3:かわいくない協定

文字数 2,480文字


「……それこそ余計なお世話だわ」

 それだけ言って入沢砂月はドアをぴしゃりと閉めた。
 藤島の舌打ちする音が部屋に落ちる。

「かわいくねー女。お前もそう思うだろ?」

 ソファに深く身体を沈めた藤島が、不本意そうに僕に問う。
 不本意なのは僕の方なのだが。
 僕のお気に入りのソファの上で藤島はすっかり我が物顔だ。

「……入沢は、かわいいと思うけど」
「外見じゃねーよ。性格ブスは願い下げだね」
「大丈夫、藤島も負けてないから」
「お前ホントいー度胸だよな」

 メガネの向こうで藤島が笑った。今まで見た中では一番トゲの無い笑い方だった。僕も少しだけ肩の力を抜く。

「……ソレってさ、自分の未来も視えるんだ?」
「……いや。俺は俺自身の未来だけは、視えない」
「あれ、でもさっき……」
「俺自身の未来は視えなくても、自分の未来を知る方法はいくらでもある。俺と近しい人物や物や場所。情報を集めて検証を重ねれば、そればそれが俺の未来になる」
「ああ、親とか恋人とか友達とか?」

 何気なく言った僕に、藤島はまた笑う。今まで見た中では一番トゲのある笑い方だった。

「残念ながらそういったモノは俺にはいない。そんな一番信用できないモノ、要らないね」

 その言葉で入沢砂月じゃなくとも少しだけ藤島の顔を垣間見れた気がした。
 同情と同感が一緒に沸く。そんなもの本人は望んでいないのを分かっているので、悟られないよう少しだけ視線を逸らした。

「俺とあいつ、どっちが先に死ぬか楽しみだな」

 困ったな。このままだとどうやら僕達はみんな、未来が無いらしい。

「僕の未来も、視た?」
「いーや。お前やあいつがどうだかは知らねーけど俺はある程度この力を制御できる。なんでもかんでも視るわけじゃないし、視たくもねぇ。あいつのは……不意打ちみたいなもんだ」

 言ってカチャリと人差し指でメガネのフレームを押し上げる。
 なるほどと思った。僕のカウントダウンと同じように、スイッチがあるのだろう。

「お前らが俺の上に降ってきやがって、たまたま触れたあいつの未来が、はいってきたんだ」

 確かに触れるものすべての未来が視えてしまったら、なんて鬱陶しい世界だろうと思う。世界はこんなにも雑多な他人で溢れているのに。
 でも視たいものだけ視られるのであれば、それこそ世界を変えてしまえるのではないだろうか。
 なんて発想自体くだらないのかな。

「視てほしいなら、視てやってもいいけど?」

 意味ありげに藤島が笑って言う。無関心を貫こうとしていた昼間の彼はどこへいったのやら。ここまで来たら隠すのも面倒くさくなったのだろう。
 藤島も薄々気づいている通り、僕に秘密をバラす気は無い。咄嗟の幼稚な脅迫は見事に不発に終わった。

「間に合ってる」
「あっそ」
「入沢は本当に死ぬの?」
「このままだとな」

 だけど未来は変えられる。不変で絶対的な過去とは違い、未来は可変だからだ。

「このままだと僕らは、人殺しになるのかな」
「は、ジョーダンだろ! 本人に忠告はしたし、あの様子だと自覚もある。それでも改めないならただの自殺とおんなじだ」
「……入沢が回避しようと思えば、回避できる未来ってこと?」
「おそらくな」

 じゃあ入沢砂月は自ら危険の中に身を置いていることになる。
 それはどんな場合だろう。考えてみたけど非凡な僕の想像力ではおよそ正解に至らなかった。
 だけど幸いにも答えを知っている人物が目の前に居る。素直に訊いてみよう。答えてくれるかはナゾだけれど。

「それって、どんな状況?」
「想像力ねーなお前、さっき自分でも言ってただろ」
「さっき……?」

 さっき僕が口にしたこと。
 ――“このままだと僕らは、人殺しになるのかな”

「……人殺し……が、居る状況ってこと……?」

 藤島は答えの代わりに笑った。

「俺たちみたいな力を持ったやつらに選べる選択肢はふたつだけだ。ある程度の社会的地位・立場・権力を持った人間を利用するか、利用されるか。俺は前者であいつは後者みたいだな」

 殺人と隣り合う確率とはどのくらいだろう。
 日本国内での殺人事件の発生件数は、年間約1,200件から1,300件ほどらしい。これはあくまで僕ら一般人が認知している数に過ぎないけれど。
 近い内に入沢砂月も、そこにカウント・統計されてしまうのだろうか。
 でもそれはきっと、僕らの耳には届かないような気がした。
 ちなみに去年の国内自殺者の数は2万人以上らしい。

「まぁある意味一番安全な後ろ盾だな。警察なんて」
「……捜査協力……ってこと?」
「多分な。俺の力と違って、あいつの力は隠しておけるものじゃなかったんだろ。しかも制御できてないなら尚更だ。バレればそれこそいろんなやつらにつけ狙われる」

 それは能力云々ではなく人格の差ではないかと思ったけれど、口に出すのはやめた。藤島の過去を僕は知らないのだ。

「……藤島が一番信用できるものって、何?」

 さっき藤島はおよそ信用できるであろう者達を、総じて切り捨てていた。
 彼が何かを利用してここまで歩み、そしてそれは入沢砂月が忠告したような軽蔑の対象となりえるようなモノだとしたら。
 なんとなくだけれど想像はできる。この世で信用に値するモノなんてそう多くはない。

「金」

 きっぱりと答える藤島の、パイプ椅子がギシリと鳴った。数歩先に藤島は居る。

「じゃあ交渉しようか、藤島」

 僕を見上げるその目はレンズの向こうでただ黙っている。

「金で君の力を買う」
「本気で言ってんのかそれ?」
「友達になろうって言ってるんだ。代わりに僕は君が望むものを差し出す。お金でしか動かないなら、用意する算段もある」
「口説く相手が間違ってんぞ、お前は過去が知りたいんだろう?」
「うんその為に」

 過去は決して変えられない。
 唯一変えられるのは、未来だけだ。


「入沢を死なせない、絶対に」

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