六十九 魔王誕生?

文字数 2,104文字

 町中一は、魔物達の考えを聞きながら、改めて魔物達の姿を矯めつ眇めつすると、大きく溜息を吐いた。



「なあ。兵士さん。この魔物達が、あ。違うか。他の魔物達もそうかな。そいつらが人をなぜ襲うのかって、その理由って分かっているのか?」



 町中一は、言い終えると、信用できる兵士の方に顔を向ける。



「魔物達が、俺達を、襲う理由?」



「一般的には、魔物達が人を襲う理由は、人を排除して、魔物達自身の生息域を広げる為だと言われてるんだわん」



 柴犬が、信用できる兵士の代わりに言って、褒めて〜褒めて〜とアピールするように、かわいい顔に笑顔のような表情を浮かべ、尻尾をブンブンと振った。



「そうなのか。それで、それがどうしてかは、分かっているのか?」



 町中一は、柴犬の頭をわしゃわしゃしつつ、口を開く。



「魔物達を支配する魔王の命令だと言われてるんだわん。けど、魔王という存在は、もう数百年の間確認されてはいないんだわん。今は魔王不在の状態なんだわん」



 柴犬が、町中一のもう片方の空いている方の手に、甘噛みを仕掛けながら言った。



「少年。君は相当に肝が座ってるんだな。こうなったら、俺も、腹を括ろう」



 信用できる兵士が、そこまで言い、一度口閉じると、深呼吸をしてから、再び口を開いた。



「確かに、魔王の存在は、もうずっと、確認されてない。だが、魔物達は、魔王がいつ現れても良いように、準備をしてると言われてる」



「準備か。他の魔物達にも、聞いてみた方が良いのかも知れないな」



 町中一は柴犬とじゃれ合うのをやめると、四匹の大きな魔物達の方に顔を向けた。



「少年。俺も戦おう」



 信用できる兵士が、腰に差している剣を鞘から抜く。



「剣はしまってくれ。この魔物達は、飢えているんだ。腹が減っていて、それで、食べ物が欲しくって、人を襲っているんだ。腹を満たしてやれば、もう襲っては来ないと思う」



 町中一は、魔物用の栄養バランスもちゃんとしている食べ物を、魔法で、四匹の魔物の前に、大量に、出現させた。



「何を言ってるんだ? 魔物達の考えてる事が分かるとでもいうのか?」



「魔法を使って心を読んだ。こいつらは、本当に、ただ、飢えているだけなんだ。ここにいる四匹の誰もが、飢えていて、それで、自分達の為にも、自分達の子供達の為にも、食べ物を欲している」



「そんな事までできるのか。なあ、少年。君は、本当は、神様なのか?」



 信用できる兵士の、町中一に向けていた、目付きが変わる。



「やめてくれ。俺はただの人間だ。ちょっと、特殊な魔法が使えるだけのな」



 町中一は、ふふふーん。だが、これは良い気分だぜ。まあ、でも、俺の実力じゃないけどな。と思いながら、魔物達を拘束している魔法を解いた。



「お、おい。こんな、これは、大丈夫なのか?」



 食べ物の山に殺到した四匹の魔物の姿を見て、信用できる兵士が、声を上げる。



「何かあったら、俺がなんとかする。今は、黙って、こいつらの行動を見守ろう」



 魔物達は、目の前にあった食べ物の山を貪るようにして喰らっていたが、ある程度食べ進めたところで、食物を口にするのをぴたりとやめた。



「おいおい。食べるのをやめたぞ」



 四匹の魔物が、ゆっくりと、まるで、信用できる兵士の言葉に、反応でもしているかのようなタイミングで、一斉に顔を町中一達の方に向ける。



「ああ。構わない。その食べ物は全部お前達の物だ。子供達や他の仲間の為に持って行って良い」



 町中一は、魔物達の心を読んでいたので、その心の声に応えるように、言葉を出した。



 町中一が言い終えると、魔物達全員が、顔を伏せ、大きな体を小さく丸めるようにしながら、その場に、座り込み、それから、平伏するような格好をする。



「少年。これは、何が、起こってるんだ?」



「えっと、これは、感謝だな。感謝をしているらしい」



 町中一は、苦笑をしつつ、本当は、魔王様。新しい魔王様が現れた。とか思ってこんなふうになっているんだけど、その事は言わないで隠しておこう。とそんな事を思いながら言葉を返した。



「少年。俺にはもう何がなんだかさっぱりと分からない。だが、君が俺達の事を救ってくれたのだけは分かる」



「そうなんだわん。感謝するんだわん。感謝して、主様の威光をこの世界に広げるんだわん。そして、今後二度と、主様とその一行に手出しをしないと誓うんだわん」



「ああ。誓う。それから、俺のできる事だったら、君達の為になんでもする」



 信用できる兵士が、言い終えると、ゆっくりと深く頭を下げる。



「急にどうしたんだ?」



「少年。もう何度目になるのか、本当に申し訳ないと思ってる。だが、俺のような力のない人間には、こんな事しかできる事がないんだ。だから、少年。無理を承知で、お願いする。この国の力なき民達を君の力で救ってくれ。俺達が今こうしてる間にも、どこかで、ここではない場所で、人間と魔物達の戦いが起こってるはずなんだ。君の力があれば、多くの人間の、いや、それだけじゃない。君が、守ろうとしてる、すべての者の命を守る事ができるはずだ」



 信用できる兵士が、頭を下げたまま、心の奥底から、その思いを必死に伝えようとしているような声で、そう言った。
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