第14話

文字数 1,418文字

 入り口と比べると、穴の奥はだいぶ広かった。
 弓を持ったダグが身をかがめなくてもいいほど天井が高い。ダグの光に照らされた足下に、石の階段があって、二人は手を取り合い、一歩一歩下っていった。
 石段はかなり長く、下り終えたところで通路が続いていた。その先には再び下り階段。同じような長い階段と通路の繰り返しが際限もなく続いた。
 足が疲れ、膝ががくがくする。
 もしかすると、魔女にだまされたのだろうか。魔女は気に入らなかった自分たちを、二度と出られぬ堂々巡りの迷路に閉じこめたのでは?
 それとも、魔女が言っていたことは間違いで、この矢尻はロドラーンが求めていたものではなく、魔法使いには二人に会う気など毛頭ないとしたら?
 だったら、それでもいいとアイルは思った。砂竜がよみがえるより、自分の記憶が戻らない方がまだましだ。
 しかし、とうとう通路の先に、白い扉が現れた。
 二人は荒い息をしたまま立ち止まった。
 顔を見合わせたその時、頭の上で、どなり声が響いた。
「さっさと入ってこんか、ばかもん!」
 扉が開き、何かの力が、二人の背中を突き飛ばした。
 二人はよろめきながら部屋の中に入った。
 ランプもないのに、室内は明るい光に満たされていた。
 かなり広い室内にもかかわらず、壁際に乱雑に積み重ねられたたくさんの本や、陶器や鉄でできた大小の容器、その他用途のわからない様々な器具で、床の上は足の踏み場もないほどだった。
 覆いをかけたテーブルと、寝台がわりらしい長椅子が、壁からなだれ落ちてきた本をかきわけるようにして置かれている。
 声の主は、奥の壁半分をしめた暖炉の前に立っていた。
 白い髪と白い髭を長く垂らした、いかめしい顔の老人だ。ダグと同じくらい背が高く、灰色の寛衣で身を包んでいた。
 暖炉の火が、彼の髭を赤く輝かせていた。火にかけられた鉄鍋の中で、なにやら銀色のものがしゅんしゅんと踊っている。
「ようやく来たな」
 老人は二人を眺めて鼻を鳴らした。
「待っていた」
「ロドラーン?」
 ダグが声をかけた。彼の手の上の炎は、いつのまにか消えていた。 
「あたりまえのことを、きくんじゃない」
「あたりまえと言われても、ぜんぜんわけがわからない。砂竜がめざめたというのは本当なのか。なぜアイルはロドルーンの矢尻を持っていたんだ」
 ダグは、アイルをロドラーンの前に押しやった。
「いや、それよりも早く、この子の記憶をとりもどしてやってくれ。あなたなら、できるんだろう」
「ふん」
 ロドラーンはアイルに近づき、アイルの額を指先で弾いた。
「そら、思い出せ」
 頭の中に閃光がはしった。
 アイルは息をのんだ。
 閃光の後に、色彩がぐるぐるとうずまいた。
 色彩は砂漠の光景になり、人の顔になり、言葉を発した。
 押し寄せる記憶に、アイルは溺れそうだった。
 アイルはその場にうずくまった。
 このまま気を失ってしまったら、どんなに楽だろうと考えた。
 しかし、歯を食いしばって受け入れなければならない。
 自分のしてしまったことを認めなければならない。
「乱暴すぎる」
 ダグが、あわててアイルの身体をささえた。
「大丈夫か、アイル」
「ふん。早く記憶を戻せと言ったのは、おまえだろう」
「しかし!」
「大丈夫です。ダグさん」
 アイルはようやくうなずき、深く息を吐き出した。
「思い出しました、みんな」


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