1:入沢砂月のこと
文字数 2,124文字
高校に入学してから2ヶ月経ち、それなりに新しい環境にも馴染み友達もできてきた6月。クラスに時期外れの転校生がやって来た。
それが入沢砂月だった。
胸元まである長い黒髪の右側の一部だけを耳元のあたりから三つ編みにし、露わになった右耳に光る赤いピアスが印象的だった。
独特な雰囲気とその顔立ちで注目の的となったのはほんの数日間で、いつの間にか入沢砂月はクラス内で孤立するようになった。
彼女にまつわる不吉な噂がそうさせた。
なんでも、態度が気に食わないと呼び出した上級生女子が盛大に返り討ちにされ、登校拒否にまで追い込んだらしい。
学年も違えば知らない人物のことなので真相は定かではないが、確かに入沢砂月は度々呼び出されては、ひとり無傷で帰ってくることが殆どだった。
それが女子のみならず、その外見から男子生徒に呼び出されることも数度あったが、いつの間にかそれもパッタリ止んでいた。入沢砂月が告白に応じることはなかったが、呼び出した側の男子が入沢砂月の名前を口にすることも以来なくなってしまうのだという。
そんな噂も相俟って、入沢砂月には近づかない方が良いという話はあっという間に校内に広まっていった。
そうして入沢砂月はごく自然にひとりになっていた。
教室内で見る入沢砂月は机に突っ伏していることが殆どだ。なのに時折がばりと顔を上げたかと思うと一目散に教室から出てしばらく戻ってこない。遅刻して来ることも度々あった。
顔立ちは美少女そのものだったが、影をまとい笑わないとそれだけで逆に不気味にも映る。
何より入沢砂月自身から誰かに話しかけたりすることは無く、それが一種の〝自分には関わるな〟という意思表示のようにも感じた。
僕自身もさして彼女には興味も無く、このまま関わることも無いだろうなと思っていた。
だけど事情は変わった。
たぶんこの学校でいま一番彼女のことを考えているのは間違いなく僕だろうと思う。
そこに
◇ ◆ ◇
「逸可だったら、何をする? 時間を止められたら」
「とりあえず無難に女子更衣室行っとくかな」
「はは、意外とマトモな答え」
翌日、僕らは再び史学準備室に居た。
今日も僕のお気に入りのソファは逸可に占領されている。今日は少し部屋の片づけをしようと思っていたので渋々許したけれど、もう僕の所有権は永遠に返ってこない気がした。
今までひとりでこの部屋を使っていたので多少乱雑でも狭くてもどうとでもなったけれど、この部屋を逸可も使いたいと言い出したのでもう少し空きスペースを拡大することにしたのだ。掃除しているのはなぜだか僕ひとりだけれど。
「お前は何に使ってきたんだよ」
逸可が持参した雑誌に向けていた視線を、僕に向ける。
僕はそれに笑って応えた。
「ヒミツ」
昨日の逸可との交渉は、無事成立した。
藤島逸可はひとつの条件とひきかえに、僕の友達になることを了承した。ただし期間限定で。期間は逸可が死ぬその1日前までだ。
逸可自身もそれがどのくらい先だか正確には分からない。だけど入沢砂月同様そう遠くもないことらしい。
条件は意外にもお金ではなかった。僕の力を一度だけ、逸可の為に使うこと。それがどんな内容であっても。
逸可の叶えたい願いを僕はまだ知らない。
そうして僕らは普通の人とはちょっと違った経緯を経て〝友達〟になった。
友達になっても逸可の傍若無人な態度は変わらなかったけれど。
「でも、6秒間じゃあな。何ができんだよ6秒間で」
「さぁ。カンニングとか、購買のパン競争には勝てるかもね」
「くだらね」
同感だ。だからやらない、そんなこと。
「それより考えてよ、入沢を助ける方法。逸可、もう一回入沢の未来を視て詳細な日時とか場所とかはわからないの?」
僕の問いに逸可が雑誌からちらりと視線を覗かせ、閉じた雑誌を乱暴に床に放った。
不機嫌な態度の現れだ。能力のことに関してはあまり話したくないらしい。
逸可は分かりやす過ぎるくらいに正直だ。感情がすぐ態度に出る。昨日の僅かなやりとりで逸可の性格はだいたい把握できた。
でも分かり易いのは嫌いじゃない。僕はさほど気にせず答えを待つ。
「……確かに、できなくはない。1秒先の未来から、死ぬ瞬間までの未来を視ればいい」
本当にそんなことできるのか。逆にびっくりだ。
「確かに未来は変えられる。だけどそれは絶対じゃない。過去もそうだが未来への干渉権は俺達には無い」
逸可はふと視線を逸らせて虚空を見つめる。
僕は逸可の言っている意味が良くわからず首を傾げた。
「あんまり好きじゃねぇけど、〝運命〟っていうのがあったとする。それは、つまり俺が未来を視ることができるっていうこともあらかじめ含まれた上での、今や未来があるってことだ」
「……つまりはえっと」
「お前ホント頭わりーな」
流石にむっときた。僕はこれでも成績は優秀だと自負している。頭の回転もはやい方だ。当社比だけど。
「変えられないのが、運命だ」