5:零れ落ちて消える前に②

文字数 1,959文字



「馬鹿はお前だろ」

 視線の先で藤島逸可はやはり偉そうに言った。
 なんでもわかっているって顔で、ひとのことを上から目線で見下して。
 だけどどうしてこの人も。関わることをやめないのだろう。

「言ってんだろ経験の差だって。結局最終的には気持ち次第なんだよ」
「……それが、できないから、あたしは……っ」
「できる」
「……」

 どうしてそんな自信たっぷりと言えるんだろう。
 あたしとあんたとでは違う。
 でもそれはきっと彼自身が言うように、それだけの経験をしてきたんだろう。
 その心と、身体で。

「お前の場合は過去に遡る時と、それから帰ってくる時の強いイメージ。対象の存在をぶらさず軸にする集中力。それをしっかり保てばいい。その力だってお前の一部だ。お前に扱えないはずねぇんだよ」

 声音をそのままに、だけどその目が少しだけ細められる。
 いつもムダに突き刺す敵意が少しだけ薄れている気がした。

「ほら砂月、逸可がアドバイスくれたよ。参考にしてみようよ」
「アドバイス……」

 ぽんぽんと優しく背中を叩かれて言われた言葉に思わず目を瞬かせる。
 またダメ出しされたのかと思った。
 でも不思議と藤島逸可の言葉はしっくりくるものがあった。それを実践できるかは別だけれど、できるなんて言われたのは初めてだ。それは多分他の誰かに言われても他人事の言葉だっただろう。今までのあたしにとっては。

「僕も何かアドバイスできたら良いんだけど、何せなんの役にも立たないからな。6秒間だけ時間を止めたって」
「……でも」

 思い出す。最初にあったあの日のこと。
 少しだけ体を離して見上げると、相変わらずのうさんくさい笑顔。
 信用はまだできないけれど。いま見えている、触れている確かなものがある。

「あたしのこと、助けてくれた。階段で」
「……僕じゃないよ。最終的にあれは、逸可に助けられたようなものだし。僕が何もしてなくたって、僕が居なくたって。たいして世界は変わらないよ」

 6秒間の止まった世界。
 それはどんな世界だろう。
 あの時咄嗟に触れてしまった彼の過去に、〝止まった世界〟は無かった。
 そこはあたしでも〝視られない〟世界なのだろうか。
 それとも。

「でも無意識にカウントしてるんだよね。時間を止めるその瞬間から」
「……カウント?」
「いーじゃんソレ。お前もやってみろよ、カウントダウン。お前みたいなタイプには有効かもな。集中力が3割は増すしスイッチが入りやすくなる」

 岸田篤人の言葉に反応したのは藤島逸可で、椅子に深く座っていた体を起こして面白そうに言う。

「……カウントダウン……」

 そんな考え方を今までしたこともなかったし、そんな使い方もしたことなかった。それがあたしにとって、良いことなのか悪いことなのかは分からない。でも確かにあたしは、明確な努力を今までしてこなかった気がする。
 藤島逸可はあたしの顔を見たまま続けた。

「お前はべつに、そのままで大丈夫だ」
「……え?」
「能力なんて経験と環境でこれからどうとでもなる。力の制御っていうのは、器の成長と共に落ち着くようになる。お前は俺みたいにならなくていーんだよ」

 生憎その気はさらさら無い。だけど。自分のようになるなというその心は少しだけ理解できた。そう思わせる何かが、彼にあったことも。
 彼はきっと努力してきたのだ。生まれた時から今まで、その力と共に。多分あたしの何十倍も。

「ねぇ砂月、僕たちにも手伝えないかな。珍しく逸可も協力的だし、実際の手助けはたかが知れているけれど……今みたいに力のアドバイスくらいならできるかもしれない。少しでも砂月が傷つかないよう、良い方向に変えられるかもしれない」
「……捜査に……協力したいってこと?」
「砂月に退()く気がないのなら、その方が効率は良い気がしてる。僕も退()く気はないから」

 その提案を、いつものあたしだったらすぐに拒否していただろう。
 だけど拒絶の言葉はあたしの口から出なかった。今までよりもずっと冷静に、今の状況を受け止めて、そして考えている。

 誰かに頼るなんてイヤだった。あたしにできる唯一のことを、人に委ねて自分の無力を思い知るだけなんて。
 でも現実にあたしはこんなにも無力で、できないことの方が多くて。
 もう十分、みっともない所はさらしてしまった。無力だと認めざるを得ない。それでもあたしにできることが、まだあるのだとしたら。
 変わるなら今なのかもしれない。

 深く呼吸をし、息をつく。
 少なくとも守秘義務を犯す覚悟は必要だ。

 心を決めてあたしは事件の詳細を、あたしが知っている限りの情報を話し出した。

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