第7話 ネロ ③

文字数 1,782文字

 ローマでは第4代皇帝、クラウディウスが即位しました。
 彼は、体の弱い血筋の中にあってもさらに虚弱体質だったと記録されています。足も悪く、片足を引きずりながら歩いていた、とかなんとか。
 クラウディウスの血筋は、ローマではかなり高貴なものでした。正直な話、カエサルやオクタヴィアヌスを輩出したユリウス氏よりも有力だったのではないでしょうか。
 にもかかわらず、体が弱かったがために一族では疎まれ、公職につくことも長くなかったそうです。

 カリグラの死後、回ってきた皇帝の地位を、彼はどのように考えていたのでしょうか。
 重要人物だったはずなのですが、性格などについてはあまり記述を見つけられませんでした。悪名高い皇帝たちに挟まれ、いたって普通の人だったのかもしれませんね。

 ただ、4度の結婚をしています。当時は政略結婚を何度もくり返すのはそう珍しいことではありませんでしたが、クラウディウスの場合はなんとなく印象が違います。
 というか、3番目4番目の奥様方がどうにもアクが強い……。

 3番目の妻、メッサリナはオクタヴィアとブリタニクスの母です。
 が、どうも悪女色が強い。クラウディウスよりも20歳以上年下だったらしいのですが、夫だけでは満足できず、多くの男性と浮名を流していました。
 クラウディウス帝をそそのかして気に入らない相手を処刑させたなどの逸話も多く残っています。

 やがてメッサリナは、クラウディウス暗殺を企てます。情夫のシリウスと結託して、クラウディウス亡きあと彼を皇帝にしようとした、とか。
 正直、眉唾ものだなぁとは思っています。さすがに成功するわけないでしょう、そんな計画。
 もっともそのような話を信じられてしまうほど、メッサリナは悪評が強かったということかもしれません。
 皇帝暗殺は、計画だけでも死罪です。メッサリナには自害が命じられました。

 独りになったクラウディウスに近づいたのは、アグリッピナでした。
 クラウディウスの即位に合わせて、流罪を解かれてローマに戻って来ていたアグリッピナは独身となった皇帝に言い寄ります。
 2人の関係は、ローマにおいても禁忌です。叔父と姪の結婚は、現在はおろか当時でも禁じられています。
 にも関わらず、法を曲げてまで押し通してしまいました。

 どうもクラウディウス帝、女性に弱い。メッサリナの件でも思いましたが、もう完全にアグリッピナの言いなりの印象です。

 皇帝としての政務は、可もなく不可もなく。善も悪もなく。記述が残されていないということは、そういうことなのかなぁという認識です。

 さて、アグリッピナ。念願の皇后に納まりました。
 とはいっても、最終目標はもっと上、息子を皇帝の地位につけることです。
 薄幸の少女は、たくましい成長を遂げました。
 というよりもやはり、前回にも申しあげたとおり、だからこそ幸せを手に入れようと躍起になっていたのかもしれません。

 けれど、アグリッピナの息子が帝位に就くのはかなり難しいと目されていました。
 なにせ、クラウディウスには実子、ブリタニクスがいるのですから。ネロの方が年長とはいえ、彼が第一皇位継承者でした。
 そこでアグリッピナは、我が子をクラウディウス帝と養子縁組で結びつけました。
 さらに、オクタヴィアを養女に出してまでネロと結婚させます。この処置により、ネロがブリタニクスを抜いて第一皇位継承者となりました。

 ブリタニクスが不利になる動きを父親自ら行ってしまうというのが、不思議で仕方ありませんでした。そんなにアグリッピナに骨抜きにされていたのかと、クラウディウス帝に不甲斐ない印象を抱いたものです。
 でもふと思ったのです、そもそもすべてはネロを皇位継承者にするための処置だったのではないかと。

 ネロ――力と正義を意味する、クラウディウス氏に伝わる由緒正しき名前を与えたところに、クラウディウス帝の期待が表れていたのではないか。
 ブリタニクスは病弱で、夭折の可能性もある。そうでなくとも優秀なアグリッピナの息子を、ブリタニクスの補佐としてつけたい――そういった意図もあったのではないでしょうか。
 そう考えると、女性にだらしなく言いなりになってしまった情けない皇帝とのイメージからはかけ離れてきます。

 ただ、計算違いは想定していたよりも早く、クラウディウスの命が尽きたことでした。
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