六十五 オーマイゴッド

文字数 2,178文字

 町中一に見られていた柴犬が何を思ったのか、目をキラキラと輝かせると、力強く一度頷き、だだだだっと走り出して、その場で一回だけ円を描いてから、兵士達のいる方に走って行ってしまった。



「へ?」



 町中一は、突然の突拍子もない出来事に、茫然自失の体となって、走って行く柴犬のプリ尻を、ただただ、目で追い続ける。



「うおー。なんだ? あの頭のかわいそうな生き物が戻って来たぞ」



「やる気か? 武器がこんなだからって、お前ごときには後れは取らない」



「やめろ。あの少年に何かあったのかも知れない。どうした? 何かあったのか?」



 三人の兵士達の三者三様の声が聞こえて来て、その声を聞き、我に返った町中一は、柴犬と兵士達が戦いでもしたら大変だ。と思うと、反射的に走り出した。



「このどうしようもない愚かな下っ端兵士どもわんよ。心して聞くが良いのだわん。実はこれは神の使いなんだわん。お前達の武器をそんなふうにしたのは、これが仕えている神様なんだわん」



 柴犬が、言ってお座りをすると、右前足を上げて、肉球を兵士達に見せた。



「な、なんだ? その格好は? その足の裏に何か意味があるのか?」



「あれは、あの足の裏の、肉球。あの柔らかそうな感じ。あの色艶。触りたい。俺は今猛烈にあれに触りたい」



「神が、なんだ。俺は、神なんて、神なんて、信じない。俺の家族を見捨てた神様なんて、信じられるか」



「お前、なんて事を言い出すんだ? そんな事、他人に聞かれたら大変な事になるぞ」



「そうだぞ。俺達ならまだ、お前の事を知ってるから平気だが、神様を信じないなんて、滅多な事を言うもんじゃない」



「うるさい。俺は、あの時から、家族が皆殺されて、俺だけが助かったあの時から、本当は、神様なんて信じていなかったんだ」



「それは、違うんだわん。駄目駄目下っ端兵士よ。あの時にも、神様はちゃんとお前達家族を見守っておられたのだわん」



「嘘を吐くな。それなら、なんで、俺だけが助かったんだ」



「それなら、こう聞くんだわん。なぜ、お前だけが、助かったんだわん?」



「それは、あの時、母親が俺を庇ってくれて、俺だけが致命傷を免れて」



「その時、お前の母親は、神に祈ったのだわん。どうか、この子だけは、助けて下さいとわん」



「そ、それは、そんな」



 駄目兵士が、目を大きく見開いて、柴犬の顔を見つめる。



「すべてを理解したようだわんね。神様といえども、時と場合によっては、できない事もあるんだわん。けれど。神様は、お前の母親の願いだけは叶えたんだわん」



「そんな。そんな事、信じられるか」



 駄目兵士が、その場に崩れ落ちるようにして、座り込んだ。



「こうしてお前が生きてる事がすべてなんだわん。お前にできる事は、ありのままの現実を受け入れて、神様の存在と、その神様が起こす奇跡とを、信じる事だけなんだわん」



「頭がかわいそうなくせに妙に説得力がある」



「本当にそうだ。頭がかわいそうなくせに」



「もうしつこいわんね。頭がかわいそうかわいそう言うんじゃないわん。あんまりしつこいと神様が怒るわんよ。武器だけじゃなく、お前達の体も、ふにゃふにゃにされちゃうんだからわんね」



 柴犬が、言い終えると、近くまで行ったは良いが、柴犬と兵士達の会話に気を取られてしまって、そのまま、何もせずにその会話に聞き耳を立てていた、町中一の方に顔を向けて来た。



「少年。戻って来ちゃ駄目じゃないか」



「俺達が揉めていたから、俺達の事を心配してくれたのか?」



 信用できる兵士とエッチな兵士が、町中一の存在に気が付くと、声をかけて来る。



「下っ端兵士ども頭が高いんだわん。この人が、いやさ、この方こそが、神、その人なんだわん」



 柴犬が言って、もう片方の前足を上げる。



「いやいやいやいや。お前、何言っちゃってんの?」



「主様。もう隠す事はないんだわん。こいつらの持ってる武器を、こうしたのは主様なんだわん。その力、ここでもう一度見せてやるんだわん」



「いやいやいやいや。だから、俺は神様なんかじゃないだろ? 何をどうすればそうなるんだよ」



「少年。この頭のかわいそうな生き物は、どうしちまったんだ?」



「俺にも良く分からない。急にこっちに来たと思ったら、こんな変な事を言い出して」



「おーい。動ける奴はいないか? 動ける奴は、こっちに来てくれ。魔物だ。魔物が出た。頼む。急いでくれ。このままだと、でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁ~の所為で動けない奴らがやられちまう」



 森の中から、三人とは別の兵士の声が聞こえて来た。



「すぐに行こう」



「ああ。だが、武器が、これでは、行ってもやられちまう」



「確かに、そうだが、放ってはおけない」



「すぐに元に戻す」



 顔を見合わせて話をしていた、信用できる兵士とエッチな兵士に向かって、町中一は言い、三人の持っていた剣と槍とを魔法で元に戻す。



「お、おい、これ?」



「少年。これは?」



「え? あの、いや、これは、魔法だ。ただの魔法だから」



「こんな、魔法は見た事がない。こんなのは初めてだ」



「俺も、こいつも、多少の魔法は使えるが、こんな魔法は使えないというか、ここまで物を変化させる魔法は見た事も聞いた事もない。少年。君は、一体、何者なんだ?」



「フンガー。フンガー。分かったわんね? 二人とも、これの言った事を理解できたわんね?」



 柴犬が、鼻息を荒げながら、ドヤ顔をしつつ、そう言った。
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