(四)チポの夢

文字数 7,672文字

 ドンドコドン、ドンドコドン、ドンドコ、ドンドコ、ドンドコドン……。威勢の良いジャンベが鳴り響く。合わせて、チャッチャカチャ、チャッチャカチャ、チャッチャカ、チャッチャカ、チャッチャカチャ……。マラカスも軽快にリズムを刻む。お次は、ピーヒョロロ、ピーヒョロロ、ピーヒョロ、ピーヒョロ、ピーヒョロピー……。アシスエデン名物、横笛楽器のユートが、野鳥にも負けない澄んだ音色で人々を民族舞踏のダイスへと誘う。民族音楽パラダのオープニングである。
 リズムに乗った集落の大人も子どもも立ち上がり、手を思い切り空に向け、踊り出さずにはいられない。みんなが踊るダイスはちょうど日本の阿波踊りを更にスピードアップさせたふうで、狂ったように絶叫し、くるくると激しく回転しながら踊るのである。
 チポが初めてパラダを聴いたのは、物心付いてまだ間もない四歳の時。隣家の娘さんの婚礼の儀式の時であった。普段は生真面目で大人しい集落の人々がダイスに熱狂する姿に、言い知れぬ違和感を覚えたのをチポは今も忘れることが出来ない。正直なところチポは、ただ騒々しいだけのパラダもダイスも好きにはなれなかった。兎に角みんな何かに取り憑かれたかのように、我を忘れて踊り狂う。何が楽しいのかしら。何処にそんなパワーが潜んでいたのかと驚く程に、人々は時を忘れ、大声で歌い絶叫し、そして踊り明かすのである。収穫祭、ハロウィン、クリスマス、復活祭、結婚式……。
 そして葬儀の時ですら、そうであった。本来なら人の死を悼み、死者との別れに涙し、故人が精霊となって安らかに天国へ赴けるよう、厳かに見送るのが礼儀なのではあるまいか。まだ子どもながらも、そう思うチポであった。なのにシャングの大人たちと来たら、丸で目出度いお祭りか何かの如く陽気に騒ぎ、賑やかに歌い踊り明かすではないか。
 チポは集落のみんなのことが大好きだったけれど、このバカ騒ぎの習慣だけはどうしても好きになれず、パラダとダイスには上手く馴染めずにいた。年々成長し大人に近付いてゆくにつれ、その思いは強くなる一方だった。そんなチポの孤独を慰めてくれたのも、矢張り海野のオルゴール、ララバイ・オブ・シーであった。
 十二歳になったチポは、海野の援助によって無事シャング小学校を卒業した。しかしトウカ家は相変わらず貧しく、加えて今度は弟のタポを小学校に入れなければならない。よってチポの中学への進学など、とても出来そうになかった。そこでアリスが奔走し、タポにPFAペアレントが見付かった。チポへの援助も海野が継続して行い、無事チポは中学に入学することが出来た。
 チポが通う中学は、シティにあるトピア北中学校だった。中学には制服があった。上着もスカートも紫で、襟に二本の白いラインが入り、細長い白のネクタイを締めるセーラー服だった。チポは真新しい制服に身を包み、白いショルダーカバンを下げ、胸弾ませてトピア北中学校に通い始めた。しかし自転車などないチポの家。毎日早朝に起きて集落の他の中学生たちと共にぺちゃくちゃお喋りしながら、五キロの道を延々と約二時間掛け、果てしなく続く緑の農場地帯の中をてくてくと歩いてゆくのである。ただしトラックや車の交通量も多いから、道はちゃんと舗装されていた。
 まだ薄暗い夜明けの地平線から陽が昇るのを眺めながら歩いていると、いつしか頭上には眩しい青空が広がっていた。スコールの時はカバンを大事に胸に抱え、体はびしょ濡れになりながら通学路を急いだ。
 トピア北中学校には立派な校舎があり、シャング小学校の時のように雨風に授業が妨げられることはなかった。集落の同い年の友だちの中には中学に行けず或いは自ら辞退し、親の農作業を手伝い、既に働いている子もいた。だからチポは常に感謝の念を抱きながら、尚一層勉学に励んだ。往復四時間の道も苦にはならなかった。ただ家に帰る時間が遅くなり、その分ララバイ・オブ・シーを聴く時間がめっきりと減ってしまったのも事実である。勉強時間も増えて、ゆっくりとオルゴールなど聴いていられなくなった。それがチポの唯一の不満だった。
 中一の夏、そこでチポは或ることを思い付いた。大好きなララバイ・オブ・シーのメロディをハミングで口遊めばいい、或いは口笛で。そうすれば大切なララバイ・オブ・シーを、常に自らの唇に携えておけるではないか。いつでも好きな時に、思い切り楽しめるではないか。よーし。
 チポは長い通学路の途上や学校の休憩時、時間を見付けてはララバイ・オブ・シーのメロディを口遊んだ。パラダの祭囃子のような賑やかな音楽しか知らず、それまでパラダの歌ばかりを口遊んで来たチポは、甘く切なく繊細でやさしいララバイ・オブ・シーの旋律を口遊む喜びに浸った。
 しかしハミングと口笛だけでは、段々と物足りなくもなって来た。そこでチポは、ララバイ・オブ・シーのメロディに歌詞を付けることを思い立った。自作の詞、自分の思いを言葉にして、思い切り歌うことが出来たなら、どんなに素敵だろう。よーし。その日からチポは瞳を輝かせ、ララバイ・オブ・シーの詞を書くのに夢中になった。それは数日を費やした。
 詞はグリラ語で紡いだ。生まれた時から馴染んでいる言語の方が、自分の気持ちを素直に表現出来ると思ったからである。詞が完成するとチポは先ずエデンの森に行って、ララバイ・オブ・シーの歌をお披露目することにした。しかし、誰に対して。それは森のトモロウの木々に、そして森を吹く風に向かって。
 エデンの森は昼間でも、あまり人が訪れない場所である。小動物がいて野鳥たちがいて、彼らの楽園だった。だからそこへゆけば、必ずひとり切りになれた。そして誰にも遠慮することなく、思いっ切り声を出して歌うことが出来たのである。
 鳥たちの鳴き声と、ハルカ砂漠から吹いて来る風がトモロウの木々の葉を揺らす音の中で、チポはララバイ・オブ・シーの歌詞を口遊んだ。少し緊張しながら歌い出した。だから最初は震える声で、けれど徐々に緊張は解け、まっ直ぐ澄んだ声となって。するとチポを祝福するかのように、眩しい午後の木漏れ陽がチポの全身を包み込み、その頬を、唇を、きらきらと照らした。
 チポは目を閉じて、思い浮かべずにはいられなかった。まだ見ぬ海を、そして耳にしたことのない海の歌を。すべての生命の母なる海への畏敬の念と感謝の気持ちに、その小さなハートを震わせながら。
『いつか限りない
 海の青さとひとつになって
 みんなの涙の海を
 青く青く染め上げよう

 いつか終わらない
 海の調べとひとつになって
 疲れたみんなを
 やさしい眠りへと導こう

 いつかわたしは
 世界中の海になって
 たくさんの子どもたちを産もう
 いつまでもいつまでも
 この大地から
 笑い声が絶えぬよう』
 エデンの森の静寂の中に、チポの歌声が響き渡った。それは丸で妖精か或いは天使の歌声かと疑う程の美声であった。チポの声は森中を震わせた。鳥たちは嫉妬しながら沈黙し、ハルカ砂漠の風は讃えるようにチポの頬を撫でていった。動物たちは木の葉の陰、木の穴の中や木の根元のほら穴の中に身を潜めながらも、この森にどんな女神が降臨したのかと恐る恐る顔を出した。チポは陽が沈むまで時を忘れ、幾度も幾度も繰り返し歌い続けた。
 チポの歌声に包まれたエデンの森は、正にパラダイスだった。チポの歌を子守唄に動物たちは眠り、チポの歌に合わせてハミングするように木々の葉が風にさらさらとさざ波を立て、虫たち、鳥たちは森の中をゆっくりと夢見るように飛び回っていた。透き通ったチポの声はハルカ砂漠にまで届き、荒涼と広がる砂漠の砂たちですら笑みを浮かべ、月の光にきらきらと輝いていた。こうして生きとし生けるものみながうっとりと、また涙しながら、チポの歌を聴いているのだった。
 チポ自身もまた歌うことに興奮を覚え、酔いしれていた。嬉しくてならなかった。歌うということは、こんなにも気持ちの良いものなのか。歌とはこんなにも楽しく、人を夢中にさせ、虜にしてしまうものなのか。事実チポは、歌うことの虜となっていた。
 自分の思いで綴った歌詞を、大好きなララバイ・オブ・シーのメロディに乗せ、腹の底から声を出し、思い切りこの大気中へ、この世界へと放つ、即ち歌うということ。それは自分というものを歌によって表現し、限りなく自分を高め、自分が今この世界の中に生きているということを確かめること。そういうことなのだと、チポは感じた。
 ああ、私は歌いたい。歌うことが、わたしのすべて。だって歌は、わたしの存在そのものなのだから……。
「何してんの、チポ」
 ところがそこへ突如、聞き覚えのある声がした。空腹も忘れまだまだ歌っていたかったチポの耳に、その声は飛び込んで来た。そして魔法が解けたように、チポは夢から現実へと一瞬にして引き戻されてしまった。気付けば目の前には、母ミポ・トウカが立っていた。いつまでも帰って来ない我が娘を心配し、集落中を捜し回った後、ここまで迎えに来たのである。
「ママ」
 ミポに返事をすると共に、お腹がぐうーっ。もうお腹はぺこぺこ。眩暈に襲われふらあっとなって、ミポの腕に寄り掛かった。
「ばかね。何してたのよ、あんた。みんな晩ごはんも食べずに待ってんだから、さっさと帰るわよ」
 黙って頷き、ミポに手を引かれながらエデンの森を後にしたチポ。しかしこの日は生涯忘れることの出来ない、大切なチポ中学一年の夏の日となったのである。
 こうして歌う喜びと巡り会い、歌うことが大好き、人生の中で最大の楽しみとなったチポは、最早歌わずにはいられない。そこでシャングの小さな歌姫は、毎日夕ごはんの後こっそりとエデンの森に行って、ひとりぼっちで歌うようになったのであった。

 海野保雄の支援を受け、順調に中学二年、三年と進級したチポは、相変わらず歌うことが好きだった。ララバイ・オブ・シー以外にも、自分で詞とメロディを作り、レパートリーを増やしていった。しかし誰かに聴いてもらおうなどという考えは、一切なかった。ただ個人的な楽しみとして、そして生きてゆく支えとして歌うばかりだった。従ってチポの主なる歌のステージは夜のエデンの森であり、チポの歌を聴いているのは森のトモロウの木々、月の光、星々の瞬き、ハルカ砂漠の風と砂、野鳥、動物たち、虫たち、そして足元に咲く草花のみであった。
 ところが或る日、集落のみんなの前で歌わされる羽目になった。と言うのは夜のエデンの森に、人が誰も来ないかと言えばそうでもなく、時には年寄りが散歩に足を踏み入れたり、若い恋人たちが人目を忍んでデートなどといったこともある。その際にひとりで歌っているチポと遭遇し、みんなは目を丸くした。そして、トウカの娘はいつも森で歌を歌っている、しかもその歌はとても上手く声もきれいだ、などと言う噂や評判が立った。そんな中、その年のハロウィンのお祭りを迎えたのである。
 ハロウィンのお祭りは、いつものように賑やかなパラダとダイスで幕を開けた。お祭りの場所は集落の広場で、集落のみんなが集合した。進行役は長老のバボバ・ソトムである。お祭りが順調に進んでゆく中、突如バボバがチポを呼んだ。
「チポや、ちょっとこっちへおいで」
 吃驚したチポは一体何事なのかと緊張しながら、バボバの待つ広場の中央へと出ていった。バボバは皆の前でチポに問うた。
「おまえは、歌が上手いそうじゃないか」
 えっ。行き成りそう聞かれてもどう答えれば良いのか分からず、チポは心臓をどきどきさせた。無言のままじっと俯くチポに、バボバは更にこう告げた。
「チポや、どうだろう。今からここでおまえのその自慢の喉を、みんなに披露してくれないか」
 えっ。またまたチポは吃驚して、目をくるくると丸くした。嘘でしょ、わたしがみんなの前で歌うなんて。しかし広場に集まった観衆から、盛大な拍手が湧き起こった。
「いいぞ、チポーーっ」
「がんばれーーっ」
 これでは何もせずに引き下がる訳にもゆかない。見れば親のアポとミポが、嬉しそうにまた誇らしげにチポを見守っているではないか。でも、上手く歌えるかなあ、わたし。こんな場所で、みんなの前で。どきどき、どきどきっ……。チポは不安と緊張に苛まれた。しかし透かさず、バボバが耳打ちした。
「チポや。リラックスして、いつも通りに歌えばいいんだよ。ほら、みんな心待ちにしているじゃないか」
 その言葉にチポは腹を決め、バボバに無言で頷いた。
「よし、良い子だ。そう来なくちゃ」
 チポの頭を撫でると、バボバは改めてみんなに紹介した。
「良いか、皆の衆。これからこの子が歌を聴かせてくれる。大いに楽しんでくれ。それじゃ、チポ。用意はいいかね」
 マイクなどないし、伴奏もない。青空の下のアカペラである。ごくりと唾を飲み込み、チポは気を鎮めようと深呼吸。でも心臓は、ぱくぱく、どきどきっ……。こんなに緊張したのは生まれて初めて。再び観衆の拍手が起こった。恐る恐る顔を上げ広場を見回すと、そこにはアポとミポの顔が。ふたりはじっとチポを見守っていた。拍手が収まり、広場はしーんと静まり返った。みんなチポが歌い出すのを、今か今かと待ち構えている。どきどき、どきどきっ……。緊張はピークに達したが、もう逃げ出す訳にはいかない。目を瞑り、チポは静寂のエデンの森を脳裏に思い浮かべた。
 そうよ、ここはエデンの森の中。今ハルカ砂漠の風が吹き、わたしの目の前にいるのは、無邪気なリス、兎、梟、カメレオンに、野鳥たち。チポは震える唇を開いた。そしてまだ見ぬ海への憧憬で思いを一杯に満たしながら、遂に歌い出したのだった。
『いつか限りない
 海の青さとひとつになって
 みんなの涙の海を
 青く青く染め上げよう……』
 歌い出すと、もう止まらない。唇と声の震えはいつか消え去り、緊張も目の前の観衆もすべて忘れ、チポは夢中で歌った。思い切り、かつ堂々と歌い上げた。
 歌いながら、チポは思った。人前で歌うってなんて気持ちいいんだろう。もっと自分の歌を、みんなに聴いてもらいたい。もっとたくさんの人の前で、思い切り歌いたーーーい。そしてみんなに感動を与え、みんなをテアズにしたい。みんなの胸を震わせたいの。ちょうどわたしが生まれて初めて、ララバイ・オブ・シーを聴いた時のように……。
 それは、それまでずっとアシスエデンというアフリカ大陸の貧しい小国の、シャングという片田舎で平穏に、平凡にひとりの大人しい少女として生きて来たチポが、生まれて初めて抱いた、夢、であった。
 歌い終えたチポは頬を上気させながら目を開き、満足げに広場中を見渡した。ところがである。観衆の反応は、しかし今ひとつだった。それどころか、みんなはむしろ白けたように、しーんと沈黙したままだった。中には退屈そうに大欠伸したり、居眠りする者さえちらほら。バボバも釈明の為に、慌てて飛んで来た。
「これは皆さん、失礼しました。チポ、もう下がっていいよ」
 ええっ。チポはどんなリアクションをすれば良いか分からないまま、さっさと身を引いた。みんなの反応に、正直がっかりだった。どうしたんだろう、みんな。わたしの歌、もしかして、詰まんなかったのかなあ……。
 観衆に向かって、バボバは続けた。
「皆の衆、しんみりした、おセンチな歌のせいで、折角盛り上がっていたお祭りに水を差してしまって申し訳ない。さ、気を取り直して、威勢の良いパラダのリズムで、再び盛り上がろうではないか」
 イエーイ。歓声が湧き上がった。広場の中央にパラダのバンドが現れ、ドンドコドン、ドンドコドン……と始めるや、観衆も踊り出し、直ぐに活気を取り戻した。そうなんだよ、なあ、皆の衆。音楽ってのは、こうでなきゃ。陽気で、胸が弾けて、ついつい心も体も躍り出す。ウキウキ、みんなテアズ、テアズ。チポの歌の余韻など何処かへ吹き飛ばし、ハロウィンのお祭りは賑やかに過ぎてゆくのだった。
 一方チポはと言えば、自分の歌に対する観衆の冷やかな反応とバボバの言葉に、その小さな胸を痛めていた。しんみりした、おセンチな歌、ですって……。チポはお祭りの人だかりから離れ、いつかエデンの森の中にひとりぽつんと佇んでいた。その目に一杯の涙を浮かべながら。
 しかし思えばバボバの言葉も、集落のみんなの反応も無理からぬことではあった。なぜなら生まれた時からずっと賑やかなパラダに慣れた彼らからしたら、チポの歌は確かに美しいメロディではあったけれど、繊細で感傷的過ぎる。あれでは静か過ぎて、折角のお祭り気分がしぼんでしまう。みんな、そう思ったのに違いない。
 チポの落胆は大きかった。堪えていた大粒の涙が、瞳から頬へとまっ直ぐに零れ落ちて顎まで伝い、音もなくトモロウの木の立つ地面へと落ちていった。
 この日のことがきっかけとなり、以後チポは集落の大人たちに段々と失望を覚えるようになっていった。チポの周りにいる大人たちは、みんな熱心なクリスチャンではあったけれど、お酒とお喋りも大好き。彼らの楽しみといったら、何と言っても酒を飲んで陽気に騒いだり踊ったりすること。年がら年中、何か起これば誰かの家や広場に集まって、お喋りばかりしている。確かにみんな明るくて元気だけれど、思春期のチポはそんなシャングの大人たちに上手く馴染めなかった。あんなこと、何が楽しいんだろう。あの人たちの人生の目的って一体何。わたし、あんな大人たちみたいになんか、絶対に成りたくなーーーい……。
 トピア北中学校に行けば、近代化されたトピアの中心部に詳しいクラスメイトたちが、自慢げに都市生活の便利さや華々しさばかりを話して聞かせるから、チポもついつい憧れを抱いてしまった。
「家の中にトイレもお風呂もあって、毎日快適なんだから」
「大人たちはスーツにネクタイに腕時計。エアコンの効いた綺麗なオフィスできびきびと仕事をこなし、がっぽりとお金を稼いでいるんだ。兎に角ね、洗練されててすべてがクール」
「停電なんかしないから、TVだって見放題なんだって。羨ましい」
 それに比べてシャングの村の貧しさ、大人たちの幼稚さときたら、何もかも下らな過ぎる。あーあ、わたしもトピアのお金持ちの家に生まれてくれば良かった。そしたら今とは全然違う人生を送れたのに。このままじゃわたし、一生死ぬまで貧乏な農婦で終わってしまう。ああ、なんてこったい……。それ程までにチポは、向学心、向上心共に強い少女でもあった。
 ため息を吐きながら、気付けばいつも口遊んでいるララバイ・オブ・シーの歌。チポにとって歌うことだけが、唯一の慰めだった。しかし歌う場所は相変わらずひとりぼっちの、聴いてくれる人など誰もいないエデンの森。一度は、たくさんの人の前で歌いたい、自分の歌でみんなの胸を震わせたい、そう願った想いも今は空しく、チポの胸に生まれた夢は泡粒の如く潰えた。
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