2:いつか誰かが願ったこと

文字数 2,447文字



 ……とりあえず、受け取っておいてやる。
 今は文句を言う気力も無いので無言でそれを受け止めて、ふんと鼻を鳴らす。
 でもひとつ気に喰わないのは。

「礼を言う顔じゃねーだろ」
「……もとからこういう顔なの。察しなさいよ」

 その顔はすぐにいつもの入沢に戻った。
 やっぱり、可愛くねぇ。

「わざわざそれ言う為だけに呼び出したのかよ」
「……もうひとつ、ある」
「……へぇ?」
「お願いが、あるの」

 ここまできて意外な流れだった。篤人ならともかく、俺への依頼。ということはおれの力を使いたいということ。
 先日白瀬にまんまと利用された件もあった手前、不愉快さは隠さない。体勢を整え、改めて入沢と対峙する。流石に頭も冷えてきた。
 さっき視たものに関してはまるっと保留だ。考えるのは後回しにする。

「内容にもよるし、俺はタダでは動かねぇぞ」
「……」

 俺の言葉に少しの沈黙。それから意を決したように、顔を上げ俺を見上げた。目と目が合って、だけど入沢は逸らさなかった。

「篤人の、知りたがっていること……過去を、視ようと思う。篤人の望みを……叶えてあげたい」
「……へぇ……?」

 篤人の望み。
 それは一番最初、この教室で語られていた。
 篤人の幼なじみの死の真相。
 自殺と言われているが遺書はなく、篤人は自殺だとは思っていない。
 篤人はその死の理由が知りたくて、あの日俺たちを呼び集めた。
 それが俺たちのはじまりだった。

 なるほどそういえば、今回の事件とどこか似ている。
 感化されたかほだされたのか。
 こいつもホント言いように踊らされてるなと思う。というより懲りてねぇ。

「お前くだらないとか言ってなかった?」
「……そう、思ってたわ。幼なじみなんてしょせん他人だって。でも」

 入沢はまだ、目を逸らさない。
 言葉の端が少しだけ震えていた。

「幼なじみと恋人は、違う」

 その言葉に僅かに目を瞠る。篤人は、幼なじみとしか言っていない。

「篤人がそう言ったのか?」

 入沢はふるふると首を振った。

「……今回の件で、過去の自殺の記事を調べていた時……篤人の話を思い出したの。篤人の幼なじみが亡くなったのも、2年前だったから……」

 篤人の出身中学は調べればすぐにわかる。
 そこから辿る過去に、(くだん)の自殺の記事はあったらしい。

 新聞記事には篤人の幼なじみと思われる同級生……村上佳音(むらかみかのん)が自殺したという内容と、日記の一部が載っていた。
 当時の日記から村上佳音は幼なじみであり恋人のファンから痛烈な嫌がらせを受けていたことが判明。
 村上佳音の恋人は幼少の頃から有望なバスケットボールプレイヤーだったらしく、周囲の注目度が高かった。
 広く顔が知れ人気もあり非公認のファンクラブまであったという。家や学校にも押しかけてきたほど熱烈な。
 恋人の名前は公表されていないものの、そこまで書かれていたらそれが誰のことだかは容易に想像できた。
 入学当初、隣りのクラスの俺のところにも篤人の噂は聞こえてきていた。挫折したイケメン天才バスケットプレイヤーが、スポーツヘタレ校のウチに逃げてきたと。関わるようになった今でもその真偽に興味はないが。

「……恋人、か」

 岸田篤人という人間を、俺は充分に知り理解しているわけじゃない。だけど俺なんかよりはよっぽど誠実に、相手を想い築き上げた関係があるのだろうと思う。おそらくそれは、目の前の入沢も同じ印象なのだろう。

「この前の件で……思ったの。あたし達の力はひとりひとりだと一方通行でしかない。だけど、それぞれベクトルの異なる力の干渉が引き起こす可能性を、あたし達は身を以て体験した。ひとりでは無理だと思っていたことでも、不可能ではないと知った。あたしにとってこの世界は随分一方的で理不尽だと思っていたけれど、それだけでは無かったわ」
「お前それ思い上がりだって気付いてる?」
「……自覚はある。でも、可能性っていうのは時に希望のことよ」

 僅かに逸らしたその瞳が、濡れている。あの事件を経て何かが変わったのだろう。
 それが良いことなのか悪いことなのか俺には分からないし、口出すことでもない。

「できることなら、篤人を過去へ……恋人が死んでしまうその直前まで、送りたい。だって例え過去の出来事をあたしが視て伝えたって、結局は他人の言葉でしかないから……だったらいっそ、本人の目で見て、知って、変えられる過去があるなら……生きていて欲しかった人が居るなら、救ってきた方がいい……あたしは、そう思う」

 死んだ人間を、過去に戻って救ってこいと言っている。それは過去を大きく変え、未来のすべてを変えるということだ。それが一体どういう意味なのか、わかっているのかこいつは。

「そんなことして、許されると思ってんのか」
「……許す? 誰に許しを請うのよ。この世界は一度だって、あたしを許したことなんかないわ。そしてあたしも、許されたいなんて思ったことない。そんな不透明で理不尽な存在に、自分の意思も希望も可能性も、委ねない」

 それは小さな虚勢のようにも、世界という絶対的な存在への反抗のようにも思えた。

「だけど……悔しいけどやっぱり、あたしひとりでは無理なの……ひとりでは、戦えない。挑めない。だから……」
「もういい」

 遮るように口から零れた言葉は、自分で思っていたよりずっと棘のあるものになっていた。
 目の前の入沢がびくりと肩を揺らし、それからわずかに俯く。
 俺たちみたいな人とは違う何かを持って生まれた人間は、一度は考えるんだ。願うんだ。
 世界を変えること……運命に逆らうことを。
 なぜならあらかじめ用意された世界も待ち構えている運命も、呆れるくらいにくだらないものだと知ってしまうから。
 そこに希望は、見出せなかった。

 ……ひとりでは。

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