第13話

文字数 2,364文字

 アイルとダグは、呆然と顔を見合わせた。
 魔女は矢尻を握りしめたまま興奮したように部屋の中を横切った。壁に掛けてあったショールを身体に巻きつけ、あごをしゃくった。
「ついておいで」
「待てよ」
 ダグがあわてて言った。
「わけがわからない。竜を封印していた矢尻を、どうしてこの子が持っているんだ」
「そんなことは知らないね」
 魔女はあっさりと言った。
「だが、封印が解けたことは確かだ。砂竜はよみがえった。このままでは、とんでもないことがおこるだろうよ」
 心臓の高鳴りは胸が痛くなるほどだった。アイルはダグにしがみついた。彼がささえてくれなかったら、その場に倒れ込んでいたかもしれない。
 胸騒ぎは的中した。
 アイルが持っていたのは、砂竜を封じ込めたというロドルーンの矢尻だった。
 インファーレンの三分の一を砂漠に変えたという砂竜が、再びよみがえった?
 それにしてもなぜ。
 砂竜の復活に、自分はどんな関わりがあるのだろう。ロドルーンの矢尻を手に、砂漠から離れた森の中で倒れていたのはなぜなのだろう。
 考えれば考えるほど、息苦しくなってくる。砂竜の封印を解いたのが、この自分だったらどうしよう。
 アイルとダグの驚愕などまるで無視して、魔女はもう部屋の扉に手をかけていた。
「なにしてるんだい、行くよ」
「どこへ?」
 ダグが乾いた声で尋ねた。
「ロドラーンの住処さ」
「ロドラーン?」
「大魔法使いロドルーンの息子ロドラーン。あたしの師匠さ」

 魔女は、さっさと部屋を出ていった。
 ダグとアイルも、なすすべなく彼女の後に従った。一番はじめに入った真っ暗な隣部屋を抜け、家の外に出た。
 森の中はもう、薄闇に包まれていた。アイルは、思わず魔女の家を振り返った。さっき見た通りの、窓のない小さな家が夜にとけ込もうとしている。
 あの豪華な広い室内と、いったいどっちがめくらましなのか。思いめぐらす暇もなく、魔女は早足で先に進んだ。取り残されないように、二人は後を追いかけた。
「魔法使いに息子がいるなんて話は、聞いたことがないぞ」
 ダグが言った。
「たいていの魔法使いは独り身で、ロドルーンもそうだったよ。だが彼は、やり残した仕事を引き継ぐ者が必要だったんだ。そこで自分の細胞を培養して、一人の子供を創り出した。母親の腹からではなく、フラスコから生まれた呪われた子供を」
 魔女は思い切り顔をしかめて、邪気払いの仕草をした。
「ロドラーンはロドルーンの分身なのさ、つまり」
 魔女は、どんどん森の奥に入って行った。
 日はとっぷりと暮れてしまい、魔女の背中がやっと見えるくらいだった。
 魔女は右の手のひらを上にして、ふっと息を吹きかけた。手のひらにぼっと青白い光が浮かび、あたりを明るく照らし出した。
 木々の影がよけいに暗く大きくなって、のしかかってくるようだった。魔女は明かりをたよりに、いっそう足早に歩いて行く。
「たしかに、あなたの力は普通の呪い師とは違うようだ」
「あたりまえさ」
 魔女はぴしゃりとダグに言った。
「この力を得るために、あたしがどんな思いをしたことか。あいつの求めるものを差し出し、あいつの僕でいなければならなかった。いまのいままで」
「さっき言っていたな。これで縁が切れたとか、なんとか」
 魔女は一声高く笑った。
「あたしたちの主従関係は、ロドルーンのしるしを持った者が現れるまで。見つけたら即座に連れてこいというのがあいつの命令だった」
「ロドラーンは、この子を待っていたわけか」
「そのようだね。さあ、着いた」
 魔女は、突然歩みを止めた。
 いつの間にか森の木々はとぎれ、目の前に岩肌がむき出しになった崖が立ちはだかっていた。岩と岩の間に人一人くぐれそうな隙間が開いていて、魔女はそこを指さした。
「この奥にロドラーンはいるよ」
「こんな穴の中に?」
「インファーレンには、ロドラーンの住処に続く地下路がいくつもあって、ここもその一つなのさ。もっとも、ロドラーンが認めた者でなければ、彼のもとに行きつけはしない。たとえ入り口を見つけても、通路を延々とさまよい続け、しまいには元の場所に戻ることになってしまうんだ、ロドラーンが求める力のない者はね」
 魔女は暗い穴の中に目をこらし、つぶやくように言った。
「あたしはここをくぐり、ロドラーンに受け入れられた。あんたたちも会えるだろうさ。あの魔法使いは、ずっとこの時を待っていたはずだから」
「行くしかないようだな」
 ダグが言った。
 アイルは、思わずしりごみした。ずっと求め続けていた記憶が取り戻せる。
 だがそれは、想像していた以上に悪いものに違いなかった。
 自分が持っていたのはロドルーンが砂竜を封じ込めた矢尻なのだ。砂竜はよみがえって、とんでもないことが起ころうとしている?
「手をお出し」
 魔女がダグの手のひらに、息を吹きかけた。ダグは小さく驚きの声を上げた。魔女が持っているのと同じ青白い光が、手の上で燃え上がったのだ。
「熱くないはずだよ。あたしの役目はこれで終わりだ。とっととお行き」
 魔女はくるりと背を向けて、足早に去って行った。
 魔女の青い光は、やがて夜の中に見えなくなった。
「とにかく、すべてを知る必要がある」
 ダグがアイルをうながした。
「その後で、できることを考えよう」
「ぼく、怖いんです、ダグさん」
「わかるよ」
 ザダは、大きくうなずいた。
「わたしもだ」
 ダグは、意を決したように暗い穴の中に入り込んだ。
 アイルも、なすすべなく後にしたがった。


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