第18話

文字数 8,279文字

 僕がそのニュースを知ったのは、世間よりもかなり遅かった。その日は昼からの出社が許されていて、僕はギリギリまで寝ていた。その間にもテレビやラジオではこのニュースで持ち切りだったはずだ。
 ベッドから飛び起き、慌てて身支度をし、速歩きで駅まで急ぐ。いつもと同じようにキオスクに並べられた新聞を眺める。僕にとっては入社以来繰り返している、平凡な一日の始まりだった。新聞の一面が、すべて同じだったことを除いては。
 女優、藤沢奈々、水死体にて発見される。
 スポーツ紙の大きな見出しを見たときは、自分でも驚くほど冷静だった。
 そうか、藤沢が死んだのか。
 電車に揺られながら、目に焼き付いた一面の見出しを思い返した。
 水死体ということは、殺されたんだな。あの麻薬の密売人と同じように、ヤクザの手にかけられて、運河に捨てられてしまったんだろう。
 宮地刑事が現場に立ち会ったのかな。見たくないと言っていた水死体を見る羽目になったのかな。ブクブクに膨れ上がり、年齢も性別もわからなくなったような遺体を。
 仕事上だけの短い付き合いだったけど、若くてきれいな人だったことは間違いない。散々怒られ、嫌味もたくさん言われたけど、そんな顔もまた美人だったな。
 でも、もうその顔も見られないんだな。
 地下鉄に乗り換えるところまでは冷静だった。
 ラッシュ時を過ぎたとはいえ、東京の地下鉄には座れる席がない。僕は扉の近くに立ち、窓の方を見てた。
 地下鉄の真っ暗な窓。そこに映るのは反射した自分の顔。
 あれ、俺、泣いてるぞ。
 悲しくないのに、何故泣いてるんだ。
 僕は慌てて袖で涙を拭った。拭いても拭いても涙が溢れてくる。どうしたんだ。なんで悲しくないのに泣いてるんだ。
 ついに僕は途中で降りて、駅のトイレに駆け込んだ。
 個室にこもって、散々泣いた。嗚咽を止められない。多分隣の個室にも響いているだろう。こんなに泣いたのは大人になってから初めてだ。声を上げて泣く自分は、まるであのときの藤沢のようだ。
 藤沢は自分の運命についてなにか知っていたのだろうか。僕はその運命を変えること出来たのだろうか。
 出来た。
 僕なら出来た。
 出来たのに、やらなかった。
 救えたのに、救わなかった。
 そうだ、僕のせいで藤沢は死んだんだ。
 ようやく現実を理解できた。僕は一層大きな声で泣いた。子供の頃だってこんな大きな声でなんか、泣いたことないはずだ。隣の個室どころか、駅中に鳴き声が響くくらいだ。
 泣いた、泣いた。
 ひたすら泣いた。
 泣いた、泣いた。
 ひたすら泣いた。
 涙が枯れる頃には、何時になっていたかわからない。昼過ぎか、夕方か、もしかしたら外はもう暗いのかもしれない。
 ブーーー、ブーーー、ブーーー、・・・。
 さっきから、携帯が鳴りっぱなしだ。成田さんか、島田さんだろう。
 ブーーー、ブーーー、ブーーー、・・・。
 きっと会社に来ないことを怒ってるんだろう。
 ブーーー、ブーーー、ブーーー、・・・。
 きっと藤沢の件で局は大混乱しているに違いない。あのテレビドラマはどうするんだ、スポンサーとの契約はどうなるんだ。
 ブーーー、ブーーー、ブーーー、・・・。
 僕さえ勇気を出していれば、もっと穏便な形で終われたのかもしれない。たとえ仕事に支障が出ても、それは人命には代えられない。
 ブーーー、ブーーー、ブーーー、・・・。
 やがて留守番電話に変わった。電話の主は島田さんだった。
「おい、武田。もしかして、一人で責任感じているのか。バカだな。お前一人で何が出来たんだ。タレントが死んだ。それだけだよ。お前が思ってるほど大事じゃない。別に藤沢だけがタレントじゃないんだ。代わりはいくらでもいる。裏でくすぶっていた別のタレントがその枠にハマるだけだ。現にドラマの代役は事務所の後輩に決まった。お前がいじけている間にも、世の中ちゃんと動いてるんだよ・・・。」
「島田さん・・・。」
「何だ、いるなら電話に出ろよ。」
「俺、会社、辞めます。」


実況:ラジオトーキョー、エキサイティングナイター。本日は、東京ドームから今シーズン最終戦、巨人スワローズ戦をお送りいたします。本日の解説は、おなじみ黄金の右腕を持つ男、通算220セーブの笹沢健一さんです。笹沢さん、よろしくおねがいします。
解説:はい、こちらこそよろしく。
実況:早いもので、今シーズンも今日が最後。この試合の見所はズバリなんですか?
解説:大野のピッチングと言うしかないでしょう。優勝も決まってしまったし、後は個人成績しかないですよね。大野も大卒2年目だし、そろそろ結果を出さないと。いつまでもゴールデンルーキーと言われて、チヤホヤされると思ってはいけません。
実況:同学年のギルバートはすでに球界を代表するピッチャーにまで成長しました。来年にはメジャー挑戦も噂されています。
解説:いや、一緒にしてはいけません。ギルバートは立派なプロ野球選手ですよ。でも、大野は まだ本当の意味でプロとは言えない。まだ、結果を出していませんもの。過去の話題性だけじゃ、飯は食えませんよ。
実況:それは失礼しました。それでは、大野が本当の意味でプロになれるのか。真価が問われる一戦になります。
 ・・・・・・・・・
実況:1回の裏ジャイアンツの攻撃。マウンド上には真価が問われるゴールデンルーキー、大野真司。今シーズン4回目の先発です。ここまでの3試合はいずれも負け投手。序盤に打ち込まれ、早い回にマウンドを降りるという試合が続いております。
解説:どうしても球が軽いんですよね。少しでも甘く入るとどうしても一発を打たれる。それを避けようとして、きわどいところばかりを狙う。ボールが先行する。ストライクを取りに行く、一発を打たれる。この悪循環ですね。
実況:それを乗り越えるためには、まず何が必要でしょう?
ストレートの質を高めるしかないでしょうね。変化球はまずまず使える。特にスライダーはいいキレをしている。でも、それもストレートありきですよね。良いストレートがなければ変化球も生きない。
実況:スピードガンの数字は結構出てますけどね。
解説:確かに150キロ台を出すこともあります。でも、球速表示なんて基準の一つでしかありませんよ。大事なのはボールの質。打者の手元で威力が落ちるようでは意味がありませんよ。
実況:さあ、その大野。振りかぶって第1球を投げました。
解説:あっ!
実況:いったーーー!!初球をとらえた球はそのままライトスタンドに一直線!!先頭打者ホームランで、巨人が先制です。
解説:言ったとおりでしょう。ストレートを狙われたんですよ。大野のストレートは飛びやすい。きっとミーティングでも話があったんだと思いますよ。
 ・・・・・・・・・
実況:一回の裏はホームランの後フォアボールでランナーを出すも、なんとかその後は失点なく乗り切った大野。この回に立ち直りのきっかけを掴むことができるか。
解説:フォアボールを出したところが気になりますよね。勝負を避けていると言うか、怖がっていると言うか・・・。アマチュアではほとんど打たれてことがなかったから、打たれることになれてないんでしょうね。
実況:さあ、その大野の2回のマウンド。先頭はキャッチャーの阿部からです。振りかぶって第1球を投げました。・・・ボール。
解説:これですね。コントロールが悪いわけじゃない。慎重になる場面でもない。もっと思い切っていってほしいですね。
実況:2球目を投げました。・・・これもボール。
解説:これですね。どうしても逃げているように見えてしまう。
 ・・・・・・・・・
実況:さあ、大野、大変な場面を迎えてしまいました。フォアボール2つとヒットでノーアウト満塁。迎えるは第一打席に先頭打者ホームランの清水です。
解説:ここはもう開き直るしかないですね。思い切って腕を振って、当たって砕けろじゃないですけど。
実況:開き直ってピンチを乗り切れば、何かを掴むきっかけになるかもしれません。
解説:そう願いたいところですけど。
実況:さあ、サインが決まり、セットポジションから、投げました。
解説:あっ!
実況:いったーーー!!まるでさっきのリプレイを見るようだ。初球をとらえた球はライトスタンド中断に刺さる今シーズン第9号満塁ホームラン!
解説:思い切って言ってほしいとは言いましたが、あまりに正直すぎましたね。ど真ん中のストレート。さすがにプロは見逃してくれませんよ。
実況:あ〜、若林監督が出ましたね。ピッチャー交代です。大野、2回途中でノックアウト。プロ初勝利は今日もお預けです。
解説:来年に期待と言いたいところですがね。今日のピッチングでは、あまりに不甲斐ないですね。
実況:来年に向けて何を変える必要がありますか?
解説:根本的にですね。学生時代の栄光は全て捨てて、一からピッチングを見直す必要がありますね。


 ブーーー、ブーーー、ブーーー、・・・。
 マサト、あんた、会社をやめたんだって!?これからどうするの?ちゃんと連絡しなさい。

 ブーーー、ブーーー、ブーーー、・・・。
 ねえ、就職活動はちゃんとしてるの?まだ若いんだから、早めに始めればなんとかなるわよ。

 ブーーー、ブーーー、ブーーー、・・・。
 お金はないんでしょ?振り込んでおいたから、大事に使いなさい。

 ブーーー、ブーーー、ブーーー、・・・。
 仕事もしないのにいつまで東京にいるつもり?いいから、名古屋に帰ってきなさい。

 ブーーー、ブーーー、ブーーー、・・・。
 ねえ、お母さんもお父さんと一緒に携帯電話を買ってみたの。掛ける相手はマサトしかいないんだけど。ねえ、これちゃんとマサトの電話につながってるわよね?

 ブーーー、ブーーー、ブーーー、・・・。
 ねえ、大変。近鉄バファローズがなくなっちゃうんだって。セ・リーグもパ・リーグもなくなって、一つになっちゃうんだって。

 ブーーー、ブーーー、ブーーー、・・・。
 近鉄バファローズはなくなるけど、新しい球団が一つできるらしいわよ。まだどこになる変わらないけど、仙台にできると面白いわね。お母さんも応援に行こうかしら。

 ブーーー、ブーーー、ブーーー、・・・。
 イーグルスが球団職員を募集してるんだって。就職、まだ決まってないんでしょ。ダメ元で受けてみたら?マサトは仙台出身と言えるんだし、野球もやってたんだし、ピッタリじゃない。

 ブーーー、ブーーー、ブーーー、・・・。
 イーグルスの募集要項を調べてみようと思ったんだけど、今どきは全部インターネットじゃなきゃ出来ないのね。もう、お母さんはついていけなそう。マサトなら若いから大丈夫よね。

氏名:武田雅人
最終学歴:名古屋大学文学部
職歴:朝日放送バラエティ制作部
希望職種:マーケティング、広報、雑用、何でもやります。
志望動機:中学まで仙台で野球をしていましたが、周りのすすめに従い野球をやめて進学校に進みました。その選択が正しかったかどうかわかりません。ただ、いつも心のなかに野球をやりきれなかった後悔を抱えたまま生きてきたことは間違いありません。一方、中学の同級生の大野真司投手は私と同じくらいの学力がありながら、野球の道を選びました。そして、志を貫徹させ、今やプロとしてのキャリアを始めています。あのとき燃やし尽くせなかった情熱をもう一度仙台後で燃やしたいと思い、貴社への転職を希望しました。


 何年かぶりの宮城球場は、あの頃の面影がほとんどなくなっていた。白いコンクリートの打ちっぱなしで殺風景だった正面玄関は、球団のイメージからであるクリムゾンリッドを基調とした楽しげなテーマパークの入り口に変わっていた。
「これは改修というより、建て替えに近いな。」
 僕が案内されたのは、球場の中が一望できる社長室だった。内外野にきれいに張り巡らされた人工芝、両翼に大きく増設された外野席、レフトスタンドの向こうに見える観覧車。僕たちが中学の頃しのぎを削った宮城球場は、完全にプロ仕様のイーグルパークに生まれ変わっていた。
「やあ、待たせたね。」
 そう言って颯爽と現れたのが、社長の植草さんだった。
「君の履歴書見させてもらったよ。なかなか面白いね。感動したよ。君の情熱を燃やすなら、ウチがぴったりなんじゃないかな。」
 新卒のときにいくつもの会社の面接を受けてきたが、植草さんはそのどの面接官とも違っていた。いきなり社長が出てくるというのも異例だが、見た目からして違っていた。年齢は40代前半くらいで若く、スーツすら着ていなかった。ジーパンに白シャツ、もちろんネクタイはない。
 違っていたのは見た目だけじゃない。形式張った質問なしに、いきなり自分を語りだした。
「僕なんかも、君と一緒で新卒で入ったところをすぐに辞めちゃったんだよ。仲間と一緒に会社を立ち上げてね。人材派遣の会社。ベンチャーといえば聞こえがいいけど、中身は超アナログ。猛烈な営業活動で、なんとか軌道に載せたって感じ。文字通り朝から晩まで一日20時間くらい働いてね。よく過労死しなかったと自分でも思うくらいだよ。」
 そう言うと一人でケタケタ笑い出した。それくらいならAD時代にやらされたことがあるなと思いつつ、愛想笑いで相づちを打った。
「10年くらい死ぬ気で働いて、そしたら、会社もある程度成長して、僕自身も一財産築いたし、若い人も成長してきたし、自分なんかがいつまでもここにいるのも何だなって思って辞めたんだよね。自分が共同創設者の会社をね。そこからは、ビジネスの一戦を離れて”良い父親”をやっていたよ。僕自身あまり両親に恵まれなかったからね。お金も時間もあるし、家族としてそれなりに幸せな時間を過ごしていたよ。でもね、なにかが足りない。何かわかるか?」
 植草さんの目がキラリと光った。
「情熱ですか?」
「さすが、君ならわかってくれると思ったよ。あの頃は猛烈にストレスを抱えながら、心も体もぼろぼろになりながら働いていた。僕は貧乏な家系だったからね、ここから抜け出して勝ち組になってやるんだって。でも、あれだけ嫌がっていた生活も離れてみると妙に恋しくなってね。もう一度勝負してみたいなって気持ちになったんだよ。」
「その気持ち、わかるような気がします。」
「だろ〜。そんなときたまたま新球団ができるってことになってね。僕なんか、君より早く小学生の時に才能に見切りをつけた口だからね。そんなに野球が好きなわけじゃなかったんだけど、不思議な縁でオーナーから声をかけられてね。本当に不思議だよ。オーナーとは前職時代に何度かパーティーであったことがあるくらいだったんだけどね。なんでか知らないけど、お前に頼むって言われて。野球も知らないし、スポーツチームを経営したこともないけど、これなら情熱を持てると思って、二つ返事でオーケーしちゃったよ。」
「そ、そうですか・・・。」
 植草さんはとてもパワフルに話す。パワフルと言ってもただ声が大きいだけじゃない。そういうタイプは芸能人にもいくらでもいた。近くにいるものを圧倒するような、内側からあふれるエナジーを感じる。
「君にどんなことをやってもらうかはまだ決めてないけどね、どんなことをやるにしても、一つだけ忘れないでもらいたいことがある。それは、ウチは経営集団だってことだよ。会社なんだから経営をするのは当たり前のように聞こえるかもしれないけど、結構すごいことなんだよ。なにせプロ野球には経営という概念がなかったんだから。親会社の広告になればいい、赤字が出てもそれは必要経費って感じでね。でも、イーグルスは違うよ。経営集団だ。黒字を出さなきゃ意味がない。でも、それは極めて困難なミッションだ。生まれたばかりの話題性しかないパ・リーグの球団が、セ・リーグ球団でもなし得ない黒字経営なんてどうやったらいいか?君ならどうする?」
「そうですね・・・。」
 君ならどうすると言われても、これだけ立て続けに情報を入れられては簡単には処理ができない。セ・リーグやパ・リーグの球団経営の違いの前に、僕はもう入社が決定なのか。もう内定が前提のような話しぶりだぞ。
 だが、植草さんは僕の頭が整理する前に、そして僕の回答を待つ前に、せっかちにまた話し出してしまった。
「これは、むしろパ・リーグだからできることだよ。セ・リーグじゃダメ。巨人戦の放映権料頼みの経営しかしてこなかったセ・リーグに、イノベーションを起こせる土壌は備わっていないよ。これからはテレビじゃないよ。そう思って君も飛び出してきたんだろ。そう、インターネットで中継するんだ。既得権益ばかりのテレビ放送なんかに頼る必要はない。自分たちの力でビジネスを切り開けるんだ。でも、だからといって単純にインターネットだけで全てが解決できるとも思わない。大切なのは、ネットとリアル、その2つの融合なんだ。これができるのはパ・リーグのしかも過去のしがらみのないうちしかない。君はエンターテイメント畑の人間だろ。そんな人材はウチにぴったりだよ。うちのライバルは他球団じゃない。エンターテイメント業界全体だ。例えば映画。今は映画館に行くかレンタルビデオ屋でDVDを借りるかが主体だが、これからはパソコンが主体になるぞ。なんでもインターネット経由で見るのが当たり前になるんだ。もしかしたら、携帯電話でも見れるようになるかもしれない。野球と一緒だ。そうすると、ユーザーは同じくらいの可処分時間があったら、パソコンで野球を見るか映画を見るかの選択になるわけだ。そして、どこか出かけるだけの時間があれば、球場に行くか映画館に行くかの選択になるわけだ。だから、イーグルス球団としては、スピルバーグやルーカス以上のエンターテイメントを生み出さなければならない。そう考えると、野球の強みはネットよりもむしろリアルにあると言えるな。映画よりは確実にリアルに選手に近づける。地域が一体となって勝利を喜べる経験がそこにはある。その強みを活かせば、絶対に最強のエンターテイメントになれる。こんな事考えている球団は他にはないぞ。イーグルスから野球が変わるぞ。これからは野球が変われば世界は変わる。僕たちが変えれると思えば、ワクワクしないか。」
「は、はい・・・。」
 植草さんのパワーは、時として豪快さに変わる。いや、強引と言ったほうがいいだろうか。いつの間にか内定が決まっているように、いつの間にか僕がエンターテイメントの専門家になっている。一年と持たなかった身には「エンターテイメント畑」の称号はあまりに大げさだが、人をその気にさせるのはこの人の天性なのだろう。
「おっと、僕ばっかりが喋っても意味ないよな。君のビジョンも聞かせてくれてよ。エンターテイメント業界出身のものとして、今後のプロ野球のあるべき姿について、どういう考えを持っていんだ?」
「そうですね。それは、アジア戦略だと思います。」
「ほう、それは興味深い。」
「世界規模のマーケットで考えれば、野球はサッカーには遠く及ばないかもしれません。しかし、東アジアや北中米では、確かに野球文化は根付いています。北中米はすでにMLBが席巻しているので、入り込む余地はないかもしれませんが、東アジアなら話は別です。特に中国はマーケットとして魅力的だと思います。着実に経済力をつけてきた中国は、今後スポーツにも力を入れてくるはずです。」
「・・・。」
 しまった。つい植草さんに乗せられて大きな話をしてしまった。だが、そんな夢物語にも植草さんは至って真面目だ。
「すごいな、僕と考えが一緒だよ。これからは地元を大切にするローカルな心と世界を見つめるグローバルな視点が重要になっていくる。グローカルってやつだよ。一緒にそれを目指していこうな。」
 そう大声で笑いながら、右手を差し出してきた。握るその手も、とてもパワフルだった。

 ブーーー、ブーーー、ブーーー、・・・。
 お母さん、僕だけど。就職先、決まったよ。仙台に帰ってイーグルスの職員になることになったんだ。この間社長と面接をして。とても面白い人だよ。バカみたいにポジティブな人でね。もしかしたら、本当にバカなのかもしれないけど。でも、バカになることも時には必要だよね。この人の下なら、僕ももう一度バカみたいに何かに夢中になれそうな気がするんだ。
 お母さん。ずっと電話くれてありがとね。ちゃんと聞いていたよ。これからは心配をかけずに生きていけそうだよ。
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