第21話
文字数 1,951文字
祭りの初日早くから、アイルは王都アスファに入った。
市街は、人々であふれかえっていた。
なにしろ、四年に一度の射手祭なのだ。地元の弓引きの応援と、都の見物をかねて、国中から人々が集まって来ている。
四年前の射手祭の時、王は砂の竜が永遠にインファーレンから追放されたことを人々に告げた。すべては魔法使いロドラーンとザンの子孫と砂漠の勇気ある少年の働きだと。
ザンの子孫と砂漠の少年について、様々なとりざたがされたが、やがてそれも新しい伝説として落ち着いた。王の射手祭は、ザンと、その名もあかさず姿を消した子孫を記念して行われることになった。
しかし、なにはともあれ人々が楽しみたいのは、祭りの気分そのものなのだ。
どの通りも色あざやかな花や布で美しく飾り付けられ、広い道の両側には、さまざまな種類の露店が並んでいた。都のあちこちの広場では、大道芸や見せ物小屋が人寄せの準備を始めている。
普段ならば、アイルもそういったものいちいちに心を引かれていたにちがいない。しかし、今日は真っ先に行かなければならないところがあった。
丘の上に築かれた王城の真下、広い芝生の敷地が弓術場だった。
階段状の観客席が矢道の両側にあり、いい場所をとるために早出した人々がすでに座り込んでいた。
初夏の風がさわやかだった。
観客席の高みに立って、アイルはあたりを見まわした。
的場には紫紺の幕が張ってあり、その中央に竜の星的がひとつ掲げられていた。聞いていたとおり、普通の的よりもずっと小さなものだ。
射場の脇にある控えの広場には、弓を持った人たちの姿も見えた。競技がはじまるには時間があったが、いくらかでも雰囲気に慣れようとしているのだろうか。
アイルが知っている人の姿はなかった。
まだ早い、とアイルは自分に言い聞かせた。ここで待っていれば、きっと。
「アイル?」
聞き覚えのある声がした。
アイルはぱっと振り向いた。
忘れようのない赤毛が目に入った。
彼は弓を手に、まじまじとアイルを見つめていた。灰色の目、やさしげな口元も以前のままだ。
「ダグさん!」
「やっぱりきみだ」
ダグは、はれやかな笑顔を見せた。
「見違えたなあ。わたしより背が伸びたんじゃないか」
「まだダグさんの方が大きいよ。元気そうでよかった」
「きみも」
「射手祭に」
アイルは確信をこめて言った。
「出るんだね」
「うん。なんとか這い上ってきた。でも、出場権がなくとも、ここには来ようと思っていたんだ。きみと約束したからね」
「会えてうれしいよ」
「わたしもだ」
アイルはダグと肩を並べて腰を下ろした。
弓引きと、砂漠のすらりとした青年の姿は通りかかる人々の目を引いた。
この四年の間にあったことをダグにきいてみたかった。自分がどんなにダグに会いたかったかも話したかった。
だが、言葉はなかなか出てこない。アイルはただ、ダグに会えた喜びをかみしめていた。
下の方で、鐘が高らかに打ち鳴らされた。
弓引きを集める合図だった。
「やるだけやってくるよ」
ダグは立ち上がり、アイルに微笑んだ。
「また後で会おう」
「うん」
ダグは他の弓引きたちに交じって控えの広場に入った。アイルは観客席の最前列まで降り、空いている場所を探して座り込んだ。
役人の説明を受けている弓引きたちの中に、小柄な姿を見つけて、アイルははっとした。
彼女を憶えている。
ブルクで会ったリーだ。彼女もまた、射手祭までたどり着いたひとりなのだ。ダグは気づいているだろうか。
射場の後ろには、天蓋つきの一段高くなった席が設けられていた。そこに王が一族を伴って現れ、人々の歓声を受けた。
まだ若い王のかたわらには、弓を手にした灰色の髪の男が、背筋をぴんと伸ばして立っていた。彼が前回の王の射手にちがいない。
王はこの四年間インファーレンが平穏であったことの喜びと、さらなる平穏が続くようにとの願いを語った。四年間つとめた王の射手の任を解き、新たな射手を求めることを宣言した。
弓引きたちは高らかに名前を呼ばれ、的に向かった。
矢が放たれるたび、弓術場は拍手とため息につつまれた。
ダグの番がやってきた。
ダグは作法通り王に礼をして、射場に立った。アイルのいる場所からは、ダグの姿がはっきりと見えた。
彼の表情は穏やかで落ち着いていた。
アイルは、じっとダグを見まもった。
ダグは呼吸にあわせてゆっくりと弓を打ち起こした。
静かに細められた彼の目は、的ではない別の何かに向けられているようだった。
ダグが見ているのは、彼自身の心なのだろう。
アイルはふと思った。
まっすぐに向き合って、もうそれから逃げることはない。
高くなった日の光が、的場に射し込んでいた。
竜の星は、銀色にかがやいてダグの矢を待ち受けた。