(十七)五日目・シティの買い物

文字数 1,478文字

 朝、集落の広場の井戸へと水汲みにゆくチポを手伝った。頭の五倍はある甕を頭に載せて水を運ぶのである。その後ランチを済ませ、午後からはシティへと買い物に出掛けた。ミサの車は使わず、チポたちの普段通りの手段つまり徒歩で。しかもチポとふたりだけでなく、珍しくカポも一緒に行くと言う。
 収穫したトウモロコシといもを藁の袋に詰め、それをシティの市場に持ってゆく。小売店に買ってもらう為である。これで初めてエンデ家は、お金を手に入れる。そしてそのお金で、市場で必要な物を購入するのである。
 ミサも手伝い各々三人で袋を背負いながら、シティまで約五キロの道を歩いた。カポとチポはいつものことで平気だが、ミサには正直きつかった。何しろ十五キロはある荷物なのだから。
「ミサ、無理しなくていいのよ。あとはわたしが持つから」
 チポに言われたが、ミサは最後までやり通した。少しでもチポたちの役に立ちたかったから。ミサは汗だくになりながら、シャングの夏の大地と風の中を一歩一歩進んだ。そして二時間半掛けて、遂にシティに到着。
 先ず取引先の店に顔を出した。その店先にはシャングで育った野菜が所狭しと並べられていた。カポと店主との威勢の良いグリラ語のやり取りを耳にしつつ、ミサは野菜を見て回った。交渉が済み、エンデ家の本日の売り上げは締めて三百エデン也。現金はカポからチポへと直ぐに手渡された。
 無事資金を手に入れたら、次は買い物。三人で市場を見て回った。食パン、蜂蜜、香辛料、油、髭剃り、石鹸、子どもたちのノートと鉛筆……。蜂蜜はトモロウの木から採れたもの。締めてニ百エデン也。
 これでエンデ家には百エデンの現金が残った訳だが、実はエデン貨幣には使用期限が定められており、一年間。その間に使い切らねばならない。よってグリラ族には、貯金とか遺産という概念はないのである。
 買い物の荷物を抱えて、一足先にカポが帰宅の途に就くと、チポとミサはしばらくシティの街並みを散策した。PFAの事務所に顔を出して挨拶し、チポたちが日頃礼拝するキリスト教の教会にも立ち寄った。教会といっても、民家を改造したもの。それからチポが通ったトピア北中学校。校舎は木造で、日本の昭和初期の学校を彷彿とさせる趣きがあった。
「さ、そろそろ帰りましょうか」
 気付けば既に昼下がり。チポの言葉に、名残惜しそうにミサは頷いた。
 再び長い道のりを歩かねばならない。シティを離れると、直ぐに空と地平線だけの景色になった。やわらかな陽射し、頬に吹くやさしい風に包まれながら、チポと黙々と歩き続けた。
「あと二日ね」
 珍しくチポが寂しげに零した。
「うん」
 ミサもしんみりと答えた。
「ほんと一週間なんて、あっという間なんだから」
 頷きつつミサは、いつまでも何処までもこうしてチポとふたりで歩いていたいと願った。

 家に着くと、もう日暮れ前。子どもたちは元気に帰宅していた。チポを手伝い、夕御飯の支度。エンデ家四人とミサで食卓を囲んだ。
 その後はいつものように、チポとふたりだけでエデンの森へ。アカペラでチポとデュエット。チポの美声に聴き惚れながらも、「あと二日ね」のチポの言葉が甦って、ミサの心を憂鬱にさせた。
 やっぱりこのままこのチポの美しい歌声を、このシャングの村の中だけで埋もれさすなんて、絶対に勿体無い。大袈裟に言えば、人類の大いなる損失なのよ。なんとかしなきゃ。またもミサは、夢想せずにはいられなかった。いっそわたしがマネージャーになって、チポをシンガーとしてデビューさせようかしら。初めは日本で、そしてゆくゆくは世界へと……。
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