2:時空《とき》を、こえる

文字数 1,982文字



「とりあえず現状だけ聞くと、今回の事件で砂月が死ぬ可能性は低そうだね。それだけはちょっと良かった」

 その場にそぐわない明るい声音で言ったのは、岸田篤人だった。
 いきなり話の趣旨が変わったことに若干面食らう。

「……えっと……そうなの?」

 というよりすっかり忘れていたのだ、そんな話。
 そこは今あまり重要じゃない。というかどうでもいい。

「だってホラ、逸可の視た未来では砂月は銃に撃たれてたでしょ? 今回のケースだと銃が凶器ではないみたいだし」

 それは、初耳だ。
 あたしは撃たれて死ぬのか。

「でも傍に警察が居る以上やっぱ可能性的には高いのかな。これだけの事件だと所持命令も出てるよね、きっと……」

 その様子はふざけているわけでもなく、本気で考えてくれているらしいことは分かる。
 だけど現時点においては余計なお世話でしかなかった。

「その話、今は置いておいてくれないかしら。あたしより先に死人が出るかもしれないのよ」
「……待て篤人、俺そこまでお前に話したっけ…?」
「なにが?」
「そいつが撃たれる未来」

 なぜか藤島逸可までも話に乗り出す。
 若干後悔してきた。少しでも気を許してしまったことを。
 半ば諦めにも似た気持ちで口を(つぐ)む。
 ここではあたしの意志はあまり尊重されない。

「……え、あれ、逸可に聞いたんじゃ…なかったっけ?」
「俺は視た内容をそんな容易に他人に話さない」
「あれじゃあ、なんで知ってるんだろ……ていうか、そう、聞いたっていうよりは、視た気がして……」
「……視た? お前もそいつの未来を視たってことか?」
「待ってそんな詰め寄らないでよ、一瞬のことだし僕の錯覚か妄想かも……」

 目の前で藤島逸可がたじろぐ岸田篤人に詰め寄っている。なんとなく不穏な空気を醸し出しながら。
 話を先に進めたい。事件の情報や捜査情報を無断で漏らしてしまった以上、なんらかの収穫が欲しかった。
 だけどきっと、言ってもムダなんだろう。
 無視されるのが容易に想像できた。
 なんだか理不尽だ。

「……ありえなくもねーけど、どっちかっつったら思いがけない力が働いたのかもな、あの瞬間に。階段からお前らと落ちたあの瞬間、それぞれの力が発動してたんだ。例えば一瞬ぐらいビジョンを共有しても不思議じゃねぇ」
「……思いがけない、干渉……?」

 岸田篤人が首を傾げる。
 藤島逸可の想像はあくまで空想的でしかなかった。
 だけどその言葉はあたしの内にもひっかかりを覚える。
 つい先日同じような内容を、あたしも聞いていた。
 思わずそれは口から零れていた。

「……シラセも……似たようなこと、言ってた」
「白瀬さん?」

 そうだシラセは、どちらかというと藤島逸可より。

「……え、さ、砂月……? そんな真正面から見つめられると、さすがにちょっと照れちゃうんだけど」

 こいつ…岸田篤人の力の方に、興味を示していた。

「この前、〝世界に干渉できるのか〟って、訊いたでしょう?」
「ああ、卵焼き検証?」

 そう、あの時。止めた世界に彼は干渉を示して見せた。
 彼が止めた6秒間の世界。
 その支配権は、彼にある。

 シラセは、何て言ってた?
 興味がなくて聞き流していた。
 だけどそう、確か

 ――『あくまで主観はアタシ達前提だけど……アタシ達の知らない時間がそこには
存在してるってことでしょう? その時彼は、一体ドコに居るのかしら?』

「別の、時間……」

 ――『時を止めるって、まるで空間を跳び越えてるみたいだと思わない?』

「空間を、越える」
「……は?」
「ビジョンを共有したんじゃない……〝そこ〟に、篤人も居たんだとしたら……」

 口にしながら、なんてひどい空想だろうと思った。
 だけどなぜか止まらなかった。
 声が、震える。

「篤人ひとりだったら……時は、止まるだけかもしれない。でも、例えば、あたし達の力が互いに干渉し合って、予期せぬことが起こったとして……そう、例えば…」

 上手く言葉がまとまらない。
 こんなの何の根拠もない、ただの妄想もいいところだ。
 でもなぜだろう、完全に切り捨てられない自分が居る。

 できる気がした。
 ソレが不可能だとは思わなかった。
 藤島逸可があたしの意図に気付いたのか、表情を僅かに強張らせている。

「いやありえねぇだろ。第一俺達は〝視る〟だけだ。干渉はできない」
「篤人はできる……! 能力だけ見れば〝共有〟より〝干渉〟のが合理的だわ。あたし達が〝視る〟世界に、もしかしたら篤人は……!」
「ねぇちょっと待ってふたりとも、僕だけ意味わからないんだけど」


「篤人はもしかしたら、時空(とき)を越えられるのかもしれない」

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