今日の日記
文字数 1,574文字
作業所で内職中、声を掛けられてることに気が付かず、2回目で「ハッ」となった。こんなドラマみたいなこと、あるんだなぁ。その時はちょうど、元夫のことを考えていた。元夫の家に戻りたい衝動が、どんと突き上げてきたのはこのあたりから。それで、実際、今日、元夫と私が暮らしていた家に“戻った”。
いつもなら、駅のロータリーでバスを1時間半は待つ。だけど、ロータリーへは一切行かず、横断歩道を渡った。この辺りから心臓がバクバクしてきた。元夫には、もう“彼女”がいると聞いていたから。もしかしたらもう既に、あの家に同棲しているかもしれない。そう考え出すと悪い予感はたちまち風船みたいに膨らんで、僕の肺を圧迫し出し、呼吸が荒くなって、脚も震えてくる。干された洗濯物がひらひら舞っていたらどうしよう。部屋の中で女の人が、猫を撫でていたらどうしよう。嫌な予感は、“帰り道”をより遠く感じさせた。蒸し焼きになりそうな午後。帽子をかぶっても、頬を、顎を、西陽が焼きつくそうとする。それでも僕の両脚は、小さく震えていること以外は勇ましかった。長い長い田圃道を急かされるようにして歩き、残り数メートルの地点で僕はたまらなくなって走り出した。
あぁ! よかった! 洗濯物は揺れてない。洗車用の水撒きホースがちらりと見えた。いつもの、僕が追い出された日と同じーー。ふと、玄関のドアノブに、何かが掛けられている。近づく。それは、フクロウの形をした、虫除けのアイテムだった。ざわついた。元夫は、間違っても玄関にこんなオブジェは飾らない。冷蔵庫にただの一つのマグネットを貼るのを嫌がったように。新しい女性ーー?
僕は、窓を覗き込んだ。家はメゾネット式で、一階のリビングは覗こうと思えば覗くことができる。僕がさんざん可愛がっては鬱陶しさがった猫がキャットタワーで丸くなっている。窓を突きたがったが、流石にできかねた。それで僕は安心しかけた。なるほど、屋内には気配なさそうだな。ドアノブにのフクロウも、元夫が気まぐれで購入したものかもしれない。ただ、室内をよりよく覗こうとしたとき、“嫌な予感”は“確信”に変わり始める。リビングの灯りが、二箇所ついているのだ。元夫は、さすがに猫のために電気をつけっぱなしにして会社に行ったりはしない性格。なのに、リビングに灯りがついているのだ。昼間にも関わらず、両方ともの電気が。
家人がいる。
いるのだ。
その事実が、二箇所の灯りから、すっと胸に落ちてくる。
小雪のように、少しずつ降り積もっては僕の胸を凍らせた。
夫が飾らないような可愛らしい色合いのカレンダーも目についた。
あぁ、それでも僕は、何かの希望に縋りたかった。
しばらく躊躇ったあと、インターフォンを押した。
懐かしいチャイムの音が、こだまする。
だけで、何もなかったので、「なんだ、彼女なんて気のせいか」と思い、もう一度ドアフォンを押した。
応答はなかったが、何か気配がした。
中に誰かいるのかいないのかよくわからないまま帰るのが嫌だったのでもう一度部屋を覗くと、リビングの灯りが二箇所とも消えていた。
居留守を、使われていることがわかった。
やはり、家人はいた。
元夫は、新しい恋人と同棲を始めている。
僕と元夫が一緒に住んで、争って、笑い合って、ふざけ合ったあの家で。
僕が畳むのがめんどくさいと言っていたIKEAのテーブルがまだ置かれてあった。
他は、どうなっているのか知らない。
帰り道は、胸も脚も軽かった。
涙も出ないし、怒りもない。
ただ。
僕の今の気持ちは、まるで不倫され、略奪愛されたみたいだ。
いっそ、そう思い込んでしまおうかな。私のただの妄想だけど。
元夫は決して不倫なんかするような人じゃない。
と、思う。
あの家人は、泥棒猫ということになる。僕の妄想の世界では。
いつもなら、駅のロータリーでバスを1時間半は待つ。だけど、ロータリーへは一切行かず、横断歩道を渡った。この辺りから心臓がバクバクしてきた。元夫には、もう“彼女”がいると聞いていたから。もしかしたらもう既に、あの家に同棲しているかもしれない。そう考え出すと悪い予感はたちまち風船みたいに膨らんで、僕の肺を圧迫し出し、呼吸が荒くなって、脚も震えてくる。干された洗濯物がひらひら舞っていたらどうしよう。部屋の中で女の人が、猫を撫でていたらどうしよう。嫌な予感は、“帰り道”をより遠く感じさせた。蒸し焼きになりそうな午後。帽子をかぶっても、頬を、顎を、西陽が焼きつくそうとする。それでも僕の両脚は、小さく震えていること以外は勇ましかった。長い長い田圃道を急かされるようにして歩き、残り数メートルの地点で僕はたまらなくなって走り出した。
あぁ! よかった! 洗濯物は揺れてない。洗車用の水撒きホースがちらりと見えた。いつもの、僕が追い出された日と同じーー。ふと、玄関のドアノブに、何かが掛けられている。近づく。それは、フクロウの形をした、虫除けのアイテムだった。ざわついた。元夫は、間違っても玄関にこんなオブジェは飾らない。冷蔵庫にただの一つのマグネットを貼るのを嫌がったように。新しい女性ーー?
僕は、窓を覗き込んだ。家はメゾネット式で、一階のリビングは覗こうと思えば覗くことができる。僕がさんざん可愛がっては鬱陶しさがった猫がキャットタワーで丸くなっている。窓を突きたがったが、流石にできかねた。それで僕は安心しかけた。なるほど、屋内には気配なさそうだな。ドアノブにのフクロウも、元夫が気まぐれで購入したものかもしれない。ただ、室内をよりよく覗こうとしたとき、“嫌な予感”は“確信”に変わり始める。リビングの灯りが、二箇所ついているのだ。元夫は、さすがに猫のために電気をつけっぱなしにして会社に行ったりはしない性格。なのに、リビングに灯りがついているのだ。昼間にも関わらず、両方ともの電気が。
家人がいる。
いるのだ。
その事実が、二箇所の灯りから、すっと胸に落ちてくる。
小雪のように、少しずつ降り積もっては僕の胸を凍らせた。
夫が飾らないような可愛らしい色合いのカレンダーも目についた。
あぁ、それでも僕は、何かの希望に縋りたかった。
しばらく躊躇ったあと、インターフォンを押した。
懐かしいチャイムの音が、こだまする。
だけで、何もなかったので、「なんだ、彼女なんて気のせいか」と思い、もう一度ドアフォンを押した。
応答はなかったが、何か気配がした。
中に誰かいるのかいないのかよくわからないまま帰るのが嫌だったのでもう一度部屋を覗くと、リビングの灯りが二箇所とも消えていた。
居留守を、使われていることがわかった。
やはり、家人はいた。
元夫は、新しい恋人と同棲を始めている。
僕と元夫が一緒に住んで、争って、笑い合って、ふざけ合ったあの家で。
僕が畳むのがめんどくさいと言っていたIKEAのテーブルがまだ置かれてあった。
他は、どうなっているのか知らない。
帰り道は、胸も脚も軽かった。
涙も出ないし、怒りもない。
ただ。
僕の今の気持ちは、まるで不倫され、略奪愛されたみたいだ。
いっそ、そう思い込んでしまおうかな。私のただの妄想だけど。
元夫は決して不倫なんかするような人じゃない。
と、思う。
あの家人は、泥棒猫ということになる。僕の妄想の世界では。