第15話
文字数 3,308文字
「あらやだ、先輩。そんなわけないじゃない。ただのスタディリングでしょう?」
そんなやり取りを聞いていた周囲が、関心を持って理子に注目した。
「あの…。実は私、結婚してるんです」
理子は真っ赤になって、そう言った。その言葉に、周囲は驚きの声を上げ、その一団の様子に部屋中の者達が寄って来た。
「ええ~?本当なのぉ?」
愛理が一番驚いていた。傍へきた美香が、「どうしたの?」と言い、事の次第を聞いて矢張りとても驚いた顔をしたのだった。
他の者達も驚きの顔を理子に向けている。
そんな生徒達の様子に教師陣が不審に思い、傍へやってきた。
「おいおい、君達。一体どうしたって言うんだ?」
外国語の教師だった。
「いえ、それが…」
二年の男子が遠慮勝ちに事情を話すと、教師は顔色を変えた。
「君、もう結婚してるのかい」
「はい…」
驚かれるのは覚悟していたが、予想以上に会場内は騒然としていて、理子は戸惑いを覚えた。女子の中には、嫌な表情を浮かべている者までいる。
「君、まだ幼そうに見えるけど、幾つなの?現役で入ったの?」
二年の男子がそう言った。理子はムッとした。
「十八です。現役です」
少しぶっきら棒な感じになった。すると二年の女子の一人が、「もしかして、デキ婚?妊娠中なの?」と訊いてきた。その言葉に、場内がどよめいた。
「違います。妊娠なんてしてません」
理子は強く言った。そんな事まで言われるとは心外だった。
「デキちゃったわけでもないのに、その年で結婚なんて驚き~。ねぇ?」
周囲に同意を求め、意地悪そうな笑みを浮かべ、周囲の女子達も同意している。
「君、蒔田さんって言ったよね?」
突然、文学部の准教授が声を掛けて来た。
「はい。そうです」
「まさかとは思うけど、君のご主人ってここのOB?」
准教授の言葉に、理子は救われた気がした。
「はい。そうです。蒔田雅臣と言います。日本史の」
理子の言葉に、教師達は一斉にざわめいた。
「あの蒔田君かっ!」
感嘆の声が上がる。その様子に、生徒達はみんな驚き戸惑った。
「君、あの蒔田君の奥さんなのかい。これは驚いた」
教師達は驚きの目で理子を見た。
「だけど君、よく彼女の御主人が彼だとわかったね」
教授が准教授に言った。
「ええ。実はこの間、日本史の教授から彼が結婚する事を聞きまして。あの彼が結婚と聞いてあまりに驚きまして。なんだか信じられなかったので、結婚式の招待状を見せて貰ったんですよ。そこにあった新婦の名前が彼女と同じだったんで、何となく気になってたんです」
「理子君と言ったかな。確かにどこにでもある名前じゃないな」
「結婚式の話しは私も聞いている。確かゴールデンウィーク中と聞いてるが、そうすると入籍を先にしたと言うことなのかね」
教授に訊かれて理子は頷いた。
「はい。入学してからだと学生証の変更とか色々大変なので、先月入籍したんです」
「成る程。しかし、あの蒔田君の奥さんが君とはね」
教師達からまじまじと見られて理子は緊張した。
「ねぇ、理子、どういう事なの?旦那さんって、ここのOBなの?」
美香に訊かれた。
「うん。日本史の先輩に当たるの。今の四年の先輩達が一年の時に四年だったの」
「じゃぁ、結構、離れてるんだね」
「そうなるかな」
と、理子が言うと、愛理が、「これから、結婚式をするの?」 と訊いてきた。
「そうなの。五月三日に」
「えー?じゃぁ、もうすぐじゃない」
美香が驚いたように叫んだ。いつも静かな美香だけに、珍しい。
先輩の女子達は、理子を遠巻きにするような形で、其々、しきりに色々な事を口にしている。
「君、人妻だったんだ。どうりで、どことなく色気を感じると思った」
そう二年の男子の一人が言うと、あちこちで揶揄するような言葉や嫌味のような言葉が飛び交い出した。
そんな中で、今まで静か過ぎて存在を忘れていた志水が突然口を挟んだ。
「あの、先生方、その蒔田先輩って、どういう人なんですか?先生方のご様子を窺ってると、まるで有名人のような感じがするんですが」
その言葉に、周囲の者たちは教師の返答に注意を向けたようだった。
「彼はとても優秀な生徒だったよ。受験の時は、文三類ではトップ合格だった」
その言葉を受けて、生徒達は驚きざわめいた。
「入学後も、全科目トップだ。だから、理工学部や医学部へ進学してもおかしく無かったんだが、文学部の日本史に進学してね。日本史においては特に優秀でね。研究者として大学へ残ってくれるものと、誰もが期待していたんだが」
「凄い人なんですね。今は何をされてるのかな」
「確か、高校教師になったと聞いてるが、君、そうだろう?」
理子に同意を求めて来たので、理子は頷いた。
「彼は非常に頭のキレる人間だったね。おまけに、かなりのイケメンでねぇ。いつも女生徒に追いかけられてたね」
その言葉に、みんなは理子を見た。そんなイケメンの相手には不釣り合いのように思っている事が、みんなの顔から窺われた。
「奥さんの前で言うのも何だけど、とにかくモテる男でねぇ。だが本人はあまり女性には関心が無いようで、冷たいんだよな、これが。見た目も超クールだし。ただ、いくら撥ねつけても寄って来るもんだから、結局、早い者勝ちのような感じで、最初に申し込んできた女子が嫌いなタイプでなかったらオーケーしてたようだ。一度、不思議に思って本人に訊いた事があるんだが、誰かと付き合ってると、取り敢えず争奪戦から解放されるからそうしてるって言ってたよ。だが、付き合ってるとは言っても、普通の交際とは違ったようでね。二股とかはかけないから、決まってしまったら他の女子の出番は無いんだが、キャンパス内では、大抵は男友達と一緒で、女を寄せ付けない冷たい雰囲気だったし、声をかけられても、ちゃんとした用事でなければ、まともに相手にせずに無視してたよ」
「徹底してるんですね」
理子は、雅臣の話しを訊いている志水を見て、考えてみると志水も、雅臣と同様、女子に冷たい態度をいつもとっている事に気付いた。
微笑み王子はとてもモテる。だが、アプローチしてくる女子には冷たいのだった。
愛理などは、志水にとても関心を持っていて、何かと話しかけるのだが、答えるべき用件の時以外は無視していると言っても過言ではないような態度を取っていた。
普通にクラスメイトとして話している美香などには、自然に接しているし、理子に対しては、何故かとても親切なのだが、親しくなりたくて寄って来る女子に対してはそれこそ、徹底して冷たい。何故なのだろうと不思議に思っていた。
「彼は女嫌いなんだって、もっぱらの評判だったよ」
「女嫌いって、じゃぁ、ゲイとか?」
と、二年の男子が言った。
「彼は女性を相手にするよりも、勉強の方が好きだったんだよ。とても勉強熱心だった。だが、ゲイなわけじゃない。実際、こうして奥さんもいる」
「隠れ蓑って事もあるんじゃないですか?」
教師の言葉に、厭らしそうに突っ込んできた。
「君、捻くれてるね。まぁ、女性に関心が無いと聞けば、そう疑うのもおかしくは無いかもしれないけどね。実際、彼女と言ったって、自分からデートに誘う事は全くないと言われてたしね。女の子の方から誘われて、用事が無ければ付き合ってやるってスタンスだったようだ。体の関係も同じで。非常に淡泊で事後の態度も冷たいから、結局女子の方が耐えられなくなって去ってくんだ。そしてフリーになると再び争奪戦が始まり、早い者勝ち。在学中はそれの繰り返しだったねぇ、女性関係に関しては」
「おいおい、奥さんの前でいいのかい、そんな事まで話して」
教授が心配そうに言った。
「あっ、いや…。これは失礼だったね」
ついうっかり、言い過ぎてしまったと、理子に詫びるような顔をした。
「いえ。大丈夫ですよ。学生時代の事は本人からも聞いてるので、全部知ってますから」
「えっ?本人から聞いてるの?」
驚いた顔をされた。
「へぇ~。そういう事を彼女に話してるんだ、彼は。やっぱり変わった奴なんだな」
教師の言葉を受けて、二年生達はあれこれと噂し合った。
聞こえてくるのは好意的とは思えない言葉ばかりだ。