第13話 変色の理由
文字数 1,643文字
「どうしてあんな色に変わってたの?」
離れの一室、姉弟の部屋となっているその場所に二人が帰ってくると、待ち構えていた月子は開口一番に質問した。
「色も変わるってことは、知ってたけど」
――まさかあんな模様になるなんて
あれでは蛇にしか見えない。
月子が初めて目にした鱗は、それはそれで魚のような色彩ではなかったが、大変美しく幻想的で、正に龍神や竜宮城を連想させる、神々しいものだった。
「僕たちにも、よく分からないんだよ」
龍は困ったように笑った。
「まさか月ちゃんが見に来てるなんて、知らなかったな。もう少し早く知っていたら、もしかしたらもっとマシな色になってたかも」
「どういうこと?」
首を傾げる月子に、龍は再びボタンを外してシャツを脱いで見せた。
そこには、やはり美しい色に染まった鱗が生えている。
「見世物にしてる時は、あんな風に怖い模様になっちゃうのよ」
緋奈がうーんと考え込むようにして、言葉を続けた。
「もしかしたら本心では、乗り気じゃないからかもね」
畳の上に脚を投げ出すと、彼女はスカートを僅かに捲り上げた。そこにも、美しい色が散らばっている。
「きっとこの鱗の色は、その時の私達の、心の奥深くの気持ちを色で表出させてるの。だから小屋の中ではあんな色に……分かってるのよ? ああして仕事をしなきゃ生きていけないし、私達にはこの仕事が一番手っ取り早くお金を稼げる方法だって。分かってるのよ。座長さんも一座の皆も優しいし、恵まれてるわ」
「別にいいじゃないか、緋奈」
龍が姉に言った。
「綺麗な色を見せろって、悟さんから言われてるわけじゃないだろう。珍しがられるならそれで十分だって。たとえ不気味でも、どんなに罵られても、客はそれが目当てで見に来るだけなんだから。引け目に思うことないよ」
口調は淡々としていた。
月子は何も言葉を挟めず、二人の身体の上で輝く鱗を、ただ見つめていた。
「緋奈は肌を見せることない。僕一人で十分だ」
姉を思いやるその言葉に、月子ははっとして顔を上げた。
「あ、私も――そのことを悟さんにお願いしようって思ってたの。緋奈ちゃんがあんな風にスカート上げてお客さんに肌を見せるの、どうかと思って……でも」
小屋の中で視線がぶつかった、あの時の龍の顔、そして硬いままだった彼の表情を思い出す。
「龍だって、見せることないと思う」
「え?」
驚き顔の少年を見て、月子は頷く。
「息止め芸だけでいいんじゃない? 十分過ぎるくらい、お客さん達盛り上がってたよ」
「月ちゃん」
「よし! 私今から、悟さんのところ行ってくる。ちゃんと話つけてくるから、待っててね」
襖を開けると、後ろを見ずにずんずん廊下を進んでいった。
言葉を返す隙も与えられなかった姉弟は、開いたままの襖をしばし眺めたままぽかんとしていたが、遂に緋奈が声を上げて笑い始めた。
「本当に面白い子ねぇ。最初に見た時は、物分りのいい大人しいだけの子なのかと思ったけど、全然そんなことない」
龍は姉の鱗が、きらりと光を飛ばしていることに気づいた。部屋の照明に照らされているからではない。自ら発光しているのだ。たまにこういうことが起こる。心が興奮したり、喜びに震えた時にこうなるのだ。
「不思議な子ね、龍」
「口数が少ない時の月ちゃんは、言葉にする必要がないって考えてるだけだよ。大人しいわけじゃない」
「あら、わかったような口聞くじゃない」
「分かるよ。僕と同じだ。似てるから分かる」
「ふーん」
それ以上何かを言うと、この姉のことだからからかってくるなと分かって、龍は口を噤んだ。しかしやけに天井がチカチカしていると気づいた時に、「しまった」と思ったのだった。ニヤニヤ顔の緋奈が、笑いを抑えるように口元を手で覆っていた。
「好きになっちゃったんでしょう」
くぐもったからかい声が聞こえてくる。
顔を逸し黙ったままの龍に、緋奈は追い打ちをかけた。
「早く服着ちゃいなさい? お姉様にはバレバレよ」
天井に鮮やかな光を飛ばしていたのは、龍の鱗だったのだ。
離れの一室、姉弟の部屋となっているその場所に二人が帰ってくると、待ち構えていた月子は開口一番に質問した。
「色も変わるってことは、知ってたけど」
――まさかあんな模様になるなんて
あれでは蛇にしか見えない。
月子が初めて目にした鱗は、それはそれで魚のような色彩ではなかったが、大変美しく幻想的で、正に龍神や竜宮城を連想させる、神々しいものだった。
「僕たちにも、よく分からないんだよ」
龍は困ったように笑った。
「まさか月ちゃんが見に来てるなんて、知らなかったな。もう少し早く知っていたら、もしかしたらもっとマシな色になってたかも」
「どういうこと?」
首を傾げる月子に、龍は再びボタンを外してシャツを脱いで見せた。
そこには、やはり美しい色に染まった鱗が生えている。
「見世物にしてる時は、あんな風に怖い模様になっちゃうのよ」
緋奈がうーんと考え込むようにして、言葉を続けた。
「もしかしたら本心では、乗り気じゃないからかもね」
畳の上に脚を投げ出すと、彼女はスカートを僅かに捲り上げた。そこにも、美しい色が散らばっている。
「きっとこの鱗の色は、その時の私達の、心の奥深くの気持ちを色で表出させてるの。だから小屋の中ではあんな色に……分かってるのよ? ああして仕事をしなきゃ生きていけないし、私達にはこの仕事が一番手っ取り早くお金を稼げる方法だって。分かってるのよ。座長さんも一座の皆も優しいし、恵まれてるわ」
「別にいいじゃないか、緋奈」
龍が姉に言った。
「綺麗な色を見せろって、悟さんから言われてるわけじゃないだろう。珍しがられるならそれで十分だって。たとえ不気味でも、どんなに罵られても、客はそれが目当てで見に来るだけなんだから。引け目に思うことないよ」
口調は淡々としていた。
月子は何も言葉を挟めず、二人の身体の上で輝く鱗を、ただ見つめていた。
「緋奈は肌を見せることない。僕一人で十分だ」
姉を思いやるその言葉に、月子ははっとして顔を上げた。
「あ、私も――そのことを悟さんにお願いしようって思ってたの。緋奈ちゃんがあんな風にスカート上げてお客さんに肌を見せるの、どうかと思って……でも」
小屋の中で視線がぶつかった、あの時の龍の顔、そして硬いままだった彼の表情を思い出す。
「龍だって、見せることないと思う」
「え?」
驚き顔の少年を見て、月子は頷く。
「息止め芸だけでいいんじゃない? 十分過ぎるくらい、お客さん達盛り上がってたよ」
「月ちゃん」
「よし! 私今から、悟さんのところ行ってくる。ちゃんと話つけてくるから、待っててね」
襖を開けると、後ろを見ずにずんずん廊下を進んでいった。
言葉を返す隙も与えられなかった姉弟は、開いたままの襖をしばし眺めたままぽかんとしていたが、遂に緋奈が声を上げて笑い始めた。
「本当に面白い子ねぇ。最初に見た時は、物分りのいい大人しいだけの子なのかと思ったけど、全然そんなことない」
龍は姉の鱗が、きらりと光を飛ばしていることに気づいた。部屋の照明に照らされているからではない。自ら発光しているのだ。たまにこういうことが起こる。心が興奮したり、喜びに震えた時にこうなるのだ。
「不思議な子ね、龍」
「口数が少ない時の月ちゃんは、言葉にする必要がないって考えてるだけだよ。大人しいわけじゃない」
「あら、わかったような口聞くじゃない」
「分かるよ。僕と同じだ。似てるから分かる」
「ふーん」
それ以上何かを言うと、この姉のことだからからかってくるなと分かって、龍は口を噤んだ。しかしやけに天井がチカチカしていると気づいた時に、「しまった」と思ったのだった。ニヤニヤ顔の緋奈が、笑いを抑えるように口元を手で覆っていた。
「好きになっちゃったんでしょう」
くぐもったからかい声が聞こえてくる。
顔を逸し黙ったままの龍に、緋奈は追い打ちをかけた。
「早く服着ちゃいなさい? お姉様にはバレバレよ」
天井に鮮やかな光を飛ばしていたのは、龍の鱗だったのだ。