3:はじめての友達(強制)
文字数 4,194文字
「あら、アタシは大賛成よ! 応援しちゃう! ついでにサツキのお友達になってくれないかしら」
「シラセ!」
入沢砂月が後ろから叫んだ。本人は不服のようだ。というか僕も意味がわからない。
「顔を見るってそれだけの約束よ! それに目的が違うでしょう?!」
「ああそうだわ、あなた達も不思議な力を持っているのよね、ぜひその力を市民の皆様の為に有効活用してみない?」
「シラセ!」
さらに怒気の混じった声が飛ぶ。それも違うらしい。
正直、警察の人間が僕らの秘密を知ってここに現れたのだから、それが目的でもおかしくない。警察だと聞いて真っ先にその可能性を思い浮かべていた。
「違うのかよ」
口を挟んだのは逸可だった。僕と同じことを思っていたらしい。その目は疑念に満ちている。警戒は継続中のようだ。
「あわよくばとは思っているけれど、現時点でのアタシの仕事じゃないわ。ココにはサツキの保護者として来たのよ」
入沢砂月の、保護者。それも予想外の関係だ。
ちらりと入沢砂月のほうに視線を向けるも、また俯いていてその表情はよく見えない。わざと見せないようにしているのかもしれない。だけど否定しないということは、嘘ではないのだろう。
「サツキの秘密がバレたっていうから、念の為にね。でも悪い子たちじゃなさそうでほっとしたわ。少しお話し、できないかしら?」
ソファにもたれる逸可と目を合わせる。逸可も少しは興味があるようで、拒絶の意思は感じられなかった。
「……どうぞ……何のお構いもできませんけど」
若干の緊張をひきずりながら、端に寄せてあったパイプ椅子を白瀬さんと入沢砂月に差し出す。白瀬さんは笑ってお礼を口にし、それに腰かけた。
「えーと、藤島クンは未来が視えて、岸田クンは時を止めることができるのよね?」
「6秒間だけです」
「6秒? どうして6秒なのかしら?」
「僕にもわかりません」
白瀬さんが面白そうに僕の顔を覗き込む。このやりとりは既に昨日逸可としている。
「その力は、先天的……生まれつきなの?」
「……僕は、違います」
つまり逸可は生まれつきとのことだ。このやりとりも昨日と合わせて2回目。
だけど話す相手が相手なだけに、どうしてもつい言葉を選んでしまう。きっとこの人は、正しく上手く、僕たちから欲しい情報を引き出すプロの大人だ。
「あら、サツキもそうよね、後天性。キッカケはデリケートな問題も絡んでいるでしょうから、ここは訊かないでおきましょうか」
白瀬さんはまた「ふふ」としなやかに笑う。やっぱり僕は笑えない。
「ねぇ、アナタ達は、その力を自分の意思で制御できるの……?」
す、とそのメガネの向こうの瞳を細めて。白瀬さんはその視線を僕ではなく逸可に向けた。どちらかといえば逸可の力の方に興味があるようだ。
逸可はやはり不機嫌を隠さず答える。
「できないと、生きてこれなかった。それに自分に与えられた特権を自分で扱いきれずにいるだなんて、まぬけ以外の何者でもない」
「そう……賢いのね、アナタ。度胸も据わってるし判断力もありそうだし、何より自分の力に信頼がある。サツキとは正反対ね」
さっきは僕たちの力への干渉を否定していたけれど、まるで面接だった。こちら側を吟味しているような口ぶり。逸可もわかっていてわざと乗っかっているような節がある。
「てことはソイツは、能力を制御しきれてないってことか?」
「そうなの、アナタ達はもう知っているみたいだけど、サツキには一部捜査の協力を依頼しているわ。サツキの力はアタシ達警察にとって貴重で有能ではあるのだけど……制御下を外れると戻ってこれないこともあるし、〝視る〟のってとっても気力・体力を使うみたいね? 力を使った後意識を失っちゃうことも度々あって、アタシ心配で」
白瀬さんの斜め後ろに座っている入沢砂月の顔色は、僕の位置からはよく見えない。だけど膝に置かれた小さな拳はわずかに震えているように見えた。
どうしてこの人は、僕たちの前でわざわざ。彼女の弱点を晒すのか。
「は、それで誰彼構わずひとの過去見てまわってんのかよ、シュミわりーな」
「……っ、違うわよ……っ!」
逸可の言葉に、入沢砂月が反論の声を上げた。
煽ったひとりである白瀬さんは、口を噤んで様子を傍観している。僕には参加する資格も無いような、そんな空気だった。
「視たくて視ているわけじゃないわ……! はいってくる情報に、整理が追い付かないだけで……全部の情報を集めるしか無いのよ……っ」
「受け口の制御ができてねぇってことだろ、力に振り回されるなんて呆れてものも言えねぇよ」
「別に常時視ているわけじゃない、この前みたいに油断した時とかはずみで視えちゃうことはあっても、力のオンオフぐらいできる…たまにできないこともあるだけで……っ」
「は、〝戻ってこれない〟ってことは、オフができてねぇんだろ? 力に呑まれてる時点で無能もいーとこじゃねぇか」
逸可がこんなに会話ができることも意外だったし、入沢砂月がこんなに大声を出せることも意外だった。白瀬さんはにこにこと楽しそうにふたりのやりとりを見ている。収穫を得たような、満足そうな顔つきで。
それから改めてその視線をすぐ傍で息巻く入沢砂月に向けた。その手が入沢砂月の頭にそっと触れる。ふたりのケンカを制するように、ごく自然な動作で。
「サツキ、やっぱりアナタこのふたりと友達になりなさい。アナタにこのふたりは必要よ、アタシの勘がそう言ってるわ」
「……っ、シラセ!?」
「アナタが良くやってくれているのはわかるけど、アナタのその力はもっと緻密に制御してもらえると助かるの。これは、〝協力依頼〟よ」
白瀬さんのその言葉に、入沢砂月はぐっと言葉を呑み込む。依頼というには随分一方的なようにも感じられた。
「それに」
その視線を、今度は僕に向ける。
「その方がアナタ達も、都合が良いでしょう?」
有無を言わせない声音だった。
確かに僕らの目的から大きく逸れているわけでもない。どちらかといえば好都合、なのだろうか。入沢砂月を救いたいという目的からすれば。
ちらりと逸可の方を見る。逸可はあくまで僕の協力者という仮初の友達だ。別に入沢砂月を救いたいわけでも友達になりたいわけでもない。
僕の視線に逸可は好きにしろと睨む。もう会話するのも面倒のようだ。
多分僕たちの間に友情は無いだろう。
だけど今必要なのは傍に居る理由だった。
「そうですね」
「決まりね、良かったじゃないサツキ、初めてのお友達!」
白瀬さんの言葉に入沢砂月はぶるぶると拳を震わせ反論を唱えようとするが、言葉はカタチにならなかったらしい。白瀬さんが強引に推し進めるも、入沢砂月に拒否権は無いように見えた。
「じゃあ、ファーストネーム推奨ね! サツキのことはサツキって呼んで構わないわ、アタシが許しちゃう! ちなみにアタシはユイさんでもユイちゃんでもユイにゃんでも好きに呼んでねっ」
多分一生呼ばないだろう。
「……シラセが、そう言うなら……あたしは従う。けど……っ」
入沢砂月が睨んだ先に居たのは、逸可だった。逸可も鋭い眼光で応えるように睨み返す。だけど現時点だと逸可の優位が伺えた。
このふたりもまた、いろんな意味で対局な場所に居るなと思う。
「この先何があろうと、絶対にあたしの未来を視ないこと。これが、条件よ」
「は、それはこっちのセリフだ。俺には指一本触れるんじゃねぇぞ、絶対に」
「頼まれたって触らないわよ……!」
そのまま今度はその目を僕に向ける。僅かに涙ぐんだ目が赤くなっていた。
いつも教室で一人でいる彼女は、どこか大人っぽいような雰囲気も感じられていたけれど、こうして見ると僕らと同じ年の女の子だった。
「あんたも必要以上にあたしに関わらないで」
「でも砂月、僕たち友達になったわけだし……」
「お前順応し過ぎだろこえーよ」
逸可が呆れたようにツッこんだけど気にしない。順応力は大事だ。
「僕らの目的は、最初からひとつだけだしね」
砂月が眉をしかめる。
逸可はもう匙を投げた。
白瀬さんが試すような目で僕を見ている。
「きみを救うよ、絶対に」
今日は彼女のいろんな表情を見られる日だ。
砂月は怒り出す前のような、それでいて泣き出す前のような顔をしたあと、勢いよく椅子から立ち上がりそのまま部屋を出て行ってしまった。
「あら、そろそろ時間ね」
白瀬さんが腕時計に目を落としながらなんでもないように言い、ゆっくりと椅子から立ち上がる。それから僕と逸可の顔は見ずに続けた。
「サツキはね、自分の能力では決してひとは救えないと思ってるの。〝視ること〟しかできない、サツキの力では。だから自分が救ってもらういわれはないと、思っているのよ。アタシはサツキがアナタ達と知り合ったこと、運命だと思ってる。さっきの名刺の裏に、サツキのアドレスと番号が書いてあるわ。ぜひ連絡してあげてね」
その声音は先ほどまでの立場上〝依頼主〟の声ではなく。あくまで砂月の〝保護者〟としての声音だとそう感じた。
「そうします」
イマイチ本音がわからないしうさんくさい大人だなとは思う。だけど厚意は受けておくことにした。それが果たして本当に厚意なのかは図りかねるけれど。
「さてと、それじゃあ本日の目的を果たしに行こうかしら。サツキも先行っちゃったし」
「あれ、目的は僕らじゃなかったんですか?」
「勿論、お仕事よ? あなた達はあくまでついで。個人的にね。そうじゃなければ学校っていうのは、そうカンタンにいい大人が入れない場所なの」
「……仕事?」
彼の仕事といえば。
「どうせ明日には報道されるから教えてあげるわ。この学校の生徒が殺人事件に巻き込まれたの。アナタ達もはやく帰りなさいね」
……その言葉は、一番砂月に向けてもらいたい。
白瀬さんの仕事場に砂月は当たり前のように足を踏み入れている。そこが危険であると誰もが知りながら。
そこから先はきっと僕らの知らない世界だ。