第9話 あわれなる事
文字数 484文字
いとあわれなる事も侍りき。さりがたき妻、おとこもちたる物は、そのおもいまさりて、ふかき物、必ず先立ちて死ぬ。その故は、わが身はつぎにして、人をいたわしくおもうあいだに、まれまれえたる食い物をも、かれにゆづるによりてなり。されば、おやこある物はさだまれれる事にて、おやぞさきだちける。又、ははの命つきたるを知らずして、いとけなき子の、なお乳をすいつつ、ふせるなどもあり。
仁和寺に、隆暁法院という人、かくしつつ、数も知らず死ぬる事をかなしみて、その首のみゆるごとに、ひたひいに阿字をかきて、縁を結ばしむるわざをなんせられける。人かずを知らむとて、四五両月をかぞえたりければ、京のうち、一条よりは南、九条よりは北、京極よりは西、朱雀より東の道のほとりなるかしら、すべて四万二千三百あまりなんありける。
いわむやその前後に死ぬるものおおく、又河原、白河、西の京、もろもろの辺地まどをくわえていわば、際限もあるべからず。いかにいわむや、七道諸国をや。崇徳院の御位の時、長承のころとか、かかるためしありけりと聞けど、その世のありさまはしらず。まのあたりめずらかなりし事なり。
仁和寺に、隆暁法院という人、かくしつつ、数も知らず死ぬる事をかなしみて、その首のみゆるごとに、ひたひいに阿字をかきて、縁を結ばしむるわざをなんせられける。人かずを知らむとて、四五両月をかぞえたりければ、京のうち、一条よりは南、九条よりは北、京極よりは西、朱雀より東の道のほとりなるかしら、すべて四万二千三百あまりなんありける。
いわむやその前後に死ぬるものおおく、又河原、白河、西の京、もろもろの辺地まどをくわえていわば、際限もあるべからず。いかにいわむや、七道諸国をや。崇徳院の御位の時、長承のころとか、かかるためしありけりと聞けど、その世のありさまはしらず。まのあたりめずらかなりし事なり。