六十四 萎え萎え

文字数 2,275文字

 町中一は、駄目兵士に掴まれている肩から感じる痛みと、その他諸々の、この駄目兵士から受けている鬱陶しい圧力の所為で、なんだかんだと言いながらも、抑えていた、己の中にある禍々しい物が、沸々と沸き立って来てしまっているのを感じ、これは、いけない。静まれ。俺の中の暴君。と、中二病臭い言葉を心の中で呟いた。



「おい。黙ってないで何か言え」



 駄目兵士が凄んで来る。



「待て待て。やめないか。こんな子供相手に。この子だって、家族を傷付けられて、必死なんだ。この子の言う通りだ。あのスライムは弱かった。見逃したところで、何が変わる訳でもない」



 信用できる兵士が、町中一の肩を掴んでいる駄目兵士の腕を掴んでから、そう言い、町中一の方に、大丈夫だからな。という視線を向けて来た。



「あのスライムも、でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁ~のボインボインの妖精も貴重な存在だぞ。あんなのを討伐しちまったら、この世界すべての男達の損失になっちまう」



 スライム親子とエッチをしていた兵士が、駄目兵士の肩に手を乗せる。



「お前ら、何を言ってるんだ? 魔物は魔物だ。忘れたのか? 魔物達が、俺達に何をしたのかを。いや、そうじゃないな。お前達は知らないんだった。俺は違うぞ。俺の住んでいた村は魔物に襲われたんだ。俺の家族は、その時に皆殺された」



 駄目兵士が、二人の兵士の腕を振り解くと、町中一の胸倉を両手で掴んで来た。



「お前にはなんの罪もないかも知れないがな。お前の仲間のあのスライム達は、魔物というだけで、もう、俺にとっては許せない存在なんだ」



「おい。やめろ」



「この子にもあのスライムにも罪はない。お前のそれはただの八つ当たりだ」



 二人の兵士が、駄目兵士の体と腕を掴み、町中一から、引き剥がす。



「放せ。放さないとお前達も許さないぞ」



 駄目兵士が、二人の兵士の拘束から逃れようとして、大声を上げながら、激しく抵抗を始めた。



「少年。もう行け。俺達の事は気にしないで良い。あのスライム達に怪我をさせてしまった事は悪いとは思ってる。もっとしっかりと謝ってやりたいが、今は、これで勘弁してくれ」



 エッチをしていた兵士が言って、駄目兵士を、地面の上に押し倒し、その腕を捻り上げた。



「ざまあみろなんだわん。主様。どうするわん? 今がチャンスなんだわん。やっちまいましょうかわん?」



 柴犬が悪態を吐いてから、得意気な顔になって、町中一の方にその顔を向けて来た。



「柴犬。お前は、余計な事をするんじゃない」



「舐めやがって~」

 

 駄目兵士が起き上がろうとする。



「早く行くんだ」



 信用できる兵士が声を上げ、駄目兵士の背中を、起き上がれないようにと全身で押さえ込んだ。



「二人ともありがとう。柴犬。行くぞ」



「え〜? 何もしないのかわん?」



「良いから早く来い」



 町中一は、柴犬を連れて、走り出すと、ある程度離れた所まで行って足を止め、木の幹の陰に隠れた。



「主様? どうしたんだわん?」



「このまま行ってしまって、あの二人に何かあったら嫌だからな。少し様子を見てから行こう」



「流石主様なんだわん。では、これが、アイディアを出すんだわん。魔法を使えばなんでもできるんだわん。病死にみせかけて、あの生意気な兵士を殺すというのはどうわん?」



「あのなあ。あの話を聞いても、お前はまだそんな事を言えるのか? 俺は、すっかりと、萎えちまったよ。あの兵士にもあんなふうになった事情があるんだ。手荒な事はしたくはない」



「では、記憶を消すというのはどうわん?」



「なんのだ?」



「あの兵士の持ってるすべての記憶を消して、中身を空っぽにするとかわん? 廃人にしちゃうんだわんよ。」



「却下だ。却下。それより家族を生き返らせるとかは?」



「できるのわん?」



「分からないけど、できるんじゃないのか?」



「死人を生き返らせるのは、やめておいた方が良いと思うんだわん。一人蘇らせたら、他の人もとなってしまうと思うんだわん。そうなると、きりがないんだわん」



「おい。もうやめておけ」



「行くんじゃない」



「これ以上俺の邪魔をするな。まだ邪魔をする気なら、俺にも考えがある」



 兵士達のいる方角から、怒声が聞こえて来たので、町中一は、木の陰から、顔を少しだけ出して、兵士達の方に目を向けた。



「剣を抜いてるんだわん」



「ヤバそうだな。取り敢えず、魔法を使おう」



 町中一は言うが早いか、咄嗟に頭の中に浮かんだ、剣や槍などの兵士達の持っている武器のすべての材質を変えてしまう――人やその他の者に危害を加えられないような材質にしてしまう。というような意味の文言で魔法を使う。



「なんだ? これは、俺の槍が、急に、ふにゃふにゃになって、ひん曲がったぞ。どういう事た?」



「これは、こんな事が、できるのは、神様しかいない。これは、神様がやったんだ。きっと、神様が俺達に殺し合いをさせないようにと、武器をこうしたんだ」



「神様だと? なんでだ? なんで、あの時には、何もしてくれなかったのに、今、こんな時に、神様は、こんな事をするんだ?」



 三人の兵士が、突如として、変貌した武器を目にして、様々な反応を見せつつ、声を上げた。



「この世界では、神様ってのは、結構頻繁に、干渉をして来るのか?」



「そんな事はないんだわん。でも、この国には、王の権力を脅かす程に力を持った宗教があるんだわん。だから、ほとんどの人は、その宗教を信じていて、神と神の起こす奇跡を、信じてるんだわん」



「そうか。それは、また、複雑そうだな」



 町中一は、さて。これから、どうしようか? と思いながら、柴犬の円らなかわいいお目目を見つめた。
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