第18話 ガイウス ①
文字数 1,453文字
さて、主要登場人物、最後はこの人、ガイウス・ペトロニウスです。
基本的に「背徳者」の登場人物たちは、史料を読んでいた私の印象を元に人格形成を行っていきました。
意外に思える性格をしているネロやオトも、こんな風に言われてはいるけど実はこう思っての行動なんじゃないかな、みたいな感じで、割りと最大限好意的に見た解釈というか。
が、ペトロニウスに関しては先に人物像ありきでした。
ペトロニウスが長身の美形、剣闘士並みの強さを持つなんて史料、どこにもありません。
作中のガイウスは、それこそストア派のような、質素な暮らしをしていますが、史料に残るペトロニウスは飽食、放蕩の限りを尽くしているように見えます。
彼につけられた呼び名は、「典雅の審判員」です。
せっかくオトを遠ざけたと思ったらまた違う遊び人を側近に加えるなんてと、元老院議員も思っていたんじゃなかろうか。
要するに、「第二のオト」と周囲に認識されていました。
むしろ、ペトロニウスの方が性質が悪かったんじゃないでしょうか。彼はとても、頭脳明晰です。
頭の回転も弁舌もうまく、ネロを丸め込むのもお手の物だったでしょう。
キリスト教徒たちに行った残虐な処刑法も、考案者はペトロニウスだったという説もあるくらいです。
ネロが暴君と言うのなら、間違いなくペトロニウスはその片棒を担った男でした。
とはいえ、ペトロニウスはその前半生をあまり知られていません。
というか、調べ方が足りなかっただけかもしれませんが、ネロと出会って以降の記述はあってもそれ以前のものがあまりないのです。
なによりペトロニウスと言えばやはり、「サテュリコン」ですよね!
ネロ時代の風刺小説……というか、官能小説というか。ピカレスク小説と分類されてもいるようです。
写本が欠損していたりもしているようで、完全な形では残っていません。私も実際に読んだことはなく、内容をあらすじとして知っているだけです。
三人の好色な男たちのお話、うち一人の視点でストーリーは進みます。
男女の絡みはもちろん、奴隷の美少年をとりあったりする少年愛も描かれているそうです。
有名な「トリマルキオの饗宴」。饗宴の様子などとても詳しく描写されていて、当時の文化を知るのにとても有効な資料とされています。
それが器だの余興のための装置だの、かなり事細かに描かれているようで、それらの構造を知らなければできることではありません。なのでペトロニウスの知識は膨大で、多岐に渡っていたであろうと推測されます。
その能力を政ではなく、放蕩のために費やした人物のようで……なんというか、もったいない。
ネロに対しても、さほど忠誠心をもっていたようには見受けられません。
ピソ陰謀事件で嫌疑をかけられたペトロニウスは、さっさとネロを見限ります。
一方ネロは、ペトロニウスを信用していたように思えるのですよね。
陰謀事件の話を彼にしたときも、「容疑をかけられているみたいだが?」みたいな、どのような弁明をするのかを面白がっていた節があります。
けれど、ペトロニウスの返答はこうでした。
「私がもし関与していたのなら、失敗などしなかったものを」
まぁ辛辣です。
そのまま踵を返して、さっさと自害してしまいます。
方法もまた粋というか悪趣味というか、友人たちを呼んで歓談しながら手首を切り、傷口を時折塞いだり広げたりして遊びながら死んでいった、と。
剛毅といえば剛毅なんですが……正直、呼ばれた友人たち、ドン引きじゃないでしょうか……。