、ハイタッチをした。
 こうなってくると、ピッチングの方も疲れを忘れてくる。どんどんとストライクを投げ込み、たちまちにアウトを重ねた。
 しかも、今の僕はただ速い球を投げるだけのピッチャーではない。クロスファイアがある。この球を投げ始めて気がついたことがある。クロスファイア投げてから、外角に投げるとより有効になるということだ。目一杯投げなくても、コーナーに決めることができれば、空振りを取ることができる。
「ストライーク、バッターアウト!」
 この試合最後の球も、クロスファイアからの外角球だった。
「よし、あと2試合だ!」
 そう言ってヨウスケとハイタッチを交わした。あと2試合とはもちろん準決勝と決勝。僕はすべての試合を投げきるつもりでいた。
「次の試合は、ソウタで行く。」
 それだけに、試合後のミーティングでの垣内監督の言葉には驚いた。
「マサトはここまで素晴らしいピッチングを続けているが、さすがに疲れは否めない。特に次の試合はダブルヘッダーになる。感じている以上に疲れが肩にきているはずだ。」
 監督の話を聞きながら、「そんなことはありません」という言葉が出そうになった。
「幸いにしてソウタは、これまでの大会での経験がある。スピードではマサトのほうが上だが、こういうものは経験も大事だ。ソウタなら十分にやってくれると思う。」
 僕はソウタの方を見た。その背番号10は、今大会の出番はまだ一度もない。
「明日の決勝は、今日のソウタのピッチングを見てからだ。ソウタとマサト、どちらか調子の良さそうな方を投げさせる。」
 「何を言っているんだ」と僕は思った。ここまで2試合で打たれたヒットは1本だけ。全て0点に抑えているんだから、僕のほうが上に決まっているじゃないか。

 ベンチから見る試合は、なんとも言えずつまらなかった。
「ソウタ、がんばれ〜!」
 口ではそう言いながら、よこしまな気持ちを抑えることができなかった。「打たれてしまえばいいのに。そしたら、僕がマウンドに上がることができる。」
 だが、ソウタは順調にアウトを重ねていってしまった。確かに、スピードこそないが、不思議ボールが芯に当たらない。みんなボテボテのショートゴロやサードゴロに倒れてしまう。
「いいぞ、ソウタ。お前らしさが出てるぞ。」
 そんな監督の言葉にも、どこかムッとした。僕だったら、全部三振なのに。
 試合は一進一退だった。ヨウスケのタイムリーヒットなどでベアーズが先制すれば、相手もスクイズで同点に追いつく。ベアーズが勝ち越したかと思えば、裏の攻撃で相手も食らいつく。どちらに主導権があるとも言えないまま、試合は最終回の表の攻撃まで進んだ。
「マサト、代走だ。」
 ようやく僕の出番が来たと思ったら、それは代走だった。ツーアウトランナー二塁。ヒット一本で勝ち越しという場面だが、打席のヒロキはここまでノーヒット。相手ピッチャーに対して、見るからにタイミングが合っていない。
「ここは、俺の盗塁で相手を撹乱だな。」
 セカンドベース上の僕は、そんな事を考えていた。しかし、垣内監督のサインは「打て」。何を言っているんだ、ヒロキが打てるわけ無いだろ。
 案の定、初球を叩いたヒロキの打球はボテボテと力なくサード前に転がった。
「走れ〜!」
 サードベースに向かう僕は、打球の行方を見ていた。今にも止まりそうな打球を、サードだけではなく、ピッチャーもキャッチャーも追いかけていく。ボールを取ったのは、ピッチャーだった。彼は、体を反転させると、急いでボールを投げた。
「これは低めにそれるぞ!」
 そう思ったのと、ほぼ同時だった。
「行け、走れ〜!」
 サードコーチャーの叫び声で気がついた。ホームベースはがら空きだった。
「セーフ!」
 先に判定が下ったのは、一塁だった。一塁手はショートバウンドをうまく処理できず、ボールを前に落としている。その時には、僕はもうホーム直前まで来ていた。
「セーフ!」
 そのままホームを駆け抜けた。勝ち越しだ!
「やったー!」
 ホームベース上でガッツポーツをする僕を、ベンチもスタンドも大騒ぎで迎えた。
「よし、これで裏の攻撃を押さえれば、勝てるぞ!」
 しかし、そう簡単はいかなかった。最終回のマウンドに上ったソウタの球はどれも上ずり、たちまちノーアウト二三塁のピンチを迎えた。
 垣内監督からの伝令に、マウンドに集まった内野手が耳を傾けている。レフトの守備についた僕は、ただその様子を不服そうに見るしかなかった。決勝でキングスに勝つことが目標だったんだろ。このままじゃ、対戦する前に負けちゃうよ。
 マウンドの輪がとけた。垣内監督がどんな言葉を伝えたのかわからないが、ソウタは続投のようだ。
「さー、こい!」
 僕は、レフトから気合を入れた。
 だが、ソウタのピッチングは立ち直りの気配がない。どうしても高めに外れてしまうものだから、スピードを抑えて力のない球を真ん中に置きにいく。これは危ないぞ、と思った瞬間だった。
 カキーン。
 鋭いライナーがレフトに飛んできた。
 これはヒットになるぞ。
 そう思って僕は身構えた。地面スレスレのライナー。これはワンバンドで抑えるしかない。
 いや。いけるかもしれない。
 一瞬迷った末に、前に突っ込んだ。なんとかして、同点は阻止したい。そんな気持ちが体を動かした。
 あと2メートル。あと1メートル。よし、飛び込め!
 バシッ!
 前に倒れ込んだ瞬間は目を閉じたままだった。ただ、グラブから左手に伝わるボールの衝撃と乾いた音だけを感じた。
「バックホームだ!」
 ヨウスケから大きな声がした。サードランナーがタッチアップしている。
 僕は急いで立ち上がった。前進して捕球をした場所はショートのすぐ後ろ。この距離なら絶対に行ける。
 えい!
 ノーバウンドでキャッチャーミットに収まった。
「アウト!」
 ダブルプレー成立だ。
「ナイスプレー!」
 両手でガッツポーツを決めるソウタに、僕も左手を上げてこたえた。
 これでツーアウト。ここまでくれば、もう安心。と思いきや、一度乱れたソウタのピッチングはなかなか元に戻らない。再び球が上ずり、ストレートのフォアボールを出してしまった。
「ツーアウト、一二塁。これはまずいぞ・・・。」
 そうレフトでつぶやいた時だった。
「マサト、お前が投げろ!」
 ベンチの垣内監督からの言葉に驚いた。この局面で、ピッチャー交代!?待ち望んではいたが、まさかこんなところで・・・。
「よし、俺がエースだ。決めてやる。」
 気合を入れ直して、マウンドに駆けていった。
「こういう時のために、マサトをとっておいた。同点まではいい。相手にはピッチャーが一人しかいないから、延長になればベアーズが有利だ。」
 垣内監督からの言葉を伝令が伝えた。
「延長になどさせるか。俺がここで決めてやるんだ。」
 バッターと対峙した時には、前の試合の疲れなど忘れていた。視界に入るのは、ただヨウスケのミットだけ。ベンチやスタンドからの声や、ランナーの動きさえ気にならない。
「どうだ!」
 渾身の力を込めて投じた一球は、まっすぐにヨウスケのミットに収まった。
「ストライーク!」
 どんなもんだ。バッターはビビってても出してこない。
「ストライーク、ツー!」
 今度は空振りだった。全くタイミングが合っていない。
「よし、今度で決めてやる。」
 そう思って、右足を強く踏み込んだ時だった。
「ゴー!」
 一塁コーチャーの叫ぶ声が聞こえた。視界の端に二塁に向かって走り出すランナーが見える。背中の二塁ランナーも盗塁を狙っているに違いない。
「しまった。」
 そう思った瞬間、手元が狂った。高く外れたボールはヨウスケがジャンプして抑えたが、ランナーはゆうゆう次の塁に進んでしまった。
「ランナーは気にするな。バッターに集中しろ。」
 ランナーは二三塁になったが、ツーアウトであることには変わらない。しかも、ツーストライク。ヨウスケの言う通り、次の一球に集中するだけなんだ。あと一球。ストライクを取れば勝ちなんだ。
 だが、相手の奇策は続いた。投球モーションに入った瞬間、今度はバントの構えをしてきたのだ。
「えっ、スクイズ!?」
「ボール!」
 今度は低めに外れた。ショートバウンドをヨウスケが体で止めた。途中まで出かかったランナーは、慌てて帰塁した。
 ツーアウトからスクイズなんてあるんだろうか?いや、警戒していないから、決まりやすいのかもしれない。
「ワイルドピッチもあるぞ!」
 相手ベンチからの言葉に、余計混乱した。確かに、ワイルドピッチは怖い。バッター勝負ということで、今はセカンドに誰もついていない。大きくリードしたセカンドランナーまで一気に生還ということもありうる。もしそうなったら・・・。
 悪い考えは止まらない。気持ちを落ち着けようと垣内監督の方を見た。だが、監督は腕組みをしたまま動かない。
「どうしたらいい?」
 すがる思いでヨウスケを見た。ヨウスケはすでにミットを構えている。内角真ん中。体は半分バッターに隠れている。
「そうか、わかった。自分を信じろということなんだな。」
 右足を踏み込んだ瞬間、バントの構えをした。三塁ランナーも走り出しているのかもしれない。だが、そんなことは関係ない。今はただ、自分を信じるだけだ。
「ストライーク、バッターアウト!」
 完璧なクロスファイアだった。バットを引いたバッターは尻餅をついて倒れている。
「ゲームセット!」
「やったー!」
 マウンドにみんなが集まった。
「いいぞ、マサト!」
「ナイス、ピッチ!」
 僕はチームメイト一人ひとりとハイタッチを交わした。その中には途中をマウンドを降りたソウタもいた。
「ありがとう、マサト。すごいピッチングだったよ。」
 やっぱり僕がエースなんだ。それを証明することができた。僕の心はちょっとした有頂天だった。

「このあとキングスの試合だぞ。見ていかないか?大野が投げるらしいよ。」
 短いミーティングのあと、僕たちは解散になった。「しっかり休んで明日に備えろ」というのが垣内監督の指示だった。
「でもな・・・。」
 渋る僕をヒロキが引っ張った。
「大野はすごいんだぜ。お前は見たことないだろ。」
 大野真司。パンフレットで名前を見ただけだが、すごいということは知っている。なにせ、夏の大会でベアーズをノーヒットノーランに抑えたんだから。
「お前よりすごいかもよ。」
「・・・。少しだけ、見てやろうか・・・。」
 始めてみた大野はスタンドから遠目で見ても、ひと目でそれと分かる存在感だった。身長がずば抜けて大きいわけではない。ヨウスケのような大きな体を持っているわけでもない。だが、ユニフォームの上からでもわかる、どっしりとした安定した下半身、体感の強さを感じさせるピンと伸びた背筋は、子供ながらに独特の雰囲気を感じさせるものがあった。
「頑張っていこうぜ〜!」
 マウンドの上からみんなに向かって声をかける。日に焼けた顔からきれいな白い歯が見えた。
「やっぱ、かっこいいな〜、あいつ。」
 ヒロキがつぶやく。
「何言ってるんだ。あいつは敵だぞ。」
 とは言え、僕も彼の一つ一つのプレーに目が放せなかった。まず、投球フォームがきれいだった。振りかぶってから左足を大きく上げ、右腕を振り下ろすまで、流れるような動作には何一つ無駄なところがない。力んでいるようには見えないのに、放たれるボールは糸をひくように真っ直ぐにキャッチャーミットに吸い込まれていく。
「ストライーク、バッターアウト!」
 一瞬だった。相手に何もさせないまま、相手チームの攻撃を三者凡退に抑えた。大野は涼しい顔をしてベンチに帰っていく。
「やっぱ、すげ〜な。」
 アイドルでも見るかのようである。
「別に普通だろ。」
 無関心を装う僕も、視線だけは大野真司を負い続けていた。ベンチの中でも、常に仲間に囲まれている。きれいな白い歯を見せ、一人ひとりと力強くハイタッチしている。
「カリスマだな。」
「カリスマって、そういう意味じゃねえよ。」
 必死に大野の実力を否定しようとしても、グランドでの彼の輝きは高まるばかりだった。
「あいつ、四番なのか!?」
 驚いたのはピッチングだけじゃなかった。大野はバッティングでもチームの中心だった。ランナーを二塁に置いて迎えた第一打席で、あわやホームランかという打球をレフト線にはなった。
「難しい球だったよな。」
「そうか・・・?」
「内角ギリギリのいい球だったよ。」
「別に普通だろ。」
 僕が適当に会話をかわそうとしても、ヒロキの興奮は止まらない。
「まるで、プロの選手みたいだったよ。腕をうまくたたんでさ。あんな事ができる小学生なんて、まずいないよ。普通はインコースギリギリの球なんて、打てやしないよ。」
「お前、さっきからうるさいな。大野は敵なんだぞ。そんなにビビってどうするんだよ。」
「別にビビってはいないよ。ただ、単純にすごいなって。だって、明日対戦するんだぞ。どうやって抑えるんだよ。」
「どうやってって・・・。別に、いつも通りだよ。普通に投げれば大丈夫だよ。」
「普通にって。確かに、マサトの球は速いよ。それにクロフファイアを投げれば、波のバッターは打てないと思うよ。でも、今の内角打ちを見ただろう。たとえうまくクロスファイアが決まったとしても・・・。」
「うっせーな!」
 ついに大声を上げて立ち上がってしまった。
「投げるのは俺なんだから、お前には関係ないだろ!」
 半ベソをかいているヒロキをおいて、グラウンドをあとにした。
 宮城県ナンバーワンリトルリーガーは自分だ。芽生え始めた小さなプライドを大野に折られるわけにはいかなかった。
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