3:赤いバケモノ

文字数 2,465文字



『――触らないで……!』

 その言葉の意味を、〝俺たち〟は誰よりもよく知っている。分かっている。
 拒絶されて生きてきた人間は、けっきょく他人を拒絶して生きていくしかない。
 差し出された手をカンタンにとることなんか、ゆるされない。

 それが生まれ持った業なのだ。
 たとえ望んでいなくとも。

 不規則で不揃いで膨大なその情報(ビジョン)を〝未来〟の出来事だとようやく確信した時、俺は親を捨てる決意をした。

 いちばん最初に〝視た〟のは母親。触れ合う機会が多かったのだから仕方ない。
 お世辞にも俺の両親は、子どもに愛情がある親ではなかった。
 互いに情もない。お見合い、しかも政略結婚だったらしいから仕方ないのかもれないけれど。
 だけど子どもながらに自分が生まれ持ったこの力をおそれ、戸惑い、持て余し。
 助けを求める気持ちがなかったと言えば嘘になる。
 だけどそれはできなかった。
 未来の俺はどうやったって、親に売られる。
 この力と俺という存在は、実の親の手にすら余るものだったのだ。

 だからそうなる前に俺が親を捨てることにした。

 そうして俺は自ら生きる場所を選んだ。
 この力を上手く利用して、自分を守り、生かし、そして相手を利用する。
 そうして俺は生きてきた。
 生きていく。
 生きなきゃいけない。
 あいつらにこの手で復讐するまでは。

◇ ◆ ◇

 ただ静寂と暗闇に身を沈めていた校舎が、突如鮮烈な色を放った。
 赤。人工的な赤い光。
 一瞬でそれは消えたかと思ったら、また灯る。
 規則的に点滅するその赤の色の正体を知ったのは、もう引き返せない所まで来た時だった。

「……くそ、これ全部かよ……!」

 赤は警告。
 廊下に、階段に、行く手を示すように連なるその赤い光はまるで誘導灯のようだと思った。
 赤い道ができている。
 おそらく目的地、川津雄二の所まで。
 いやもしかしたらこの校舎全体に仕掛けられているのかもしれない。その可能性の方が高い。
 そう思えるくらいに校舎全体が内側から赤い警告を放っていた。

 規則的に、等間隔に、壁に仕掛けられた時限爆弾。
 おびただしいほどの赤。
 それは校舎内に足を踏み入れるのと同時に起動されたもの。
 つまり分かってはいたけれど、こちらの行動はすべて見えているということ、そして同時に川津雄二にこちらを生かす気などないということだ。
 すぐ後ろに居た篤人の息を呑む気配に、俺は舌打ちしそうになるのをなんとか堪える。
 俺まで呑まれたら終わりだ。

「……逸可」
「黙ってろ、今の俺が未来を視れる回数は限られてくる。最短ルートを絞る為にももう少し距離を縮めたかったが……相手に居場所がバレてる上に、〝これ〟は避ける避けられない以前の問題だ。どこに回避したって相手のボタンひとつでこの校舎ごと吹っ飛ぶ可能性もある」

 もっと局所的なトラップならまだ楽だった。
 回避という道だけを探せば良い。
 だけどこれは流石に想定外だ。
 回避用の道が、塞がれてしまった。
 まるでこっちの裏を読まれたみたいに。
 いや、おそらくもっとシンプルなだけだろう。
 逃す気などないのだ。誰ひとり。
 壊したいだけなのだ、すべてを。

「……なんとかつっきれないかな。川津雄二の居る場所は3階の教室でほぼ間違いないんだし、相手の所まで辿り着いてしまえばそう簡単には爆破もできないんじゃ……」
「さすがにここから3階までの間にどこかでは捕まる。例えば二手に分かれたとしても相手には全部見えてる。双方爆破して足止めして終わりだ」
「……でも」

 ふと篤人が声音を落とす。
 相手に会話まで聞こえているとは考えにくい。
 だけどおそらく本能的に、反射的に潜められる声音。

「僕は、相手の視界から消えられる。それは監視カメラでも同じことだよ」
「……!」

 そうだ、確かに。
 6秒間。篤人だけは他人の干渉の一切及ばない世界に居る。
 その6秒で3階の川津の居る教室まで辿り着くのは無理かもしれない。
 だけど相手の監視下から突然その存在が消えれば、相手の意表を突くことができれば。
 隙はできる。
 チャンスが生まれる。

「……まて、くそ。それって俺の想定するルートが増えるだけじゃねぇか……!」

 思わず頭を抱えながらも、俺はほとんど無意識にポケットから携帯電話を取り出していた。
 篤人も俺の意図を正しく読み取り自らの携帯電話を取り出す。
 時間はあとどれくらいある?
 ここから二手に分かれて、6秒間先をゆく篤人を、上手く利用して。
 どちらでも良い。先に川津雄二の居る教室に着き砂月の無事と場所を確認する。それが俺たちの役割だ。
 その後はぜんぶあいつらに、白瀬たちが何とかするという、そういう算段だ。
 辿り着けさえすればいい。
 誰も死なずに。

「迷ってる暇もねぇ、行くぞ。お前は階段からまわれ、その中での最短ルートだ!」
「逸可は?」
「いきなりお前の存在が消えれば、ひとまず相手は俺を先に始末しようとするはずだ。ここまで自分のプランにこだわりのある相手だ、想定外(イレギュラー)な事態を好まない。相手が白瀬の言っていた通り時間にこだわっているなら、校舎ごと爆破するまではまだ時間が要る。だから俺は、時間を稼ぐ。わざと犯人の目をひきつけながら、6秒後を先読みしてお前を誘導する」
「……わかった」

 やりたくない。
 自分が想像するよりずっと複雑で負担がかかる。
 断続的な時間限定での先視と、そして自分自身のルートの先視。
 おそらく今まで力を使ってきた中で1,2を争うレベルだ。
 この校舎すべてを対象に、ふたり分の未来を視る。
 だけど今はこれしか方法がなかった。
 かけるしかない。
 不確かな篤人の6秒間に。

「――行け!」

 叫ぶのと同時に壁に手をついて、固く目を瞑る。
 確実に、望む未来を手繰り寄せる為に。

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