七 町中一は死んでしまいました

文字数 2,233文字

 一陣の疾風の如くに、町中一は、森の中を駆け抜ける。その、若くて、瑞々しい肉体は、体内に備わる様々な筋肉や神経や骨を躍動させ、青々と茂る森の木々の根や豊かな栄養を内包している大地が作り出している、乱雑な形状の地面の上を舐めるように、削ぎ取って行くかのように、その地面の上に、張り付いてでもいるかのように、町中一の体を動かして行っていた。



「ごべぇぇぇ」



「きゃふうあぁぁ」



 町中一が、唐突に何者かに衝突して声を上げると、町中一が衝突した何者かも、ほとんど同時に声を上げる。町中一と、彼が衝突した何者かは、絡み合い,くんずほぐれつしながら、衝突の勢いのままに、ゴロゴロと地面の上を数回転がってから、この森が作り出した美しく生命の光に富んだ湖の浅瀬へと、落水し、落水音と、水飛沫とを、吹き上げた。



「ぶっっっはぁぁぁ。なんだ? ここは、なんだ? 池か何かなのか? 何が起こっているんだ?」



 町中一は、湖の底であろう場所に、グイっと両手を突いて、上半身を起こすと、声を上げながら、周囲を確認するように見る。



「ううん? この、俺が手を突いている物はなんだ? 柔らかいような、でも、それでいて、なんとも言えない、弾力があって、最近、触った物に、似ているような? あれ? あれはなんだっけかな。でも、あっちの方が、触り心地は良かったなあ。なんか、決定的な、何かが、違っているような?」



「う? ううう? うがぁ? うががが? うがうがう~?」



 町中一の手が触れている物が、そんな声を出した。



「んんんん? な、なんだ?」



「うががががががががが~。うがっがあぁぁぁん!!!」



 凄まじい勢いで、何が何だか分からない、強烈な一撃が、町中一の頭部を襲った。



 ち~ん。ご臨終です。



 町中一は死んでしまいました。



 ……。  



 ……。



「もう。早過ぎです。もう死んじゃってるじゃないですか。あ。今、うう~ん。ってちょっと、言いました。これは、かわいいです」



 町中一の、ぼんやりとしている意識の中に、どこかで聞いた事のある声の、そんな言葉が入って来る。



「うんうん。私の好みの素敵な男の子になっていますね。これはナイスな造形です。元々の姿にアレンジを加えて作ってくれた、創造と破壊を司る女神ちゃんには、後でお礼ですね」



 ……。



「さっきから、少し経ちましたけど、まだ、起きないみたいです。これは、ちょっと、悪戯しちゃっても良いですかね?」



 町中一の顔に、吐息が当たり、くすぐったさと、ほんのりとした温かさが、肌と心を刺激する。



「まずは、そうですね」

 

 とてもとても柔らかいマシュマロのような物体が、町中一の頬に触れる。



「んふ~。もうちょっと味見」



 マシュマロのような物体が、顔の、色々な場所に、触れては離れ、触れては離れを繰り返す。



「あ~。駄目ですね。これ。止まらなくなって来ちゃいました。もう、ちょっと、もうちょっとだけ」



 ぬらりと濡れた、温かく、触れられただけで、昇天してしまいそうな、感触の何かが、明らかに、淫靡な水音を鳴らしながら、町中一の、首の辺りに触れた。



 ここで少し時を戻そう。時は、ほんの少しだけ「まずは、そうですね」という言葉が町中一のぼんやりとしている意識の中に入って来た辺りに戻る。



 聞こえて来た声が眠りを誘ったのか、それとも元々寝ていて、たまたま、睡眠が浅くなっていた時に、声が聞こえたのかは、分からないが、町中一の意識は、その時、明らかに現実の中にはいなかった。



 町中一の意識は夢の世界の中にいたのだった。



 町中一はハーレムという物を生まれて初めて経験していた。どこかで最近見た事のあるような女性達があられもない姿で町中一の周囲に侍っている。皆、物欲しそうな、何かを期待しているような目をしていて、それぞれが町中一の体のどこかしらに手や足や唇やお股や胸などを触れさせていた。



 町中一はただただ体と心を包み込む圧倒的な多幸感に酔いしれていて、この状況が夢だとか、こんな事が起きるはずがないとか、といった、至極真っ当な思考なぞはまったくする事なく、侍る女性達を見てニヤニヤとしていた。



 そのうちに女性達が激しく愛撫を始めて、町中一は、どんどんと快楽の波に飲まれて行って、はわわ~なんぞという、今までの、前世と、今生とを合わせた人生の中で一度も上げた事がないような、情けない声を上げながら果ててしまった。



 町中一は股間の辺りに湿り気を感じ、なんだか、とっても、人には知られたくなくって、やってはいけない事をやってしまったような、それでいて、また、今度も、ハーレムしてもらおう。グハハ。という気持ちになりながら、パンツを履き替えようと思うと、そういえばパンツ履いてたっけ? と股間の辺りを探ろうとして片方の手を伸ばした。



 そして、時は戻り、今。



「え? そんな、起きちゃったんですか」

 

 酷く狼狽した様子の人の、そんな声を聞いた町中一は、唐突に目を覚ますと、ぱっと目を開ける。



 町中一は、目の前に広がっている光景を見て、なんだ、俺はまだ寝ているのか。これは夢の続きだな。と思うと、ウンウンと頷きながら目を閉じた。



「うん? これは、一体どういう事ですか? 一応、見られてはいないという事で良いのでしょうか?」



 そんな、安堵の吐息交じりの、声が聞こえて来て、町中一は、その声がデッドオアアライブ女神の声であると気が付いた。
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