第16話

文字数 2,566文字

「ロドラーン?」
 アイルとダグは、同時に声をかけた。
 少年は立ち上がり、胸をそらした。
「珍しそうに眺めるな、ばか者」
 声までが、甲高くなっていた。
「なんで・・」
「魔女の精気だけで、新しい矢尻ができるわけがない。わたしの、ありったけの魔力をつぎこまなければならなかった」
「それで若返ったの?」
「いや。これがわたし自身さ。わたしは、魔法使いとしてはまだ若い方なんだ」
 ロドラーンは、ぐいと顔を上げて二人をにらんだ。
「とは言っても、おまえたちよりはずっと年上だからな」
 アイルは、もう一度ロドラーンを眺めた。アイルよりも背が低く、顔つきはかわいらしい少女のようだ。
 ロドラーンは肩をすくめた。
「こんな姿では、魔女どもに馬鹿にされるだけだろうが」
 たしかに。
 アイルはうなずいた。
 ロドラーンはいかにも魔法使いらしい姿をとって、魔女たちを従わせていたわけか。魔力の消耗が、あまり見られたくない本来の彼の姿をあらわにしてしまったのだ。
 まだぽかんとしている二人をしり目に、ロドラーンは握りしめていた手を開き、矢尻を調べ始めた。
 矢尻には、出来たときにはなかった古代文字がはっきりと刻まれていた。
「なんて書いてあるの?」
「ロドラーンの名において、汝を追放せり」
 ロドラーンはおごそかに言った。
「封印したところで、また何千年かたてばあいつはよみがえる。だとすれば、この世界から追い出すしかないんだよ」
「できるんだね。そんなことが」
「そのためにこそ、わたしは生まれ、長年力を蓄えてきた。インファーレンから砂竜の驚異を無くすことは、ロドルーンの悲願だ」
 ロドラーンは、机の上に積み重なった本や筆記具の山をかきわけて、まだ矢尻のない一本の矢を引っぱり出した。銀製で、白い矢羽がついている。
 それに矢尻を取り付けながら、
「こいつが再び砂竜の急所に突き刺されば、魔法は成就する。砂竜は二度とこの世界に戻れない」
「それで」
 ダグが、はっとしたように言った。
「誰が弓を引くんだ」
「ロドルーン同様、わたしも弓は不得手なんでね」
 ロドラーンは答えた。
「おまえに決まってるだろ、もちろん」
「わたし?」
 ダグは叫んだ。
「なんで、わたしなんだ」
「ザンの子孫だ。なんのために矢尻がおまえのところへ行ったと思っている」
「冗談を言わないでくれ。わたしは、竜の星に一度も命中したことがないんだぞ」
 ダグは声を荒げた。
「名人はいくらでもいる。だいたい、こんな時のために王の射手が選ばれるんだろうが」
「弓引きを決めている時間などないんだよ」
 ロドラーンは肩をそびやかした。
「砂竜はもう目覚めている。一刻を争うんだ」
「インファーレンを救うなんて、このわたしにできるわけがない」
 ダグは本気で怒っていた。
「ザンの血筋だからって、責任を押しつけられてたまるものか」
「魔法にも相性がある。矢尻はあんたを選んだんだ」
「わたしの父親なら話はわかるさ。だが、わたしなんて」
「おまえの父親はもういない。墓場から引っぱり出して来るわけにはいかないだろうが」
 ロドラーンは大きく手をふってダグを黙らせ、部屋の奥の扉を開けた。
「こうやっている暇はない。急いで砂漠に向かう」
 扉の向こうは広い厩になっていて、二頭の白馬がつながれていた。
 ロドラーンは一方の馬の手綱を取り、アイルに渡した。
「ダグを乗せて、わたしについて来い」
「わたしは馬になんて乗ったことはないぞ」
 ダグが抗議した。
「アイルの後ろにつかまっていれば、落ちはしないさ」
「わたしは、行く気はない」
「言っておくが、ここから出る機会は今しかないぞ」
 ロドラーンは馬を引き出しながら、あっさりと言った。
「わたし自身がこのすみかの鍵だからな。わたしがいなくなれば洞窟は閉ざされ、二度と地上には戻れない」
ダグは悪態をついた。
 ロドラーンはかまわず馬に飛び乗った。
 厩の壁が突然消えて、代わりにまっすぐな通路が現れた。馬を走らせるには十分な広さだ。
 ロドラーンを乗せた馬は、ぐいと首を一振りすると、すばらしい速さで駆け出した。
 残された馬は、アイルを促して一声いなないた。
「とにかく、ここを出なくちゃ、ダグさん」
 アイルは言った。
「ロドラーンの言ったことは、嘘じゃないみたいだよ」
 消えたはずの壁は、また実体を取り戻しつつあった。通路を遮って灰色の靄のようなものがたちこめ、それはしだいに濃くなっていく。
アイルは馬にまたがり、ダグに手を伸ばした。
 ダグは一瞬ためらったが、顔をゆがめてアイルの手を取った。
 ダグが乗るのを待ちかねたように、馬は駆けだした。
 靄の壁を抜ける時、一瞬、水面に叩き付けられたような抵抗があった。
 振り返ると壁は完全に戻っていた。やがてそれも、闇の中に消えた。
 通路の前方もまったくの闇だったが、走る馬のまわりだけはぼんやりと明るかった。
 これは魔法の通路なのだろうとアイルは思った。
 来た時のことを考えれば、だいぶ地底深くに降りているはずなのに、斜面はなく、平原を走っているような感覚だ。馬のひずめの音もせず、ただ耳元を風が切って行くばかり。
 ロドラーンがどのくらい先を行っているのかは、わからなかった。後ろのダグは、ずっと黙りこくってアイルの背中につかまっている。
「ごめんね、ダグさん」
 アイルはつぶやいた。
「ぼくさえダグさんのところに来なかったら」
 そもそも自分が砂竜の矢尻を引き抜いたりしなければ。たとえ砂竜が目覚めるまぎわだったとはいえ、事態はもっと違ったものになっていたのではないだろうか。こんなふうにダグを苦しめることもなかったのでは?
「いや、きみのせいじゃない」
 ダグは首を振った。
「これは、何かの間違いなんだ。もう一度、ロドラーンに言ってやる」
 その時、突然空気の感じが変わり、目の前の闇にぼっと光が差し込んだ。
 馬は、光の中に飛び込んだ。
 風が吹いている。
 アイルは目をしばたたいた。岩肌がむき出しになった褐色の大地。地面にしがみつくようにして生えている丈の低い植物群。
 懐かしい砂漠の光景がそこにあった。
 


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