3:過去を掴む
文字数 2,866文字
「お前が俺に何を求めてるかはわかった。でもお前、この前はひとりでも篤人を過去に跳ばしてただろ。俺に頼らなくてもひとりでもできんじゃねーのか」
「……あの後あたしも、試してみたけど、殆ど精度は上がってなくて……以前よりは余計な情報は視なくてすむようになったけど、あれから一回も成功してないの。直近ならだいぶましになった。だけど過去に遡るほど、特定の時間を掴むのがどうしても上手くいかなくて……」
入沢が悔しそうに唇を噛みしめる。
以前俺自身が試した時も、成功したわけではない。篤人を跳ばすまでは確かに俺の中で座標地点を掴んでいた。
だけど実際は、かけ離れた未来に篤人は跳んだ。結果は残ったが成功とは呼べない。
成功しているのは入沢の一回だけになる。きちんと目的の時間と場所に、送り届けられたのは。
「ようは俺に、舵とり役をやれってことか」
「……シラセから聞いた限りだけど、あなたの時間を特定する能力の精度は確かだしすごいと思う。あたしが、遡った過去の地点から……正確な時間帯に更に時間を進めてもらいたいの」
口にした入沢自身、まだその完成図が描けていないのが分かる。
それでもできると思っているのが不思議だった。
俺が力を貸す以前に、入沢自身の力の制御力の脆さを甘く見過ぎている。
「お前さ、過去を視る時対象の情報を掴みきれないって言ってたよな。それがどうしてで、逆にどうすれば掴めるのかを考えて改善しない限り、そもそも無理だと思うぜ」
「……どういうこと?」
「結果だけ言うと、俺が特定時点の未来を視ることができるのは、自分の〝時間知覚〟を把握し、操作しているからだ。わかりやすく言うと体内時計みたいなもので、その絶対的な感覚で以て時間を認識している。だから十秒先だろうと十年先だろうと、俺の体はそれを〝知覚〟できる。時間の経過を感覚的に理解し、それを未来に向かって広げ、目的の地点で定める力量がある。これはお前にも当てはめることができる。俺と逆の方向にいくだけで、やろうとすることは同じだからだ。だけど現状のお前は、知覚的処理というより認知的処理だ。対象の今現在から過去に向けたすべての情報を取り込んで、その情報量で時間を認識してる。経過したすべての時間を捉えてる。だから、特定の時間を定められない。負担ばかりが大きくなるんだよ。そんな状態で逆の性質を持つ力同士が作用し合ったら、それこそどうなるか予測もつかねぇし、そんな危険な賭けには乗りたくない」
「……えっと……」
俺の説明に入沢が目を丸くしたまま固まる様子が見てとれた。
こいつのこんなまぬけな顔を見れるとは思わず不覚にも笑いそうになるが、同時に伝わらないことへのもどかしさに苛つきもした。
生憎俺も頭が良いほうじゃないので、噛み砕いた説明が見当たらない。
だんだん面倒くさくなってきた。
「頼る感覚が、俺とお前とでは決定的に違うんだよ。お前には圧倒的に、時間知覚能力が足りない。その時点で俺とお前が一緒に何かをやり遂げることなんて、できない」
「……時間知覚……」
入沢は初耳だとでも言いたげな表情で俺の顔を見続ける。
途方に暮れた猫のようだ。
懐きもしない野良猫。
なんで俺がこんな面倒くさいのを相手にしなきゃならないんだ。
「篤人から聞いてるかは知らねぇけど、俺ですら目的の時間を見失ったんだ。今のお前にそれができるとは思えない。……が、お前には成功例がある。できなくはないのも事実だ」
「あ、あの時はその、必死だったし……それに、あたし自身はずっと同じ場所に居たから、自分を軸にすれば絶対に外さないって、あの時はそう思ったら……できちゃって……」
「つまりそれが知覚的処理だよ。お前はお前が体験した時間を知覚処理して的確に過去を遡って掴んだ。5分前の自分を明確にイメージできていた。だから、外さなかった」
自分で口にしながらふと気が付く。
知覚処理は過去視の方が正確に働くのではないか。体感記憶という土台があるのだから。そうすると後は…
「……
この状態の入沢自身を鍛えるよりは、確かに俺が合わせる方が話ははやいし現実的に思えてきた。ぼんやりとしかなかった、その
入沢が視る過去を、俺も共有できたなら。そこから俺が、舵をとることができるかもしれない。
感覚を共有できれば精度も上がる。精度が上がればおそらく、体への負担も減らせるはずだ。
「……?」
俺の意図を拾えない入沢が、怪訝そうに首を傾げる。
好奇心もある。
今まで未来しか視れなかった俺にも、過去が視られるなら……やっぱり俺もそれを利用しようと思うのだろうか。
白瀬や俺が今まで接してきた大人たちのように。
そうして俺も、そんなくだらない大人になるのだろうか。
「……ある程度の確証があるなら……協力してやってもいい」
「……! ほんと……?」
「だけど、お前もちゃんと覚悟を決めろよ」
口にしながら制服のポケットから携帯を取り出す。篤人の現状を把握する必要があった。
今さらながらに今はまだ入沢と待ち合わせていた昼休み前の時間帯で、篤人はおそらく授業を受けているのだろう。こいつもサボりか。人のこと言えないが。
「過去を変えれば未来も変わる。それは今現在も変わるっていうことだ」
メールの返事は意外にもはやく返ってきた。俺と入沢の不在と、放課後の約束を取り付ける。
さっきの仮説を試すにしろ場所は移した方が良い。なんせ初めての試みだ。何が視えるか分からない。この場所の過去も未来ももう視たくはなかった。
「放課後までに、どの程度使い物になるか確かめる。こういうのは早い方がいい。ある程度カタチになったらその感覚を忘れない内に実行する。だからお前もそれまでに、覚悟を決めとけ」
「……なん、の……?」
やっぱりこいつ、何も分かってなかったんだな。相変わらず突っ走るだけ突っ走りやがって。
だけどきっとこいつはこの先も、ずっとこうなんだろうな。
とっくに失ったその小さな正義は、今の俺には少し疎ましく、羨ましい。
呆れ混じりの溜息が零れる。
だけど引き返す気はもうなかった。
「俺たちが関わったこの一週間が、全部なかったことになる。そういう覚悟だ」
言いながらそれは自分もだなと思う。
篤人の選択によっては、俺たちの今の世界は大きく変わるだろう。
……いや違う、戻るだけだ。
一週間前……俺たちが出会う前の、俺たちが〝友達〟になる前のひとりだった世界に。
それでも、見てみたい気がした。
俺たちのこの選択が、どうやって世界を変えるのかを。
篤人がその瞬間、誰を救うのかを。
そしてその時俺がどんな指針を辿るのかを。