八十 城

文字数 2,242文字

 それから、町中一達の心が、落ち着く事のない、うがちゃんを見守る時間が、二日程続き、うがちゃん達は、領主の住んでいる城へと辿り着いた。



「うが。良く頑張ったな」



「うが。もうすぐお別れだけど」



 母親がそこで、言葉を途切れさせる。



 短い旅の道中、うがちゃんは、本当に、健気で、優しく、一途で、気高かった。両親に尽くし、時に、両親の口や態度からこぼれ出る、己に対する、心無い仕打ちにも、まったく、怯んだり、動じたりはせずに、態度や言動を決して変える事はなかった。



 その、うがちゃんの、言動や行動が、母親の心の中にある、微かな、良心のような物を、刺激したのか、これから、うがちゃんを売る事によって、お金を得られるという事への喜びや嬉しさによって、生まれた、一時の気まぐれなのかは分からない。分からないが、母親は、確かに、その時、何かに心を打たれているような、表情を見せていた。



 母親が、うがちゃんに向けている目には、今までにはなかった、男親には決してない、女親、母親にしかない、感情のこもった、光のような物が、宿っているようにも見えた。



 母親が言葉を続けずに、沈黙している間に、水堀に囲まれている、城壁が途切れている場所にある、木製の跳ね橋が、鎖と歯車の発する金属音と、跳ね橋自体が軋む事で発する音とを鳴らしつつ、下りて来て、水堀と城壁の中にある城と、うがちゃん達の立つ、森へと続いている、大地とを地続きにした。



「お前達はなんだ?」



 城内から出て、跳ね橋を渡って来た、鎧に身を包み槍を携えている二人の兵士達のうちの、体の大きい方の兵士が、その大きな体で威圧するかのように、うがちゃん達を見下ろす。



「へ、へえ。領主様に、この子を、お売りしたくて来た次第です、はい」



 うがちゃんの父親が言い、深く頭を下げた。



「獣人か。しかも、これは、先祖返りが酷いな。こんな物、とっとと連れて帰れ。こんなのじゃ、俺達の玩具にもならない」



「い、いえ、この子は、こんな姿ですが、言葉を話します。うが、ほら、何か言ってみせてさしあげろ」



 父親がうがちゃんの傍に行き、俯いてしまっていたうがちゃんの、顎の下に手を当てて、兵士達が、うがちゃんの顔を見られるようにと持ち上げた。



「う、うがと言います、うが。お父しゃんとお母しゃんと、兄姉の為にお金がいります、うが。お願いですうが。うがは、なんでもしますうが。うがを買って下さいうが」



 うがちゃんが、大柄の兵士の目をじっと見つめると、その目に徐々に強い意志が宿っていって、最初こそ、かすれていて、小さな、聞き取り難い声で言っていたが、言葉の途中から、しっかりとした、大きな、聞き取りやすい声になっていき、そのまま最後まで、言葉を発し続けた。



「もう~? やっぱり~? でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁぁ~?」



 町中一と柴犬が帰って来て、皆とうがちゃんを見守りながら、食事を始めてから、数分後に帰って来ていたチーちゃんが、怒っている様子で声を上げる。



「もう見ていられない」



 町中一は、目を伏せた。



「情けない。ちゃんとしてよね。そんなんじゃ、何かあっても、すぐに魔法が使えないじゃない」



「大丈夫よ。一しゃん。代わりにわえ達が見てるわ」



「あの父親と来たらわん。あの母親も、何も言わないわんね。さっき、少しは、うがちゃんの事を気にしてるような、顔をしてたのにわん」



「ああぁん。もうぉん。今すぐにあそこへ行って、うがちゃんを連れ戻したいわぁん」



 チーちゃんの言葉を切欠にして、今まで黙って、画面の中にいるうがちゃんを見守っていた皆がそれぞれの思いを口にする。



「ちょっとそこで待ってろ。おい。俺は、領主様にこの事を報告して来る。お前はここでこいつらを見張っててくれ」



「分かった。すぐに戻って来いよ。でないと、俺が、この娘を頂いちまうぞ」



 大柄な兵士よりも、一回り程、体の小さい兵士が、走って、城内に戻って行った。



「何よ。あいつ。あんな下品な事言って。うがちゃんに手出しをしようなんて、許せない。スラ恵にしなさいよ。ちょっと、どんなプレイするか興味が湧いちゃったじゃない」



「そうね。お母さんもああいう横柄な男を、アヘアへ言わせたくなって来たわ」



「あの、二人とも? それは、あれなの? うがちゃんを守りたいの? それとも、ただ、エッチな事をしたいだけなの?」



 町中一は、困惑しつつ、二人の顔を交互に見た。



「どっちもよ」



「どっちもね。うがちゃんも大切だけど、エッチも大切なの」



「た、逞しいんだわん」



「あたくしも、エッチな事がしたくなって来ちゃったわぁん。できない体だけどぉん」



 ななさんが、また、天井を見上げる。



「でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁぁ~?」



 チーちゃんが、片方の足を、クイクイッとやった。



「それにしても、こいつは、こんな姿で言葉を話すなんて、珍しい獣人だなあ」



 大柄な兵士が、うがちゃんに近付くと、うがちゃんの全身を上から下まで嘗め回すように見る。



「この子、この子は、領主様にお売りするんです」



 母親が、兵士とうがちゃんとの間に割って入るように、うがちゃんの前に自分の体を持って行った。



「ああ? なんだ、お前? 俺様の邪魔しようとしてるのか?」



「いえいえいえいえ。邪魔なんて、滅相もございません。でも、兵士さん。お願いしますよ。ここで傷物にされちまったら、こいつの値段が下がっちまうかも知れないじゃないですか」



 父親が、酷く慌てた様子で言いながら、母親の片腕を掴むと、母親を自分の方に引き寄せた。
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