七十六 帰宅

文字数 2,540文字

 柴犬と目が合うと、柴犬が、主様。帰るんだわん。と言ったので町中一は、頷いてから、スマックに別れの言葉を告げ、魔法を使った。



「明かりが灯っている家か」



 家の玄関前に、瞬間移動した町中一は、家の中から漏れ出る光を見て、心の中に温かい物を感じて、そう呟いた。



「これはお風呂に入りたいんだわん。色々あって体がベトベトなんだわん」



「犬なのにお風呂が好きなのか? 好きな子もいるけど、嫌いな子が多いイメージがあるけどな」



「好きなんだわん。お風呂好きの犬は嫌いわん?」



「いんや。好きだぞ」



「それは嬉しいんだわん。これは一人じゃ体を洗えないんだわん。主様がやってくれると助かるんだわん」



「ああ。任せろ。そんな楽しそうな事、頼まれなくったって俺がやる」



 突然、玄関のドアが開き、ななさんが飛び出で来ると、町中一の顔に抱き着こうとして来たので、町中一は、咄嗟に、ななさんをはたき落とした。



「ちょっ。何してるのよぉん。あんたんが帰って来てくれた喜びが、溢れ出た行動だったのにぃん」



「あ、いや、ごめん。なんか、咄嗟に手が出ちゃって」



「ちょっと。ななさん。そんな事やってる場合じゃないでしょ」



「一しゃん。大変なの。うがちゃんが家から出て行っちゃって」



 スラ恵とお母さんスライムが、玄関から出て来て、町中一の姿を見るなり、声をかけて来た。



「なんだって?」



「一しゃんを探すんだって言って出て行ったの。それで、どこにいるのか分からなくなってて。さっきまで、皆で家の周りを探したんだけど、見つからなくって。今は、チーちゃんだけに探してもらってて、わえ達は、一度家に帰って来てたの。あんまり深く森の中に入って行ってしまって、うがちゃんだけでなく、わえ達まで家からいなくなっても、何かあっても、困ると思って。一しゃんなら魔法でなんとかできるわよね?」



「ああ。皆は、家に戻ってくれていて良かった。その対応で正解だ。チーちゃんなら一人でいても心配ないだろうしな。うがちゃんの方は、すぐに、俺が魔法で見付ける」



「主様の魔法があれば心配ないんだわん。むーんわん。これはお風呂に入りたかったんだわん。でも、しょうがないんだわん」

 

「柴犬。任せろ。そっちの方も魔法で解決だ。取り敢えず体が綺麗になるような魔法を使っておく。全部終わったら、改めて、一緒にゆっくりとちゃんとしたお風呂に入ろう」



「分かったんだわん」



「何それ? お風呂で何かする気なの?」



「それは気になるわね」



 スライム親子が、がっつりと、お風呂という言葉に食い付いて来る。



「まったく。流石だな。相変わらず全然ブレてないな。って、今はそんな事よりも、うがちゃんだ」



 町中一は、うがちゃんの現在地と安否の確認と、それと、今の姿を、映像で見えるようにしてちゃぶだい。というような文言で魔法を使った。



「なんか、家の中から音がする?」



「本当ね。何かしら?」



 スラ恵とお母さんスライムが、怪訝な表情を顔に浮かべて言ってから、家の中に戻って行く。



「魔法を使ったのに、なんにも出ないな」



「あんたん、あたくしに冷たい事ばっかりしてるから、女神ちゃんに嫌われたんじゃないのぉん? あたくしに優しくしてみなさいよぉん。そうすればきっと、すぐに、魔法が使えるようになるはずよぉん」



「一しゃん。こっち。こっちに来て」



「家の中に見た事のない大きな四角い物があって、その中にうがちゃんがいるわ」



「四角い物? 中にうがちゃん? それって、一応、魔法の効果はあったって事なのか?」



 町中一は、家の中に入ると、スライム親子達の声がした方に行き、居間の中に入った。



「これよ。ここ」



 スラ恵が指を差した先にあったのは、薄型で、画面が百インチくらいはありそうな大きさのテレビだった。



「おお。こんなに大きいテレビなんて。前世で欲しかった」



「あんたん。何言ってるのよぉん。そんな事よりうがちゃんよぉん。うがちゃんは大丈夫なのぉん?」



 町中一は、そうだった。余計な事を言っている場合じゃなかった。と思うと、テレビの映像に目を向けた。



「これは」



 テレビに映し出されているうがちゃんは、どこかの家の中にいるようだった。  

 

 その家の中には、粗末で簡素なテーブルなどの家具があって、貧しそうな格好をした年配の男女が、そのテーブルの前にある椅子に座っている、うがちゃんの左右に立っていて、男の方がうがちゃんの肩に、片手を載せていた。



「この偶然には、感謝だな」



「本当にねえ。こんな事があるんだねえ。この家の事なんて全然知らないはずのうがが、帰って来てくれるなんてねえ。それに、そんなふうに言葉を話せるようになってるなんて」



 男女が、お互いの顔を見てから、男の方が、とても意地の悪そうな顔をすると、わざとらしく深い溜息をついた。 



「うが。それにしても、本当に、良く、この俺達の新しい家に来てくれたな。ここに新しい家を建てて住んでて良かった。もしも、前の家にいたら、お前を売る、あ、違った。お前が俺達よりも先に借金取りに見付かってたら、一円にもならずに、連れていかれてしまうからな。それでな、うが。来てすぐで、本当に悪いとは思ってる。だけど、うちはあの頃よりも貧しくてな。うが。今度は妖精の森じゃなくて、領主様の所へ奉公に行ってくれないか?」



「今のうがなら高値で。あら、嫌だ。何を言ってるのかしら。間違ってしまったわ。今のうがなら、なんでもできるものね。きっと領主様に、かわいがってもらえるはずよ」



 二人の言葉を聞いた、うがちゃんが、とても、無邪気に、嬉しそうに微笑んだ。



「おとうしゃんとおかあしゃんが、そう言うなら、そうするうが」



 町中一は、うがちゃんの言葉を聞いて、鼻水をブハっと吹き出してしまう。



「あんたん。何やってるのよぉん。汚いじゃなぃん」



「一しゃん。こんなうがちゃんを見て鼻水なんて、流石に、ないと思う」



「そうねえ。いくらわえでも、その鼻水を使ったプレイはちょっと」



「あのな。お前ら、これは、うがちゃんの健気な姿を見てだな。グッと来てしまってだな。お前らは、あれだな。鬼だな。こんな、こんな、健気で、優しい女の子の姿を見ても何も思わないのか」



 町中一は、バッカもーんという言葉を、言外に滲ませつつ大きな声を上げた。
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